12 何も考えず安心して推せるテンプレヒロイン
――物心ついたときから、父は働いていなかった。
昼間から安酒をあおり、夜まで働き詰めの母に、空になった酒瓶を投げつけるような男だった。
私は、もういい。
人並みの幸せなんて、とっくに諦めた。
でも──弟や妹には、せめて人並みの人生を歩ませてやりたかった。
長年の無理が祟って、母は倒れた。
気づけば我が家は、この国にすらいられなくなるほどの貧困に落ちていた。
この国を追われたら、私たちは終わる。
森の奥の“伝統派エルフ”の集落に、今さら戻れるわけがない。
他種族の国に逃げても──攫われて、買われて、名前も奪われる。
そんな“常識”が、国民を縛り付けるためのプロパガンダだったとしても、弟妹の寝顔を見ると、その可能性すら冒せなかった。
だから私は、血を吐くような思いで聖女候補になった。
必死に勉強して、祈りを捧げ、実技を磨き、貴族学院の平民枠を掴み取った。
貴族学院を卒業すれば、特別枠で神殿巫女になれる。
それは、聖女への最短ルート。
私は、搾取される側ではなく、搾取する側に回りたかった。
そうしなければ、私も──弟妹も──この世界では生きていけないと思った。
……でも。
ようやく辿り着いたその場所は、楽園なんかじゃなかった。
私に手を差し伸べてくれたのは、善意でも友情でもなかった。
「俺の女にならないと、この学院じゃ生きづらくなるかもな?」
そんな目を向けてくる貴族の子弟ばかりだった。
子爵、男爵、伯爵、侯爵──
私に近づいてくる男たちの家柄は、どんどん“格上”になっていった。
あれだけ執着してきたのに、もっと位の高い家の子息が現れると、
彼らはまるで、骨を奪われた野良犬のように悔しそうに立ち去っていった。
──そう。
私は“骨”だった。
彼らが奪い合い、噛み合い、飽きたら捨てられるだけの未来しかない。
ただの骨の形をした玩具だった。
なのに、周りの女の子たちは私を睨んだ。
「平民が良家の嫡男に色目を使ってる」って、そんな目で。
私という玩具が、ついに王族の“庇護下”に渡ってから、しばらくして。
──私は、あの悪役令嬢に出会った。
気高く、美しいハイエルフの公爵令嬢に。
そして、
――初めて恋を知った。
彼女は、ステンドグラスの光に祝福されるように、私の灰色の世界に舞い降りた、天の御遣いのようだった。
初めの唇も、純潔も。
いずれ一番高く売れるときのための“取引材料”として大事にとっておくつもりだった。
それなのにあの日、私はあのハイエルフに唇を委ねてしまった。
――まるで、そうなることをずっと待っていたかのように。
あの人の背を、どうしても追いたくて。
私は、いま、自分の意志でこの神殿にいる。
たったひとつだけの運命を、信じたから。
そして、ようやく再会できた。
あの日、すべてを変えてしまった“お姉さま”に。
胸の奥で跳ねる鼓動を、どうにか押し留めようとしたけれど──
一度火がついた心は、もう黙ってくれなかった。
呼吸が浅くなる。
足取りが浮つく。
まるで自分の身体じゃないみたいに、指先が熱を帯びる。
なのに彼女は、そんな私の様子に気づく気配 もなく、教官の説明を真剣な眼差しで見つめていた。
その横顔は、あの日のまま。
ステンドグラスの光のなか、ただひとり気高く在る人の姿。
ああ、私はやっぱり。
この人の背を追いたい。
この人と並んで、歩いてみたい。
ここでなら、それが叶う気がする。
――絶対に、叶えてみせる。




