10 神殿アイドル科、初日
神殿アイドル候補生の宿舎は、丘の上にそびえる白亜の回廊だった。
祈りのために建てられたはずなのに、どこか舞台の袖のような空気を感じる。
大理石の壁には歴代センターの肖像画、足元の石畳には寄進者の名が刻まれている。
信仰と金の匂いが、朝露みたいに静かにまとわりついていた。
神官職の最高位――法王には、女が就いた前例がない。
それでなくても狭き門なのに、現職の法王ア=カモンはおそらく転生者。
さすがにそんなのとポジション争いする羽目になったら、命がいくつあっても足りない。
……なので、私は神官コースではなく、聖女コースを選んだ。
信仰心とか神の啓示とかじゃない。あくまで、現実的な判断である。
もともとは、「廃嫡されて神殿送りになったら、速攻で脱出して、どこか遠くの外国で冒険者にでもなるか〜」くらいのノリだった。
公爵令嬢が失踪したら国を揺るがす大事件になるけど、廃嫡された元公爵令嬢が失踪しても「始末」されたんだな、で済むだろうという公算で。
でも――
公爵家に対する“義理”がある。
(あくまで義理である。情ではない。誤解するなよ)
……廃嫡騒動で実家にかけた迷惑を思えば、せめて釣り合うだけの何かは置いていきたい。
公爵家が、神殿相手に一つや二つ、無理難題を突きつけられる程度の厄ネタ――
できれば証拠付きの、触ると大火傷する類のやつを。
それを差し出せば、
「面倒な娘に振り回された分の勘定」は、まあ帳消しだろう。
そしたらあとは晴れて失踪だ。
国を出て、遠く離れた外国で、
身分も過去も関係ない冒険者になればいい。
剣を振って、魔法を唱えて、路銀が尽きたらそのとき考える。
私が望んでいたはずの、理想の転生ライフ。
そのために。
さっさと神殿の重要ポジションに上り詰めて上層部――できれば法王自身を直接“揺らせる”ようなネタを掴みたい。
……それに。
さっきから私の腕にぴったり張りついて、ピョンピョン跳ねてる、平民エルフ。
―――計画になかったしがらみが、うっかりできてしまった。
†
今朝。どう見ても“初単独公演会場”みたいな円形をしてる大講堂での入殿式を終え――
神殿巫女の研鑽室(ようするに教室)に入った瞬間、私は固まった。
そこはどう見ても――近代的な研修向けの多目的ホールだった。
黒板を背にした小さな壇上があり、半円状に配置された固定式の椅子には折りたたみ机が付いている。
誰かが立てば、自然と“発表”になる設計。
黒板、椅子、机。……まあ、そのへんは百歩譲って許すとしよう。
でも、モニター代わりの水晶板まで備え付けって、どういうこと?
……タカシの息吹を、耳元に感じる。
私が軽く頭を抱えていたら、弾けるような悲鳴が耳を貫いた。
「お姉さまーーーーっ!!」
はい来た、出た。アホ王太子から私がかっさらった、えーと……“ラ”か“リ”か、そのへんから始まる子。
名前は正直うろ覚えだけど、顔と身体はしっかり覚えている。
とにかく。
ナイスフェイス&ナイスバディな平民エルフが、満面の笑顔で私の腕に飛びついてきた。
ほんと、「このシーンが口絵です!」ってくらい完璧な登場。
いや、君なんでここにいるの?
貴族学院の生徒だったよね? たしか。
まあ、いつか再登場してくるとは思ってた。
造形が完全に"市場の寵愛を受ける側"のそれだったから。
髪の色、瞳の輝き、耳の角度に至るまで、 「人気投票でバナー飾るタイプです!」って顔してたから。
でも――
早すぎんだろ。
もうちょっと後でしょ、こういう“何も考えずに安心して推せる系ヒロイン”の見せ場は。
もうちょい後になってから合流して欲しかったわ。他のが出揃ってから。ちゃんと貴族学院を卒業した後で。
暗い過去も、葛藤も、めんどくさいバックボーンもなさそうで。 ただ明るくて元気で、笑ってるだけで場が持つタイプ。
そういう“安心感の塊”みたいなテンプレヒロインが、まっすぐこっちに向かってきて、
「お姉さま~~っ!」って、最高のタイミングで飛びついてくるんだから――
こっちのツッコミが追いつかない。
萎える。
そんな私の疑問に、待ってましたと言わんばかりに――聞かれてもいないのに早口で答えてくる、平民エルフ(仮)。
「お姉さまが神殿入りされるって知って、私も……!」
「もともと聖女候補でしたし、いずれはそうなる運命でしたけど――」
「だったら、できるだけ早く、お姉さまのそばにいたくて!」
……うわ。重っ。
いやまあ、この子は確かに、私のどストライクではある。
可愛いし、礼儀正しいし、映えるし、素直だし……うん、間違いなく文句無しの“当たり”。リセマラだったら即卒業。
でもね、私は今、“選びたい放題ワクワク期”に突入するつもりだったのよ。
新しく出会う子たちを、片っ端から試していける――無限の可能性を秘めた、黄金のターンに。
そこへ飛び込んでくる、「もう攻略ルートはこの子で確定してます」みたいなムーブ。
……水、差されるわぁ。
異世界生まれの君に言ってもわからないだろうけどさ。
今の私は、「パッケージ開封→本体にセット→ワクワクしながらスタートボタン押した瞬間」なんだよ。
どの子を攻略しようかなーって、浮かれてたその時。
「部屋に行ってもいい、って約束。
……まだ、有効ですか?」
そういえば。
そんな約束、してた気がする。




