8/14
器と記憶 ①
夜明け前、神谷は、どこか懐かしい夢を見ていた。
静かな茶室。
古びた柱と煤けた障子。
手元には、小さな湯呑。
それは、幼い頃、祖父の家で見た景色だった。
祖父は寡黙な人で、手入れの行き届いた小さな茶室に神谷をよく連れていった。
冬の朝、息の白さが残る部屋で、祖父は決まって湯を注ぎ、器を手に持たせてこう言った。
「器はな、目で飲むもんだ」
当時は意味がわからなかった。
だが、今なら少しだけわかる気がした。
その日、神谷は予定を早めに切り上げ、「饗」へ電話を入れた。
奇妙なことに、名前を告げる前に、女将・美咲がこう言った。
「神谷様ですね。
本日は、“記憶”の一椀をご用意しております」
驚きながらも、その声の温度に誘われるように、神谷は三たび「饗」の門をくぐった。




