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器に宿る余白 ①
神谷は、翌週の月曜、デスクに戻ってもなお、あの一皿のことが脳裏を離れなかった。
——香りの刃。
火入れではなく、香りを刻む。
そして、灰青釉の平皿に映った淡い光。
資料の山、次のクライアントとのZoomミーティング。
いつも通りの合理性と効率が支配する日常に戻ったはずだったが、思考の水面には、あの静謐な夜の波紋が、ゆるやかに広がり続けていた。
「……もう一度、行ってみるか」
金曜の夜。神谷は自身でも不可解な衝動に駆られ、「饗」の暖簾なき門を再びくぐった。予約などしていない。それでも、どこかで「拒まれることはない」と思えた。
畳の廊下に、再び足音が吸い込まれていく。
「いらっしゃいませ」
女将・美咲の声は、音ではなく空気に染み入るようだった。
「前回の…鰹の余韻が、まだ抜けなくて」
「それは何よりでございます。
本日は、少し趣向を変えました」
案内されたのは、前回とは異なる半個室。部屋の中央には、深みのある瑠璃色の器が、まるで夜を湛えたように鎮座している。




