当日
時は過ぎて、読み聞かせイベント当日。
ざらめさんのビラ配りが功を奏したのだろうか、付き添いの保護者を含めて、総勢三十人弱が集まった。帳簿は数ページに渡って埋まり、余花さんと私は感嘆の声を上げる。
その頭上には、ざらめさんの力作兎耳が揺れていた。渋々ではあるが、半ば押し切られる形で装着することになったのだ。ふわふわのフリルで彩られ、針金入りで自由に耳を曲げることも出来るという、正にざらめさんクオリティの逸品。慣れとは恐ろしいもので、着け心地も市販のカチューシャと大差なく、今では違和感もなく頭に同化している。今日くらいは、人間を辞めて兎になっても誰も文句は言うまい。
そして、肝心の主役。イースターエッグの衣装を着こなし、マスコットキャラとなった卯月は子供達に大人気。白練様に取り次いでもらい、一昨日になってやっと卯月はこの五都の五光亭にやって来たのだ。なかなかハードスケジュールではあったが、件の掛け軸のこともあって半ば強引に出演してもらうことにした。
「やっぱり、可愛いですよ〜! 卯月くん。イースターエッグにして正解でした♪」
「まぁね。僕は元が良いから、どんな衣装でも似合っちゃうんだ〜」
褒められて、満更でもない様子。卯月って案外チョロいのかもしれない。
さて。読み聞かせ会開幕。最初の催しは、エッグハントで、芸亭一階に隠されたお手製イースターエッグを探し出すというもの。制限時間は十分、二回に分けて執り行う。
エッグハントも、なるべく子供たちの手の届く範囲に配置する。背の低い棚の上、隅の床、柱の影。付き添いの保護者の方もいるので、私たちと同じ目線にも幾つか隠しておいた。
「それでは、エッグハント開始〜! 皆、気合い入れて探すんだぞ〜」
卯月の合図と同時に、蜘蛛の子を散らすように子供達が一斉に駆け出した。小さな手にミニバスケットを握りしめ、見つけた卵を次々に放り込んでいく。
「危ないから走っちゃ駄目よ〜」
「お友達にぶつからないように、注意して歩いてね」
無邪気な子供達を見ていると、ふと昔の自分を思い出す。幼い頃から、引っ込み思案で人見知りする性格だった私は、こういうお楽しみ会やイベントも苦痛で、ほとんど参加したことが無い。せいぜい学校行事の一環として、渋々空気に溶け込むようにしてその場に居た気がする。
もしも今、子供の頃に戻って純粋な気持ちでゲームやイベントを楽しむことが出来たなら。けれど、そんな事、もう叶うはずもない。だからこそ、今は只この瞬間のささやかな思い出が頭の片隅に息づくようにとそう願って、子供達を見守っている。
「一番多く見つけた人は、特大お菓子の詰め合わせセットが貰えるよ〜! 現世限定商品もたくさんあるよ〜」
卯月はなかなか、子供達のやる気を引き出すのが上手いらしい。
「頑張って探そ〜」
「絶対一番多く見つける!」
と、息巻いている子供達は愛らしい。ほとんどのお菓子は、私が五光亭の売店で見繕ったものなので、喜んで貰えたら嬉しいけれど。
この催しが終われば、次はいよいよ読み聞かせ会。むしろこれからがメインイベントなのに、既にこの熱気。読み聞かせ会の方がおまけになりそうで、心臓がバクバクと激しく鼓動する。子供達の前とは云え、人前に立つのはやはり緊張するものだ。
「ねぇ、胡和〜。やっぱり、この後の読み聞かせ、辞めたいんだけれど。一人減っても問題ないでしょ」
「駄目ですよ。せっかく三人でって照葉さんが言ってくれたのに、ここで逃げたら後が怖いですよ」
照葉さんは普段から温厚な性格だけれど、なんせ江戸っ子なので曲がったことが嫌いな性分。特にこのイベントへの熱量も私と余花さんに比べて高く、最後まで張り切って練習していたっけ。
とはいえ、逃げ出したい気持ちは痛いほどよく分かる。当初は、お客さんも少ないだろうと予想していたのに、この反響。読み手の緊張たるや……。
「一番手、頑張ってくださいね〜! 応援してますよ〜」
「もう、いっその事ざらめさんが読み聞かせやってくれたら良いのにー」
と、ここでエッグハント終了のホイッスルが鳴り響く。
「はーい、それぞれ順番に並んで〜。卵を数えますからね〜」
照葉さんの号令に合わせて、私たちは各列の端から順番に、籠に入った卵の数を数えて行く。
一位から三位までの集計を終え、いよいよ結果発表のとき。卵の数が読み上げられる度に、辺りから小さなどよめきが起こり、子供達は一喜一憂する。名前を呼ばれて飛び跳ねる子もいれば、惜しくも届かず肩を落とす子もいて反応は様々だ。
「おめでとう! お菓子をどうぞ」
紙袋を胸に抱きしめ、受け取った子は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
その無邪気な笑顔があまりにも眩しくて、思わずこちらの頬も緩んでしまう。
周りでは、結果に関係なく卵を見せ合ったり、戦利品を自慢し合ったりと、和やかな空気が広がっていた。負けてしまった子にも、慰めるように声を掛ける保護者や、次は頑張ろうと励ます友達の姿がある。
場がすっかり温まったところで、照葉さんが一歩前に出た。
「それでは、次はいよいよ読み聞かせ会を行います」
その声を合図に、先程まで賑やかだった館内のざわめきが、波が引くように少しずつ静まっていく。椅子と机を脇へ退け、簡易的に設えたスペースに子供達がぺたんと腰を下ろす。その後ろに保護者達が並んで座るのを見届けながら、私は小さく息を吸った。
とうとう、読み聞かせ会の始まりだ。




