第4話 聖遺物を求めて
王都陥落から、数日。
夜明け前の街道を、一台の馬車が走っていた。
「……本当に、もう戻れないのね」
「はい。お父様が用意してくださっていた道です。今は、生きることだけを考えましょう」
馬車の中には、旧王家に連なる少年少女たちがいた。
「……姉上、僕たちはどうなるのですか?」
「大丈夫よ、きっとね」
震える小さな体を、長女であり、王国の元第一王女であるラミル・インスティアは抱きしめた。
誰も、王都を振り返らない。
振り返れば、もう戻れないという現実を認めてしまいそうだったから。
「……いつか」
第一王女は、静かに誓う。
「いつか、必ず――」
その言葉の先は、誰にも届かなかった。
やがて彼女たちは、隣国へと辿り着いた。
こうして、かつて王族だった彼女たちは無事に亡国を果たした。
◇◆◇
「王、ご報告がございます」
「ん?」
「旧王家の方々ですが、無事に隣国へ亡命を果たしたそうです」
「へぇ。それはよかった」
俺はそれだけ言って、再び手元の書類へ視線を落とした。
「それと――」
「まだあるの?」
「はい。ライトたちについてです」
「……ああ、あの人たちか」
少しだけ、懐かしい名前を聞いた気がした。
◇◆◇
「ライトー! 薪、持ってきてー!」
「今行くって!」
小さな村に、そんな声が響く。
以前のような冒険の日々ではない。
大きな依頼も、危険な魔物も、豪華な報酬もない。
それでも、
「ほら、持ってきたぞ」
「ありがと。夕飯までには戻ってきてね」
「分かってるよ」
ライトは笑った。
その隣では、ミンティも同じように笑っている。
――全てを忘れて得た、幸せがある。
彼らは穏やかに暮らしていた。
◇◆◇
「ライトたちは、現在も小さな村で暮らしているようです」
「そっか」
「はい。特に問題もなく」
「それなら良かったよ、恩返し……ではないか」
俺は再び書類へ目を落とす。
「……ところでセルマ」
「はい」
「今日の報告、まだある?」
「ございます」
「多いなぁ……」
机の上に並べられた書類を見て、思わずため息が出る。
国を手に入れたのだから当然と言えば当然なのだが、ゲームの時とは比べ物にならない。
「まず、生産量についてですが――」
セルマが淡々と報告を始める。
「食料は現在の人口を十分に維持可能。資材と魔力についても、施設の稼働率を調整すれば余裕が出ます」
「じゃあ、余ってる人員を回せる?」
「可能です。ただし、各地の配分を見直す必要があります」
「……任せるよ。食料を最優先にして、余った分を資材と魔力へ」
大罪系国家は、国民の負の感情が国家魔力として保有される。
資材と食料を生産するついでに、国のどっかで隠れ国公認奴隷商だったりをやってくれると助かる。
「承知しました」
セルマは迷うことなく書類へ何かを書き込んでいく。
……やっぱり、こういうのは俺一人じゃ無理だな。
ゲームなら数値を弄って終わりだった。
でも今は、数字の向こう側に人間がいる。
俺が声を出して、セルマが代理で人々を動かす。それでようやくなのだ。
「それと、もう一つ」
「ん?」
「以前、王が仰っていた聖遺物についてです」
「おっ」
思わず顔を上げた。
報告の中で一番興味があって、心が昂るのは間違いなくコレだ。
「もう少しで、目的の場所へ到達できるかと」
「マジ?」
「はい。先ほど調査隊より報告が届きました。王が指し示された目的地へ到着し、現在、周辺の調査を開始しているとのことです」
「……そっか」
聖遺物。
セルマとは違う、特別な英雄達を召喚するための物。
ガチャで言う恒常と限定の差かな。セルマのような生産英雄と、聖遺物によって召喚する覚醒英雄。
単純な能力値の差に加えてスキルの質やら、何もかも違う最高のキャラ達。
まっ、取られちゃったらそのマッチで英雄は使えないんだけどね。
聖遺物ダービーは絶対に勝ち取るべき、最初の戦なのだ。
「……」
国が所有していた世界地図を確認したところ、多分パンソヴのマップではないことが分かった。
つまりだ。ある程度どこに湧くか分かっていた俺や、いるかもしれない他の転生者も、聖遺物に関しては運に頼らなければならない。
でもね、見ちゃったんですよ僕。
王国からそう遠くない山の、頂上に咲く桜を。中世ヨーロッパチックな世界には、異物と言っていい程の“和”。
「楽しみだなぁ」
自然と口元が緩む。
俺の予測が正しければ、アレはあの害悪英雄の聖遺物がある場所だ。
てかあってくれないと困る。あんな自信満々に言っといて「なんもなかったで〜す」なんて言われたら死ぬ。
「セルマ、調査隊には引き続き調査させて」
「もちろんです」
「何か見つかったら、すぐに俺へ報告」
「仰せのままに」
俺は椅子へ深く腰掛け、まだ見ぬ聖遺物へ思いを馳せる。
国は手に入れた。意外とあっさり、達成感は感じなかった。
セルマに加え、もう1人の英雄召喚まで、そう時間はかからない。
そして、次に手に入れるものは――
「……やっぱ、異世界って最高だな」
俺は椅子にもたれ、ただ天井を仰いだ。
かつてない没頭感が、今ここにあると感じて。
――――――――――――
ちょちょっとSS。
〜セルマ編〜
『見せられない乙女のココロ』
数日前、私は未だ目に焼き付いて離れない光景を拝むことができた。
我が王であるシン様が、初めてその身を玉座に下ろした瞬間を。
「……あぁ王よ、荒ぶる心臓が止まりませんっ!」
王の最初の英雄になれた幸運に、王が国を治めた瞬間を見た幸運。
いずれ世界の覇者となる御方に仕える幸福。
その全てが私を満たし、私が生きる限り果たさなければならない使命となった。
今日も報告をする。
早く発展を遂げ、自らの価値を示すのだ。
「あぁセルマ、今日もお疲れ」
「……勿体ないお言葉です」
この方の声が、姿が、私には何よりも輝いて見えるのだ。
私とは正反対の黒い髪、桃色の瞳と中性的で、まさに完璧な容姿。
全ての人間が思う理想が、この方に行き着くのだ。
「……やっぱ、異世界って最高だな」
私は王の英雄だ。
一つの所有物であり、ただ命令を果たす人形になるべきだ。
それができないならば価値はない。
そういう思考が、あの人間《劣等種》共にはできないものか。
王国が元々有していた騎士団は、嘆かわしい事に王に対して懐疑的だ。
わざわざ王に権能を使わせるわけにもいかない。
そもそも私のような雑魚に、踏まれれば潰されるような虫が何をしているのか。
虫なら虫らしく思考を捨てろ、本能で王を定めろ。
「セルマ、どうかした?」
「あっ、いえ。失礼しました、報告は以上です」
「そっか、今日もありがとう」
その瞬間、私は立っているのがやっとな状態になった。
私が英雄だから、王が普段抑えているから、そんな理由で王の絶対的な力は抑えられている。
「ど、どうしたセルマ?」
「い、いえ……なっ、んでも」
本来ならば、見つめられただけで雌は己が主君を忘れられなくなるだろう。
雄であるなら、その差に絶望し、畏怖し、逆らうことなど出来なくなるだろう。
「体調悪い、なんて事あるのか知らないけど、無理しないようにね」
「はっ、い……では、失礼します」
部屋から出て、扉を閉めた瞬間、私はその場に座り込んだ。
……私は選ばれるだろうか?
御方に、この身を捧げる時は来るのだろうか。




