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第八話 巫女の血

第8話をお読みいただきありがとうございます。

祠の広場に出た二人を待っていたのは、無数の泥人間と村人たちの完全包囲。

絶体絶命のなか、ひなが手渡した大幣を手に、潤のプロの神職としての本気が炸裂します。

潤の必殺技、そしてここから激変する二人の運命を、どうぞ見届けてください――。

ゴポゴポゴポ


洞窟からなんとか這い出した私たちの周りには、たいまつを掲げてにじりよってくる村人たちと泥人間たちで逃げ場がない。


「ひな、俺の後ろにいろ」


そういって私を庇う潤。

夜詣りの際に訪れた祠である、敵のど真ん中に私たちは出てしまった。

だだっ広い広場の周囲は木で囲まれ完全に閉ざされている。

そして昼間に行った地鎮祭の道具は乱暴に打ち捨てられていた。


「ん?」


私はあることを思い出し駆け出した。

そう、地鎮祭の道具が捨てられているということは、あの大幣があるはずだ。

潤が私の名前を呼んでいるが、ただ守られている女にはなりたくない。

潤は怪我をしながらも私を全力で守ってくれた。

その想いに応えたい。

地鎮祭の道具やお供物は泥をかぶって汚れていたが、机の脇に転がっていた柄の長い大幣は無事だった。

私を追ってきた潤の後ろから、泥人間が飛びかかってきているのが見えた。


「危ない!」


そう言いながら大幣を潤めがけて投げると、その勢いのままキャッチした潤が背後の泥人間にくるりと向き直り地面に大幣を突き立てた。


コーーーーーーーン


大幣の澄んだ音が響き渡る。

波紋のように広がる音は泥人間たちをよろめかせていった。

だがトンネルの時のように倒れてはくれない。


「くそっ、場所が悪い」


潤は焦りを滲ませながら悪態をつく。


「潤・・・どうしよう・・・」

「大丈夫だ、任せとけ」


そう言うと大幣の先についている紙の束から1つを引き抜き空に向かって投げあげた。

するとその一筋の紙は弾けながら細かくちぎれ、紙吹雪のようにパラパラと散っていく。

潤は素早く印を結び、正面を真っ直ぐ見据えた。


「ーー引き裂き祓え、『切幣・烈風(きりぬさ・れっぷう)』」


鋭い風が私たちの正面に吹き抜けた。

あまりの強い風に泥人間はその体をバラバラに散らせながら崩れ、村人たちは立っていることができずにその場にしゃがみこみ、その中でもまともに風を受けた老人は盛大に転けてしまう。


「いまだ!走るぞ!」


潤が私の手を引き走り始める。

私たちの前にはもう誰もいないーーー


バン


突然銃声が鳴り響き、足が止まる。

音の出所へ振り向くと、そこには黒沢が猟銃を持ってニヤニヤしながら立っていた。

持っている太く黒い銃口はこちらにピタリと向けられている。


「ダメですよ、生贄が逃げたりしちゃ。大変なことになっちゃいますよ?」

「俺たちには関係のないことだな」

「そうですね、正直あなたはどうでもいいんです。」


バン


黒沢は引き金を引き、潤の怪我した腕を掠める。

その衝撃で体制を崩した潤は地面に膝をついた。


「潤!?」

「ぐっ・・・」

「私たちに必要なのは・・・」


視線と銃口を私だけに向け直す。


「このお嬢さんです」


黒沢の表情があの張り付いたような笑顔に変わる。

その表情はまるで本当の顔を隠すための仮面のようだ。

目は細めたせいで白目が無く真っ黒の穴が開いているように見える。

見られているだけで鳥肌が立つ。


ドッ


脇腹に衝撃が走った。

衝撃の方を見ると、夜詣りで出会った老婆がぶつかってきている。

あの笑顔で私の顔を見ながら。

手には包丁を持って。


「えっ・・・」


脇腹から身体中の熱が流れていく。

熱はどんどん足元へ落ちていき、体から力が抜ける。

立っていることもできなくなり地面に崩れ落ちてしまった。


「ひな!」


潤が叫んでいる。

すぐそこに居るはずなのに遠くに感じる。


「どけ!」


私に張り付いていた老婆を引き離し倒れた私を抱き抱える。

引き剥がされた老婆から鈍く銀色に光る包丁が地面に落ちる。

すると私を中心に光が波紋のように広場に広がった。

そして一瞬の静寂の後、地面が激しく脈打った。


ドクン・・・ドクン・・・


まるで心臓が鼓動するように地面が大きく揺れる。

潤が私を抱く力を強めたことが伝わる。


「おおお、どおんけ様が喜んでらっしゃる」


黒沢が月を仰ぎながら喜んでいる。


ゴポゴポ


水音が聞こえる。

カビ臭い水の匂いがあたり一面に漂う。

あの据えた匂いで意識が引き戻される。


ドパッ


突然黒沢の地面から泥が吹き上げ黒沢の全身を覆う。

自分を包む泥の圧力が強いのか、黒沢は小さくうめき声を上げたが飲み込まれていく。

そのまま黒沢の形に泥が滞留しボコボコと形が定まらずに蠢いている。


「ひな、俺の側から離れるなよ」


声も出すことができず、潤の腕の中でなんとか頷き私の意識を伝える。

潤は目を見て一つ頷き、私を優しく座らせてくれた。

脇腹は痛いが寝ているよりもなるべく潤をこの目で見たかった。


潤は私の前に立ち、大幣を手に正面を見据えている。

いつの間にか黒沢を飲み込んだ“どおんけ様“ははるか上を見上げないと顔が見えないほど巨大な人形の怪物になっていた。

その怪物を前に潤が口上を唱えた。


「――斎主(さいしゅ)・御影潤。不敬を承知で、畏れ多くも神殺しの咎(とが)、謹んで引き受けさせていただきます」



第8話、お疲れ様でした……!

潤の『切幣・烈風』が炸裂し、一度は開けたはずの活路。

しかし、黒沢の卑劣な銃撃と、死角から飛び込んだお婆さんの凶刃が、ひなを襲いました。

崩れ落ちるひな。そしてその血を吸い、黒沢をも飲み込んで天を衝くほどの巨大な姿へと変貌した、本物の土地神『どおんけ様』。

傷ついたひなを背に、大幣を構えて「神殺し」の口上を唱えた潤。

いつもは気だるげな彼が、一人の神職(斎主)として、圧倒的な神威を持つ怪異に立ち向かいます――!

次回、第9話(決戦編)は【7月17日(金)】の18:10に更新予定です!

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