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マドカとナオは夜に舞う  作者: 善信
10/19

10 帰宅

            ◆


真っ暗な世界。

そこに、溶け込むようにして存在している複数の意思達は、自分達の同胞が封印された事を感じてか、恨みに満ちた呪詛の言葉を吐き散らしていた。


『しくじったか……』

『しくじったのぅ……』

『おのれ、クサレ術師め……』

『こちらの世界でも、我らの邪魔ばかりしおって……』

『生意気な人間め!生意気な女め!』

『この恨み、思う存分ぶつけてやりたいのぅ……』

『そうよな、殺してくれと懇願するまで、なぶり尽くしてやりたいわい』

暗い怒りの恨み言に、ギリギリと歯軋りする音が周囲の闇から響いてくる。


『この世界は奴の庭だ。どうしても、地の理は向こうにあるからな』

そんな仲間達の怒りの炎に冷や水を浴びせかけ、冷静になれと落ち着いた声が闇の住人達を制した。

『そうは言うが、ならば手はあるのか?』

『まぁな。奴本人が強くとも、奴の回りの人間(・・・・・・・)はそうでもあるまい』

『なるほど、回りからジワジワと……という事か』

『うむ。すでに手は打ってある。奴の苦渋に滲む顔が、見れるであろうよ』

『それは良い』

『楽しみじゃ、楽しみじゃ』


(よこしま)な企みに期待する声は、暗黒の中で四方から重なりあいながら、深く深く沈んでいった。


            ◆


日曜日の昼下がり、ナオは鼻唄まじりで自転車をこぎながら、家路へとついていた。

金曜の夜に続き、昨夜も恐ろしい妖怪と、それを退治する親友の雄姿を間近で見ることができた彼女は、できることなら道行く人達に自慢したい気持ちで一杯だ。

しかし、マドカからは秘密だよと口止めされているし、誰かに話した所で「病院に行け、頭のだぞ」なんて返事が返って来ることは間違いない。


(その辺が、ちょっとしたジレンマよね。それに、せっかくマドカちゃんがお守りも作ってくれたのになぁ)

妖怪との戦いに関わる事になった以上(無理矢理、首を突っ込んで来たわけだが)、ある程度は自衛して欲しいと、マドカは符を入れたお守り袋を帰り際に渡してくれたのだ。

何せ霊験あらたかな、現役バリバリの女子高生陰陽師の作ったお守りである。ある意味、すごいお宝であろう。

そんなスゴい物を持っているのだけれど、誰にも自慢できない不満さ。そして、自分は特別な世界を知ってるんだぜ!といった少しの優越感。


そんな相反する感情を抱きながらも、ナオはマドカとの二人だけの秘密の共有(厳密には縁もいるが)という甘い響きに、軽く酔いしれていた。

(んん~、誰にも言えないからこそ、マドカちゃんの活躍は私が記録しとかないとね)

昨日、一昨日とカメラに納めた、怪異と戦うマドカの姿をもう一度見るめために、ナオは早く家にたどり着こうと、自転車を加速させた。


「たっだいまー!」

玄関のドアを開け、ナオは元気よく帰宅した事を告げる。

いつもならここで、母親からの「お帰りなさい」の声が聞こえてくるはずだが……あいにく、今日は何の返事も返って来なかった。

「あれ?」

思っていたリアクションが無かった事に、ナオは首を傾げる。


(まぁ、日曜日だからなぁ……もしかしたら、お父さんもお母さんも、買い物にでも行ったのかも)

両親共に不在らしい、静かな家の様子にそんな事を思い浮かべた。

しかし、ナオはそこで不審な点に、ふと気がつく。


(あれ……でも、車はあったよね?)

近くのコンビニに行く程度ならともかく、二人でスーパーなどへ買い物に行くなら車で行かないはずがない。

そこへ思い至った時、ナオの脳裏に嫌な予感が走った。

家の中に広がるシン……とした静寂、そして妙な肌寒さ。

マドカが戦った時に張られていた、妖怪の結界に似た雰囲気が思い出されて、家の中に入る事をためらわせた。


(そんなはず……ないよね。か、仮に奴等が私に目をつけたとしても、わ、私の家がわかるはず無いし……)

ここ数日で遭遇した怪異のせいで、過敏になってるだけだと自分に言い聞かせ、ナオは意を決すると家の中に入った。

まだ、昼間なので家の中は明るい。なのに、物音ひとつ無い静けさが不安を煽る。

とにかく家族の姿を見れば、こんな不安も吹き飛ぶだろうと、ナオはリビングに向かった。


静かな室内を覗きこむようにして、廊下から様子を伺う。

すると、こちらに背を向けてソファに座る、父の背中が見えた。

いつも通りの後ろ姿に、ナオはホッと胸を撫で下ろす。

「なによ、もう!お父さんも居るなら返事くらい……」

ビビっていた反動もあり、ナオはわざと明るく声をかけたが、それでも父親は反応を示さなかった。

「……あれ?お父さん?」

ちょっと不安になったナオが肩に触れると、父親は抵抗もなくグラリと揺れてソファに倒れこむ!


「えっ!?お、お父さん、どうしたのっ!?」

慌ててナオが父親の正面にまわると、明らかにその様子がおかしかった。

真っ赤な顔で高熱にうなされているらしく、呼びかけるナオの声にも無反応な様子から、おそらく意識もなさそうだ。

ただ、荒い呼吸音が苦しげで、早くなんとかしないといけない事だけは、混乱しかけたナオにも理解できた。


「びょ、病院に……」

振るえる手でスマホを取りだそうとしたナオの耳に、弱々しく彼女を呼ぶ声が届く。

「ナ……ナオ……」

声の方向にナオが顔を向けると、キッチンカウンターの影で倒れている、彼女の母親の姿が目に入った。

「お母さん!」

ナオは急いで駆け寄って、まだ意識のあるような母親に呼びかける。


「お母さん、大丈夫!すぐに救急車を呼ぶから……」

「そんな……ことより……早く……化け物……が……」

「化け物!?」

途切れ途切れで警戒を促す母の言葉の中に、「化け物」という単語があった事にナオは驚愕した。

あの時、家に入った瞬間に感じた違和感は、間違いではなかったのだ。


しかし、ここ数日間でナオが得た怪異に対する経験値が、逆に彼女を冷静にさせる。

そう、妖怪の仕業ならば対処法は必ずあるし、マドカという強い味方もいるのだ。

(マドカちゃん……)

ナオは心の中で親友の名を呼び、その顔を思い浮かべる。

普通なら、パニックになってもおかしくはない状況ではあるが、落ち着きを取り戻したナオは、母親を苦しくないように床に横たえて尋ねた。


「お母さん、何を見たの?化け物ってどんな奴だった?」

ここで僅かでも化け物の情報を手にいれれば、きっと縁がその正体を暴いてくれる。

そうすれば、マドカが式神達で、あっという間に退治してくれるだろう。

一瞬でも早く両親を助けるために、ナオは急がば回れと、母親が見たといつ化け物について再び尋ねた。


「お母さん、ちょっとでもいいから化け物について教えて!」

「化け……物……それ、は……」

「それは?」

息も絶え絶えな母は、ナオに何か伝えようと、彼女に向かって手を伸ばそうとする。

そんな母の手を握り、ナオは強く頷いた。

「大丈夫だよ!正体がわかれば、すぐに倒してくれる人を呼んでくるから!」

「倒……す?」

「そう!だから、化け物について教えてちょうだい!」

「……その化け物……」

「化け物は?」

「こんな顔をしていたの」

「え?」

突然、母親がニヤリと顔を歪める!

それと同時に、その顔がみるみる内に変わっていった!


口角があり得ないくらいに上がり、口は耳まで裂けていく!

テラテラと塗れて光る牙がズラリと並び、長い舌がベロリとそれを舐めていた。

大きく膨らんだ顔は真っ赤に染まり、皿のように大きくなった目はギラギラと輝きながらナオを見据える!

針金のようにごわついた髪がざわざわと逆立ち、母親の姿から醜悪な鬼に変わり果てたそれ(・・)は、ナオの手を握ったまま、金属が擦れるような不快感のある笑い声をあげた。


「キャアアァァァァッ!!!!」

『どうしたの、ナオちゃぁん?』

悲鳴をあげるナオに、声だけは母親のままで鬼が笑いかける。

「い、いやっ!いやぁっ!」

握られた手を振りほどこうとするが、鬼はその手を離さず、怯えるナオの姿をニヤニヤと眺めていた。

「離してっ!離してよぉ!」

『酷いわぁ、お母さんを見捨てるの?』

「っ!」


目の前の化け物が、大好きな母の声で自分を非難してくる。それが、ナオの逆鱗に触れた!

怒りで恐怖を少し押し返す事ができたナオの脳裏に、マドカが渡してくれたお守りが浮かぶ!

(そうだ、アレなら!)

マドカが妖怪を倒す姿を思い出して、ナオの心に勇気が沸き上がってきた。

(そうだよ!マドカちゃんの側で見てきた妖怪達に比べれば、目の前の鬼なんて顔が怖いだけじゃないっ!)

恐怖感を振り払い、ナオは親友から教わった符術を発動させる呪文を叫んだ!


「お、怨敵退散!急々如律令っ!」


ナオがそう叫ぶと同時に、ポケットに入れてあったお守りが、服をすり抜けて目の前の鬼にたたきつけられる!

『ぎゃあっ!』

激しい衝撃に襲われた鬼は、思わずナオから手を離して吹き飛ばされた!

その隙に立ち上がったナオは、リビングを出て玄関へ走る!

『待てぇっ!』

背後から、母親の真似を止めた鬼の声!

「誰が待つもんですかっ!」

怯えを振り切るために、わざと強めに言い返したナオは、急いで家を飛び出すと救いを求めて走った!


(マドカちゃん、マドカちゃん、マドカちゃん……)

母親に化けていた鬼を倒し、両親を救ってくれるだろう親友の名前を、呪文のように心中で連呼しながら、無我夢中でナオは走る!

だが、とある曲がり角に差し掛かった時、死角から歩いてきた通行人に彼女は思いきり激突してしまった!


「きゃあっ!」

「痛っ!」

二人分の悲鳴が響き、ナオと通行人はそれぞれが道路に倒れこむ。

「いたた……ご、ごめんなさい!急いでいたので……」

「ったく。何をそんなに急いでいたのよ、ナオ?」

「え?」

お詫びの言葉を口にしながら顔をあげたナオは、そこに望んでいた人の顔を見た。


「マ、マドカちゃん……」

「ん?何よ、そんなに呆然としちゃって?」

ナオの反応に小首を傾げる親友の姿に、不覚にも涙が溢れてきた。

「マ……マドカちゃぁん……」

「だから、どうしたの……って、ちょっと、ナオっ!?」

「マドカちゃん!マドカちゃん!マドカちゃぁんん!!!!」

「いや、だから落ち着きなさいって!ねぇ、ナオってば!?」

涙で顔をグショグショにしながら抱きついてくるナオに、困惑しながら抑えようとするマドカの声が響いていた。

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