09 術理
夜の湖畔に、爆発のような轟音と衝撃が走った!
ここが妖怪の結界内でなければ、すぐさま近隣住人が騒ぎ出していただろう。
それほどの一撃が確実にマドカ達を捉えた手応えに、手長はニンマリと口元を歪める。
『ケケケ……どおれ、あやつらはどんな花を咲かせ……』
無惨に潰れた死体の花畑を連想し、楽しげに拳を持ち上げた手長と足長は、そこで思いもよらない光景を目の当たりにした。
「ふむ……『水の滴り、岩をも穿つ』とは言うものの、長い年月の積み重ねが無くては軽い物よな」
あの攻撃を受けながら、まったくの無傷!
それでいて、平然とマドカ達を守りぬいたタダカツの姿が、そこにはあった。
『なっ!き、貴様、どうやって……』
「どうやってって……槍で受けただけだが?」
『ば、馬鹿を言うなっ!』
あの爆撃のような攻撃を、槍一本で防いだというタダカツの言葉に、手長は激昂する!
「まぁ、そこは相性という物もあるだろうがな。土行の我に、水気の貴様の攻撃が通じると思うなよ」
『何を訳のわからぬ事を……』
この世界で、妖怪の姿形や性質を得ているとはいえ、妖怪達は元は異世界の魔王の欠片。五行における『相克』、『相生』等の知識は、最初から理解の範疇にはない。
人間を凌駕する化け物に対抗すべく磨かれた、未開の術理と技術を見せつけられて、妖怪達にも僅かな動揺が見られた。
「いやいや、それにして我らが死に様を花に例えようとするとは、そこは化け物であっても女であったか」
手長の何気ない一言を拾いあげるタダカツに、かの妖怪は寒気を覚える。
あまりにも余裕がありすぎるその態度に、警戒した手長は追撃を躊躇していた。
『ええい!何を戸惑っている手長の!』
相方を担いだ足長が、叱咤するように叫んだ!
『こんな芥子粒のごとき連中に、おののくでないわ!ワシが、蹴り殺してやろうぞ!』
サッカーボールを蹴るように、巨大建築物の支柱を思わせる足が後方に振られる!
そのまま、マドカ達目掛けて振り抜くために、一瞬の溜めの動作で動きが止まった瞬間、飛来した矢が足長の両目を貫いた!
『ぎゃあっ!』
悲鳴をあげた足長の蹴りは、狙いを外してあらぬ方向に逸れる。
外しはしたものの、不意打ちじみた攻撃を食らいながら、横転しなかったバランス感覚は大した物だと言えるだろう。
『があぁぁっ!見えぬ!痛たし!なんじゃこれはぁ!』
『落ち着け、足長の!すぐに抜いてやるわ!』
「いやぁ、やめた方がいいと思うよ?」
足長の両目に刺さった矢を抜くべく、手長がそれを掴むと、タダカツの背後から無邪気な声色の忠告が飛んできた。
『貴様……』
ひょっこりと、槍兵の後ろから姿を晒した弓兵の少年に、手長は射殺すような視線を向ける。
「無理に引き抜くと、もっと酷い事になると思うし、そのまま死んだ方が楽だよ、きっと」
『黙れ!こんなものは……』
ネヒコの言葉を無視して、手長は一気に足長に刺さった矢を引き抜いた!
『ぐがぁっ!!!!』
だが、矢が引き抜かれると同時に、足長の悲鳴がこだまする!
それもそのはずで、ネヒコの放った矢は鏃が木の根っこのように変化しており、引き抜いた拍子に絡み付いた足長の眼球をも千切り取っていたのだ!
「え、えげつねぇ……」
式神の容赦の無さに、思わず唾を飲む縁だったが、当の本人達は平然としている。
「はっはっはっ。兄君、まだまだこんな物ではありませんぞ?」
「そうですよ。罪の無い人を面白半分で殺めた以上、妖怪達には相応の報いをくれてやらないと♪」
朗らかな笑顔の下に、渦巻くような殺意を隠したタダカツ達の様子に、縁だけでなくナオも背筋に冷たい汗が流れた。
これもおそらく、式神達の主であるマドカの心情が反映されているのだろう。
「マドカちゃん……」
親友の気持ちを想うと、ナオは胸の奥が痛み、小さく彼女の名を呼んだ……。
『おのれ、おのれぇ!!!!』
流れる血のせいだけではなく、顔を真っ赤にしながら足長が地団駄を踏む!
『落ち着け、足長の!ワシが目の代わりになるわ!』
『おうおう、頼むぞ手長の!ワシに奴等を踏み殺させよ!』
『任せよ!』
二身同体とも言える妖怪達は、本当に目の代わりができているかのような連携で、マドカ達へと攻め立てる!
しかし、それらの攻撃は先頭に立つタダカツの槍さばきによって、捌き弾かれ、一撃たりとも届く事はなかった。
『なぜじゃ、なぜ当たらぬ!』
『ええい、邪魔な召喚獣めがっ!』
「はっはっはっ!我がいる限り、主達に指一本でも触れられると思うな」
攻撃がどれだけ激しくなっても、軽口を叩いて余裕を見せるタダカツに変化はない。
それが虚勢ではない証拠に、彼は防御からの流れで攻撃してくる手長足長へと、反撃を入れて手傷を負わせていた!
深手とは言えないまでも、手を出す度にダメージを重ねる状況に、僅ながら攻撃の勢いが削がれていく。
「ほらほら、タダカツさんばかりに気を取られたらダメだよ!」
そんな中で、足長の目を奪ったネヒコの矢が、次々と妖怪達へと突き刺さっていった。
『ぐ、ぐおぉっ……』
『ぐぎぎ……』
突き刺さったネヒコの矢は、再び木の根のように妖怪達の体へ侵食し、その動きを絡め取ろうとする。
だが、あちらこちらから血を噴き出しながらも、妖怪達はさらなる怒りに燃えて、攻める事を止めはしなかった!
そんな決死の猛攻を易々と受け流し、式神達は呆れたように妖怪達を眺める。
「大きいだけあって、結構タフなんだなぁ……とはいえ、あんまり夜更かしされては主様の美容にも良くないし、さっさと終わらせましょうか?」
「おお、女性にとってそれは一大事だのう。ならば、遊びは終わるか」
「それじゃ、僕は足の方をやるんで、残りはタダカツさんにお願いしますね」
「おお、任された!」
言うが早いか、矢を引き絞ったネヒコの前に、魔方陣のような紋様が浮かび上がった。
「日輪を背負い放たれる矢!」
ネヒコの放った矢は、太陽のような閃光と共に足長の顔面を穿つ!
そして次の瞬間、爆発を伴って獲物の頭部はおろか、その上半身を吹き飛ばした!
『があぁぁっ!あ、足長のぉ!』
肩車をするような形だった手長の両足も、膝から下が爆散して支えを失って落下してくる。
『お、おのれえぇぇっ!せめて、憎き術師だけでも道連れじゃあぁぁっ!』
最後の力を振り絞り、手長は己の全妖力を拳に集めて必殺の一撃へと変えた!
『ワシもろとも、吹き飛べえぇ!』
マドカを狙う、自爆にも等しいその攻撃を前に、まるで散歩でもするような気楽さで、タダカツが立ちはだかる。
「残念だが、死ぬのはお前だけさ」
そう言った式神の前に、ネヒコと同様に紋様が浮かび上がった。
「東国無双!」
突き出された槍の穂先が、紋様を通して巨大化し、手長に向って刃を立てる!
『無駄な事を!』
どうせ死ぬつもりなのだ、相討ちならば上等の気迫で拳を繰り出した!だが!
『は?』
思わず間抜けな声が漏れた。
それほど、タダカツの槍の穂先に触れた手長の拳は、なんの手応えもなく、攻撃の威力ごと両断されて霧散していたのだ。
『な……に……が……』
拳だけではなく、体を構成する魔力その物を両断される感覚を受けながら、訳もわからぬまま手長は消滅していった。
妖怪としての肉体を失い、黒い霧のような魔力の塊となった手長足長を、マドカは手にした黒い本に吸収させて、パタンと閉じる。
「よし……」
妖怪達が張っていた結界も消え失せ、封印が完了した事を確認したマドカは、ようやく安堵の息を吐いた。
「お、終わった?」
「うん、もう大丈夫」
「はぁぁっ……お疲れさま、マドカちゃん!」
脱力したナオは、マドカに寄りかかるように彼女を抱き締めた。
普通、逆じゃないかな?と思いつつも、マドカは心配してくれた親友を受け止め、その温かさにホッとする。
「お疲れ、マドカ」
「うん。おにいも協力、ありがとうね」
「なぁに、気にするな。むしろリアルな妖怪が拝めて、俺の方がありがたいくらいだ」
「そ、そう……」
満足そうにほくそ笑む兄の姿を横目で見ながら、マドカは式神達に戻るよう命令した。
「では、主よ。またいつでも、お呼び立てしてくだされ」
「じゃあね、主様にナオお姉ちゃん♪」
二人は軽く手を振りながら、マドカの影へと飲み込まれるようにして、姿を消した。
「前のさ、『金ぴか鎧』のウェインさんと、『ヤンキー格闘家』のホムラさん……だっけ?あの二人が消えた時もそうだったけど、マドカちゃんの影はどうなってるの?」
「別にどうもなってないわよ。ただ、私の影がいわゆる召喚の出入り口として、ちょうどいいってだけ」
「陰陽師の代表格で有名な安倍晴明も、奥さんが式神を怖がるから、一条戻り橋の影に自分の式神を隠したなんて話もあるくらいだしな」
「私の本体を『陽』、影は『陰』と見立てて、陰陽の理が成り立つようにして、術を構成してるって訳ね」
「ふぅん……」
説明を聞きながら、ナオは改めてマドカが前世の知識というものを継承しているんだな……と、不思議な感覚を味わっていた。
ちょっと前まで、陰陽道の知識などまったく持っていなかった彼女が、こんなにも流暢に術の説明をしてくれると、なんだかマドカがマドカではなくなって行くような気がして、グッと胸が詰まる。
「マドカちゃんは……ずっとマドカちゃんのままだよね?」
再びナオはマドカを抱き締め、確認するように尋ねた。
「?当たり前じゃない」
ナオが何を聞いて来ているのかよくわからず、小首を傾げながらマドカは答える。
そのいつも通りの表情に、安心したナオは「エヘヘ……」と照れたように笑った。
「さて、事は済んだし長居は無用だな」
「そうね……犠牲者については、警察とかに任せるとしましょう」
少しだけ悔しそうに言いながら、マドカはペコリと虚空に頭を下げた。
もしかしたら、間に合わなかった自分を責めているのかもしれない……そんな親友の胸の内を察したナオは、彼女を元気付けるべく、あえて明るく励ましの声をかける。
「ほら、元気出してマドカちゃん!次こそは、犠牲者が出る前に妖怪を退治しようね!」
「うん……ありがとうね、ナオ……ックシュン!」
礼を言ってナオに答えようとしたマドカだったが、先ほど濡れていたせいもあって盛大なくしゃみをしてしまう!
さらに、噴き出した唾や鼻水が、思いきりナオの顔面を直撃していた!
「……次は、濡れないように気を付けようね」
「ご、ごめん……」
張り付いたような笑顔のまま、静かに注意するナオに、恐る恐るマドカは謝罪する。
「ククク……ほら、二人とも早く車に乗った乗った!」
いまいち締まらない妹に笑いを噛み殺しながら、縁は帰路に着くため車のエンジンをかけた。




