装備
フルーレティのジェット噴射、いやフルーレティが乗った装置のジェット噴射を見送った後、配下達を改めて見回す。
これからの作業は、浮遊石の設置と建築資材の収集だ。街を造るのに一体どれ程の資材を必要とするのか想像もつかないが、まぁ適当に集めて置いて様子を見れば良いだろう。もし大量に余っても自分のインベントリへ収納しておけば良いのだから。
「では、それぞれの役割だな。バディスとレストエスは木材の切り出し、カメオウが石材の切り出しで、アスタロトは浮遊石の作成と設置だ。それで良いな?」
「はい、よろしいかと思います。それで木材と石材はどこから切り出しましょうか?」
「先ほど切り出した岩山の隣に、小さな岩山があるだろ?」
「……あれ全部が岩山なのですか?」
眉間に皺を寄せながら目を細めて遠くを伺うアスタロトが、不機嫌の極みに立つオバサンのように見えるのは気のせいなのか。
だがどうして美女は、そういう表情をすると不細工になるのだろうか? 美女の微笑みは心を満たすが、オバサンの汚い視線は心を濁す。
まぁそんなことはどうでも良い。
「あぁ、木が生えていて判り辛いだろうが、あの山全体が岩で出来ている。木材と石材はあの山から採れば良い。いや、採るだけじゃないな。取り尽くせ!」
「御意。では即座に行動を開始します」
アスタロトの持つ高い理解力と好ましい従順さが、私のひん曲がった心を漂白剤のように洗浄していく。
何故私は先ほど、彼女をオバサンなんかと重ねてしまったのだろうか? 心の中で密かに謝っておこう。先ほどの想いを口に出すのは余りにも危険でデンジャーだ。
そんなアスタロトがカメオウへと振り向く。
「それでカメオウ、あの岩山を斬り崩せるか?」
「うーん……<増筋>を掛ければなんとか」
「そうか、では頼んだぞ。斬り出す岩の大きさは、ガーゴイル達が持ち運べるサイズに揃えてくれ。取り敢えずは、あの岩山を全て斬り崩そう」
「はい! わかりました」
岩山を――斬り崩す? あの大きな岩山を? 全て?
アスタロトの無茶苦茶な指示にも拘わらず、カメオウがニッコリと微笑んでいるが……岩山を全て斬り崩すなど本当に出来るのだろうか?
「カメオウ。斬り崩すのは良いが、何で斬るんだ?」
「あ、はい。僕の童子切を使います」
童子切って……あぁ、あの刀か。
刀一本で山を、いや岩山を斬り崩すなど荒唐無稽に思えるのだが、アスタロトとカメオウの表情には一切の曇りがない。
出来るというからには出来るのだろう。次第に考えるのが面倒になり、アスタロトへの業務丸投げを視野に入れ始める。
「だがカメオウ、先ほど魔力を譲渡して貰った訳だが……魔法の使用に問題はないのか?」
「あ、あの……えっと、<増筋>はスキルなので、大丈夫です」
無知丸出しの私に、幼いカメオウが気を遣っている。
良い歳したおっさんが少年から気を遣って貰うなど、本当に情けない。無知は罪、とはよく言ったものだ。
もう少し考えてから発言するべきなのだろうが、この状況に大分慣れてしまった私の厚かましさが恨めしい。
「そ、そうか。では早速だが、行動を開始してくれ」
「わかりました! お任せ下さい」
「か、カミュ様! あたしの……あたしのアレ的な乙女が痛いんです!!」
カメオウの爽やかなお返事の後で、レストエスの汚い雄叫びが辺り一面に木霊する。
「黙れレストエス。自分で治癒すれば良いのである」
バディスの物言いも清々しいほど酷いものだが、今この瞬間だけは彼に激しく同意してしまう。
だがレストエスよ判って欲しい、私だって切ないんだ。
「煩い! あんたの所為でしょ!」
「自業自得なのである。さっさと<大治癒>すれば良いのだ」
「カミュ様ー、バディスが酷くて馬鹿なんですぅー。もう殺しちゃって下さい」
「レストエスよ、死ぬのはお前だ。というか今すぐ死ね」
バディスが何故そこまでレストエスに冷たいのか判らないが、流石にレストエスが可哀相になってきた。
女性の臀部を思いっ切り蹴り飛ばすなど鬼畜の所業だが、何故バディスがあの仕打ちを平然と出来るのか不思議でならない。
だが彼の素振りには彼女を気遣う様子は全く見受けられない。……玉を蹴られた腹いせか?
頭の中身さえ横に置いておけば、美人でスタイルが良くて可愛いところがある自分の配下。そんな彼女を無下にし過ぎるのは、主君として些か問題があるだろう。
「バディス、もう止せ。それでレストエス、私はどうすれば良い?」
「はい! お尻を擦って頂ければ治ります! じっくり、ゆっくり、なんならまったりと」
片手で地面を突き、もう片方の手でお尻を押さえたレストエスが、此方を伺いながらささやかな願いを口にした。
彼女の傷付いた心と体が早く治るならと、その提案を受け入れようとした矢先、バディスへの援護射撃というかレストエスへの死刑宣告が意外なところから飛んで来る。
「だ、ダメです!」
「どうしてダメなんだ? カメオウ」
「か、カミュ様が穢れてしまいます! それはダメなんです!」
両手を広げながら必死の形相で止めに入るカメオウ。その光景を頷きながら優しく見守るバディス。彼等にとってレストエスのお尻とは、私の想像を遥かに超えるほど汚らわしいらしい。
一方のレストエスは悔しさからか涙で頬を濡らしている。傷心に表情を歪ませながらチラチラと此方を伺っているが……おそらく嘘泣きだろう。その挙動が怖いくらいに嘘くさい。
「では、バディス。お前が治してやれ」
「……」
バディスの顔が嫌悪で歪みまくる。たかが治癒魔法を掛けるのがそんなに嫌なのだろうか?
外見だけなら魔国でも最上位に位置する、とても素敵な女性なのだが……。
「いや、無理にとは言わん。カメオウは治癒魔法が使えないんだったな?」
「は、はい……申し訳ございません」
「いや、謝らなくて良い」
自責の念に苛まれながら俯くカメオウへ、『気にするな』の意思を込めて視線を送る。
「やはり私が治す他ないだろう。無論、擦らない方向で、だ。先ずはレストエス、傷の具合を見せてくれ」
バディスの蹴撃で多大なダメージを負ったというレストエスの乙女的な部分。今は手で隠されており、その状況を伺い知ることは出来ない。
その手をどけてくれ、との意味で言ったつもりだったが、何を勘違いしたのか、レストエスは慣れた手つきでパンツをずり下ろした。
そしてレストエスの乙女的な何かと女性的な何かが大解放される。果たして、彼女の辞書に羞恥心という文字は存在しているのだろうか?
「其処まで大胆な……いや、まぁ良かろう。どれど――れッ!!」
レストエスの隠された秘蔵の華を見て絶句する。
これでは流石に……泣くほど痛いはずだ。レストエスの乙女が無残に陥没しており、その美しかったであろう局部は見る影もない。
逆に考えれば、此処まで力を込めて蹴り上げるなど、バディスの異常さが突出しているということだ。
「痛かっただろう、レストエス。直ぐに治してやるぞ」
「み、見られている……カミュ様にあたしの乙女的な――」
四つん這いのまま恍惚とした表情で下らないことを呻いているレストエスを放置し、突き出された彼女のお尻へと右手を翳す。
「<蘇生>」
右手で放った魔法がレストエスのお尻を淡く光らせると、彼女の表情から苦悶の歪みが取れていった。
光の終息を迎えるとともに、レストエスの顔にはいつもの見慣れた美人さんが戻っていた。
「治ったようだな」
「あ、ありがとうございます!」
レストエスの顔にいつもの素敵な笑顔が戻る。彼女は倫理的な面で少々問題があるのかもしれないが、それでも私の配下なのは間違いないし、彼女の笑顔が素敵なのは誰もが認めることだろう。
だが一つだけ気になったことがある。それは魔法発動に際し魔力がごっそり持っていかれたことだ。
おそらくだが、彼等の使う治癒魔法に比べると、<蘇生>での治癒は非常に効率が悪い気がする。
「良かったな」
自然と零れる微笑みをレストエスへと贈り、その様子を見守っていた配下達へと視線を移す。
カメオウは状況が良く判らないのか小首を傾げ、バディスは隠しもせずに不満気な表情を貼り付けている。残るアスタロトは……何故かは判らないが、レストエスを睨んでいた気がした。
気がした、と過去形なのは、私が視線を移すのと同時にアスタロトの表情が元に戻った為だ。もしかすると、それは私の勘違いだったのかもしれない。
「では皆、行動を開始せよ」
「では行って来ます!」
「では我輩も、カメオウと共に行動を開始します。レストエス、さっさと来るのだ」
カメオウの元気なご挨拶の後で、同輩を蹲らせた極悪人が何事も無かったように岩山へと向かい歩き出す。
続くレストエスが不自然なほど内股に見えるのは、まだダメージが残っている所為か、はたまた何らかの違和感の所為か……
「レストエス!!」
「な、なんでしょう?」
二人の後に続くレストエスが、期待に胸を膨らませたような輝く瞳で可愛らしく振り返る。
彼女の胸が理想的なほど物理的に膨らんでいるのは周知の事実だが、胸が期待で膨らむというのはあくまで私の視点であり憶測だ。
だがその輝く瞳を曇らせようとするのもまた私。彼女と、彼女と行動を共にする者のために私は敢えて心を鬼にする。
「パンツを……穿け」
「え? ……あ、はい」
いくら治ったとはいえ、その可愛いお尻を丸出しにして行動するのは些か問題があるだろう。
バディスとカメオウが彼女に興味が無いのは一目瞭然だが、それでもお尻を解放し続けるのは何か違う気がする。
というか――何処かでこの光景を見た気がするのだが、私の思い過ごし、いやデジャブか?
手慣れた手付きで装備を整えたレストエスが、呆れ顔で待つ同輩の下へと駆け出した。
彼女を見送るアスタロトの表情は厳しいままだ。アスラといい、アスタロトといい、何故レストエスを目の敵にするのだろうか。
女性同士の関係は欺瞞と傲慢に溢れる漆黒の闇。深入りしない方が我が身のためと捨て置き、心の在り処を先ほどの岩山へと移すことにした。
「ではアスタロト、どちらを先に行う?」
「そうですね、浮遊石を作ってから移動したいと思います」
あの適当な質問にこれほど的確な答えを出すとは、やはりアスタロトは相当に優秀らしい。
前世でよく居た能力は疎か外面も全く使えない、プライドだけは一人前のクソ女……いや、もう止めよう。
大して良い思い出の無い過去と一々比較しても何もならないし、私の心が病むだけだ。今は目の前の配下達を見つめるべきだろう。
「そうか。では準備が整ったら教えてくれ。私は別の作業をしていよう」
「承知しました。それでカミュ様は何を成されるのですか?」
「レイアウトでも考えておくかな」
「れいあうと……ですか?」
レイアウトでは通じないか。どうにも言葉の壁の位置がよく判らない。専門用語でも日本語なら通じるようだが、カタカナにした途端に通じなくなることが多々あるように思える。
「配置図のことだ。街をどのように作るか、青写真を描いておこうと思ってな」
「なるほど。では拙も作業を開始します」
一礼の後、鞄から魔石を取り出し始めたアスタロトを横目に、先日作ったA一サイズの紙を中空へと広げる。
傍から見れば紙が空中に浮いているように見えるだろうが、実際はただ単に紙の下にある空間を限定的範囲で時間遅延させているだけだ。
まぁ今はさも常識であるかのように語っているが、本当は昨日までは全く知らなかった。私が空間スキルと時間スキルを別々に使っているのを知ったアスラが、時空間スキルがあることを教えてくれたのだ。
なんか以前聞いたことがある気もするが、そんなことは気にする必要のない些末事。例え誰かに指摘されていたとしても、気にしないのが精神衛生上の最適解だろう。
「さて――」
街の構想は既に脳内で出来上がっている。あとはこの脳内情報を記録として文書に認めつつ配下達へ伝えるだけだ。
だが当然、街造りをしたことなど今まで一度もない。では現代の街並みを此処に再現するのか? いや、それは余りにも様式美に欠けるだろう。
それなら来るべき市街戦を想定して中世の城下町を造るのか? だがそれでは機能性が大きく欠けてしまう。では何がベストなのか……やはり、円形配列による整然とした街造りしかないだろう。
誰でも思い付く安直なイメージが薄れないうちに、鋭い眼光を紙へと送り一気呵成にラインを引こうとした矢先に気付く。
(ペンが……無い)
「――どうしたものか」
「どうされました?」
「あ、あぁ。ペンを持ってなかった」
「拙のペンでよろしければ、お使いになられますか?」
アスタロトから渡されたのは一本の羽付きガラスペン。彼女が左手に持つインク壺がお淑やかに存在を主張している。
毛細管現象とは随分と懐かしい。だが出来るならボールペン、最悪でも万年筆が欲しかった。
「ありがとう。アスタロトは本当に気が利くな」
最高の作り笑顔で答える私。こんな苦労にケリつけてぇ――いや、何でもない。
「い、いえ、そんなことは」
顔を赤くして恥ずかしそうに俯くアスタロトが、今は少しだけ可愛く見える。
出逢った時の印象は、近づき難く接し辛い。だが能々見ればアスラやレストエスに負けず劣らずの美人であり、どちらかと言えば自分の理想に一番近い顔をしている。
「アスタロト、ちょっとローブを貸してくれ」
「ろ、ローブをですか?」
「ダメか?」
「い、いえ。少々お待ち下さい」
小首を傾げたアスタロトが楚々とした所作で漆黒のローブを脱ぎだす。その下から現れたのはローブ同様の漆黒の衣装だった。
だがしかし、私の見る目はやはり確かだった。レストエスやアスラには少し及ばないが、アスタロトもかなり良いスタイルをしている。ローブで隠しているのが勿体無いくらいだ。
「中々良いローブだ。私も黒い衣装が欲しくなるな」
「カミュ様にはやはり黒がお似合いですね。あ、今着ていらっしゃる白いローブも大変お似合いですよ!」
取って付けたようなアスタロトのお世辞で聞き逃しそうになったが、『やはり』黒が似合うと言っていなかったか?
「私はいつも黒い衣装を着ていたのか?」
「え!? あ、はい。いつもお召しになられてました」
「ふーん……だが手持ちにはないな」
「カミュ様の装備は、専用の一品物でした。あくまで憶測ですが、先日の戦闘で失われたのでしょう」
アスタロトが悲しそうにローブへと視線を落とす。だが私はその一品物とやらを全く知らない。
「まぁ無くなった物は探しようがない。だから気にするな」
「は、はい……」
「ところで私が着れそうな黒い装備を、何か持っていないか?」
「拙の手持ちの装備でですか?」
私が手渡すローブを受け取りながら、アスタロトが鞄の中を物色する。
「あぁ、実はローブの下に何も着けていなくてな。少し寂しいと思っていたのだ」
実際に見せた方が早いだろうと考え、白いローブの前を一気に解放する。
ローブを着終えたアスタロトが鞄から此方へ目線を移すと、彼女は素敵な笑顔を凍り付かせて絶句しながら立ち尽くした。
この世界で目覚めた時、私は一糸纏わぬ生まれたままの姿でアスラに抱っこされていた。そして手持ちの荷物を物色して見つけたのはこの白いローブ一着だけ。
そう、ローブをご開帳して現れるのは少年の裸体。そして現在の私の姿は正に変なおじさん。
ブ、ブブゥーッ! ――バタン!
顔面中央から赤い鮮血を吹き出したアスタロトが、喜悦に歪んだ表情で後ろへと倒れ込む。
後頭部を強打した彼女は、大の字で寝転んだままピクリとも動かない。
何となく居た堪れない気持ちになった私は、無言のまま自分の体をローブで隠した。




