幕間:霜月姫歌Ⅰ
----------------------------------------------------------------------------
AUTHOR:質問です。女騎士の敵といえばオークかローパー。お姫様の敵といえば貴族と盗賊に宰相、もしくは他国の王子。そう思うのは私だけですか?
HELP:あなたがエロ小説とエロ漫画ばかり読んでいるということは理解できました。
----------------------------------------------------------------------------
霜月姫歌。十七歳。幻奏高校二年。合唱部所属。
彼女の容姿を同級生に聞けば、「普通よりちょっと上」や「素朴でかわいい」や「理想の彼女」といった回答が返って来るだろう。
身長は153センチ。体重は52キロ。B86W57H84のトランジスタグラマー。髪は茶色がかった黒で、セミロングより少し長めのサイドテール。髪と同色の瞳。スッと通った鼻筋と、小さい桃色の唇。
幻奏高校の非公式美人ランキングにも『彼女にしたい系ボクっ娘』として登録されている姫歌だったが、ここ数日は微妙にランキングの順位が上がっていた。
なぜなら――
「はぁ……」
物憂げに窓の外を見ることが多くなったからだ。
今現在の昼休みも、自らが昼食をとる為に見つけた校舎裏の草葉で、青々とした空を見上げては溜息をついている。
遅咲きした恋煩いのようにも感じられ、その悶々とした感情を漂わせる後姿は「是非とも自分が慰めてあげたい!」と男子が立候補するくらいには可憐であった。
なお、姫様の心を射止めた糞野郎は誰だ!?とファンクラブの人間が騒いだのは余談である。
「ひめちゃん、どうしたの? 最近変だよ?」
姫歌の隣で弁当をつついていた高見澤梨乃が、姫歌に心配そうな声をかける。
小さいヘアピンをつけただけの短髪の下には、小動物系の雰囲気を感じさせる顔を覗かせている。その体格も大きいとはいえないもので、そういった趣味の人がいれば喜んで飛びつきそうな少女だった。
二人が親友であるという関係上、数日前から変貌した姫歌については当然ながら梨乃も知っている。
元々の姫歌は理知的で聡明であり、それでいて流行にも適度な理解と順応を示す柔軟さを持っていた。
そして何よりも『ある男子』のことになると、興奮しつつ冷静さを保つという相反する真似を器用にやってのける女の子だったのだ。
むしろ分からないほうが不思議である。
「姫が変なのはいつものことだけれど、それについては私も同感ね。最近は常軌を逸しているとしか思えないわ。いえ、常軌を逸しているのは以前もだけれど、方向性が全く違うのよ。ロリコンとショタコンみたいな差異であって、アブノーマルに変わりはないわ」
姫歌を挟んで梨乃の反対側にいる、おさげを二つ結びにした女の子。同じく親友である仲神結衣が卵焼きを口に放り込みながら言うと、ようやく姫歌は反応を返した。
「君は相変わらず、酷い事を躊躇いなく言ってくれるね。でも、どうしようもないんだ。何で自分がこんなにも落ち込んでいるのか、ボクにだって分からないんだから……」
結衣の実家が神社である為か、巫女然とした全てを見通すような目で辛辣な言葉を言われ、さすがの姫歌も苦笑いであった。
もっとも、彼女はいつも毒舌がデフォルトで表裏がなく、だからこそ姫歌もそんな結衣を気に入って親交を深めていたのだが。
(そう、なんだよね。今までのボクとはまるで……。この何かを失ったような空虚さは、いったい何なんだ……)
自らが口から出した言葉の通り、姫歌本人にも、この空虚感の理由には全くもって見当がつかないのだ。
数日前、心の中にぽっかりと大穴が開いた。今まで全身全霊をもって挑んできた目標を、ある日いきなり失ってしまったかのように。
それからというもの、彼女は心此処にあらずといった時間が多くなったのだ。
今も、手に持っている可愛らしい弁当の白米に、行儀悪く箸を突き立てていた。普段の理知的な彼女からは考えられない行動である。
「もしかして、また墺寺くんから何か言われたの?」
「ん? ……ああ、彼か」
梨乃の言葉に首を傾げ、そんな人も居たなと思い出す姫歌。
確かに、言われてみれば最近になって声をかけてくる頻度は増したが、かといって姫歌自身が全く興味を示していないのだ。別に『あの男子』ほど熱を入れるようなことでもないため、記憶から掘り起こすのに時間が掛かってしまったのだろう。
「いや、そういうことではないよ。これは他ならない、ボク自身の問題だからね」
そう言って力なく笑う姫歌。
彼女の目の下に隈が出来ていることに気付き、親友二人は姫歌の内心を察した。
「そ、そういえばさ。最近は話してないよね、あの、えっと……」
「そうね。姫がいつも話していた、ええっと……」
姫歌を励まそうとした二人だが、途端に言葉が続かなくなる。何故か、思い出そうとしても思い出せないのだ。
姫歌が嬉々として、それでいて冷静に魅力を話し続ける『彼』のことを。女子会で姫歌の家に泊まった際、それはもうウンザリするほど話を聞かされた『気になる男』のことを。
まるで頭の中に霧がかかってしまったかのように、何一つ、容姿どころか名前すら出てこない。
「おかしいわね。姫がサイドテールにした理由って、その男子の気を惹くためだったと思うのだけれど……」
「そ、そうだったかな? 最近はストレートにしているから、忘れていたよ」
結衣の疑問に、姫歌自身も首を捻る。
親友の言う通り、数日前まではサイドテールに拘っていたというのに、今となっては何故面倒な事をするのだろうと自然のままに任せていた。
これも丁度、空虚感を感じ始めてからのことだ。
いや、これだけに留まらず、数日前から変わったことは一つや二つではない。
(自室の宝箱にだって、何かを保存していたと思われる真空パックしか残されていなかった。パソコンに保存していた盗撮フォルダの中身も消えていた。いったい何が……)
自分が何故そんなフォルダを残していたのかも分からず、姫歌は首を捻る。
姫歌本人は盗撮モノで興奮する趣味などない。それが『好きな男』であれば別かもしれないが、生憎そのような相手は記憶にない。
(そう。記憶にないんだ。かといって、こんなこと……周囲の人間全員から、まるでただ一人に関する記憶が消えたような……)
空を見上げて考えるが、その答えは出ない。
今日も彼女の憂いは晴れず、ハンカチのような白い雲が、視線の先でゆっくりと流れていった。




