エンゲージ!でございます
腕時計の短針が五時を示した頃、ようやく馬車は都市へと辿り着いた。
ガタゴトと五月蝿い音、そして振動に揺らされてできた尻の痛みとは、あと少しでオサラバだ。
先ほどまで沈んでいたアリサは吹っ切れたのか、大きな深呼吸をした後、両頬を二度ほど叩くことで気を切り替えていた。
「いつまでも悩んでなんていられないわね。あたしが目指してるのは王なんだから、あんな悲しい目に遭う人が一人でも少なくなるように、世の中を目に焼き付けて回る。それが、今できる役目よ」
そう言ったアリサの瞳は、普段の力強さを取り戻している。同時に、いつもの生意気そうな笑みも。
何て言うか、本当に凄い奴だよ。俺なんて、寝て綺麗に忘れた方が精神衛生上良さそうだ、とか思ってくるらいなのに。
ちなみに、今は門の前で年に入るための順番待ちをしており、テルケスと門番の話し合う声が耳に聞こえる。
幌から外を覗いたところ数人の順番待ちがいたようだが、テルケスは最後尾に馬車を止めると、すぐさま門の衛兵へと走って行っていた。
「テルケスか!? 知らせは聞いたぞ! 何やらマズい事態になっているらしいが……」
「ええ、なんとか。先に帰ってきた冒険者達から聞いているかもしれませんが、Aランクモンスターと交戦しました。中央に報告するため、できれば早めに通して欲しいのです」
と、そんな会話が聞こえてきた程度であっさり通行できてしまう。
俺達の馬車に戻ってきて再び手綱を握るテルケス。
なんだか外から「ふざけんじゃねぇぞ!」とか苦々しげな声が聞こえる。数人いた順番待ちの皆さんホントすいませんね、と心の中で謝っておくか。
「もうノーライフキングは倒したんだし、別に急ぐ必要も無いんじゃないか?」
「そうも行きませんよ。リュウタロウさんのパーティーがいたから問題ありませんでしたが、ゴブリン討伐に行ったDランクレイドがAランクモンスターを討伐しましたなんて、普通は想定しません」
「うむ。おそらく今頃、ギルドでは討伐用のパーティーが組まれているのではないか?」
「でしょうね~」
御者台で手綱を操っているテルケスの背中へ話しかけると、俺の左右に陣取っていた十六歳組が反応する。さっきまではアリサを優しく撫でていた二人だが、本人が元気になったのでお役目御免だ。。
そして、先ほどまで横に陣取っていたアリサ本人は、元通りになったことを示すためか、再び俺の横から指定席(俺の膝上)へと戻ってきている。ついでに言えば、いつの間にかベルンも膝上にいた。
さすがに囲まれすぎて暑苦しいので離れてほしいのだが、アリサが元気になった直後のために言い出しづらい。少しだけ我慢するか。
「あたし達だからこそノーライフキングを倒せたけどね。Bランク迷宮がせいぜいのレガルだったら、普通は最高戦力を集めて討伐隊が組まれるレベルよ」
「……ん」
「まぁ、言われてみればそうか。もしかしすると、今は俺達のことを「惜しい人を亡くした」とか言っているかもな」
「それが否定できないのですよ……」
俺の冗談に、声だけで苦笑いと分かる返事をするテルケス。
ベルンが軽々と倒したから実感が沸かないのだが、本当は結構ヤバいモンスターだったのだろう。Aランクだから当然と言えば当然なのだが。
「じゃあ、もしレガルの門前にAランクモンスターが出現したら、大体どのくらいの被害が出るんだ?」
「そうですね……。この都市にいるAランク冒険者は十名ほどですが、所属のクランが対立しあっているので、リーダーが出るまでの牽制や話し合いに時間がかかると思います。モンスターの種類にもよりますけれど、その間で最低でも数百人が犠牲になるのではないかと」
テルケスが至極まじめな顔で予想を述べる。
四姉妹が何も口を挟まないところからして、どうやら本当のことらしい。
(派閥の力学ってやつか。異世界に来ても、面倒なことは面倒なんだな……)
数百人もの命より自分のクランか、とため息をつく俺。
派閥とは厄介なもので、手柄を立てつつミスを極力少なくしなければならない。小さなことでもミスがあれば、他のクランはその点を突いて規模の縮小を狙ってくるからだ。
つまりAランクモンスターというハイリスクハイリターンな獲物には、誰もが慎重にならざるを得ない。なにしろ自分のクランが多くの死傷者を出したとなれば、下手をすればクラン崩壊の憂き目を見ることになる。
「市民数百人の命とクランの名声。どっちが大事かと聞いても、頭にとっては自明の理なんだろうな」
「ええ。まったくもって嘆かわしいことです……」
前を向いたままのテルケスだったが、その声音には苦悩の色が滲んでいる。
元Bランク冒険者らしいし、似たような経験があるのかもしれない。意見の対立の末に取り返しのつかない犠牲を出してしまったとか、そんな感じの。
俺がなんとなくいたたまれない空気を感じていると、それを切り替えるかのように馬車が止まる。
馬車の幌を上げてみれば、そこにあったのは純白の建物、冒険者ギルドだ。
「皆さんはギルド内で寛いでいてください。私が報告に行ってきます」
御者台から降りたテルケスは、それだけ言うと風のように走ってギルドへと突貫してしまった。
馬車はどうするんだ馬車は、と思ったが、彼の代わりにギルドの制服を着た人が数名近づいてきているから、たぶん預ければいいのだと思う。
その予想に違わず、俺達が馬車から降りると、彼らが馬を引っ張ってギルド脇の小道へと連れて行った。裏に厩舎か何かがあるに違いない。
そんな光景を見送って後に残されたのは、俺達とオッサン、ラウド、フリードの全四パーティーだ。
周囲は多くの人並みで溢れ、目の前には今朝と変わらぬギルド。誰一人欠けることなく帰ってこれたのだなぁと実感するな。
「とりあえず、中に入って待っとくか」
「そうだなボウズ。つっても、俺達とラウドのところは所用でちょっと抜けるけどな」
「所用? ……ああ、そういうことか」
近くに来たオッサンの言葉にハテナマークを浮かべるも、オッサンの視線ですぐに理解する。
エリルとオスタは貫頭衣のままなので、じろじろと向けられる周囲の視線を気にしながら手持ち無沙汰に立っていた。あの状態で待てと言うのは不憫だ。
「私達のパーティーは大したことをしていませんからね。主な事情徴収を受けるのはリュウタロウさんのパーティー全員。それと各パーティーリーダーだけでしょう」
「だな。あいつらは買い物にでも行かせてやろう。後で報酬を分配する時に呼べばいいだろ」
オッサンの言葉に、ベテラン冒険者二人が同意する。
今まで何度も依頼を受けてきた彼らが言うんだ。大丈夫だろう。
パーティーリーダーがそれぞれのメンバーに指示を出すと、全員で一塊になって南側の服屋に向かうらしい。
それを見送ってからギルドの中に入ろうとしたのだが、遠ざかる彼らの中から一人の女性が俺達の元へと走って戻ってきた。
「エリルさん……?」
裸足でもお構い無しに、こちらへと駆け寄ってきたエリル。
彼女は俺達の前に来ると、粗末な衣服のまま頭を深く下げた。
「その、助けてくれてありがとう。あのままだったら、私は確実に死んでたわ……」
どうやら再び礼を言うためだけに戻ってきたらしい。
朝の騒動から短気な面が目立っていたが、こういった真面目な性格が本来の彼女なのかもしれない。実際、クエストに出発してからは、俺達の実力を見極めるかのように大人しかったからな。
「あー、まぁ、旅は道連れ世は情けですから気にしないでください。その代わりと言うのは何ですけど、俺達が困っていたら助けてください」
「そうね……。本当に、本当に助かったわ」
彼女の震えからして、どういう目に遭いそうだったのかは予想がつく。
あの横穴の中には、それこそまだゴブリンとオークの慰み者にされたほうがマシと思えるくらいの惨劇があったのだから。蛆虫人形にされるか、昆虫モンスターと掛け合わされるか。俺なら、どちらも願い下げだ。
「あなた達も、今朝は突っかかって悪かったわね」
「いや、気にするな。貴殿の言っていたことは、己がクランを誇りに思ってのことだったのだろう?」
謝罪を続けるエリルに、ツバキさんは片手を挙げて制する。
止め方といい言動といい、やはりツバキさんは生まれる性別を間違えた気がしてならない。いや今でも十分美人さんだし、こういう武士娘的なカッコよさは好きなんだけど。神様ミステイクぐっじょぶ。
とまぁ、そんなことがあって、エリルは何かあったら手伝うと言ってくれた。
「人手が必要になったら呼ぶといいわ。あまり戦力にはならないでしょうけど、それでも恩は返すから」
「……ん。分かった」
俺達にそう言うと、エリルはぺちぺち足音を立てて裸足で走り去っていく。
基本的に五人パーティーである俺達が遅れを取るとしたら、人海戦術か情報戦だろう。一応エリルはCランクパーティーの所属なのだから、その辺りは俺達よりも一日の長があるはずだ。頼らせてもらうことになる、かもしれない。
「よかったじゃねぇかボウズ。いつでも借りられる女が出来てよ!」
「何で、あえて人聞きが悪い言い回しをするんだよ……」
バンバンと俺の背中を叩きながらニヤニヤ笑うオッサン。この野郎、絶対わざとだ。
オッサンがデカい声で言うから、周囲の人達に変な目で見られてるじゃないか。無理やり手篭めにしたとか、弱みを握って奴隷にしてるとか、根も葉もない話ばかりを地獄耳が捉えてくれるんですが。
なぜか四姉妹まで「うわっサイテー」って顔で見ているし。こういうときには空気読まなくていいの。
「近所のおばちゃんに俺が悪漢だって噂が広まったら、お前のせいな。次の実験のとき標的にしてやる」
「実験だと?」
「ああ。練習しようと思ってる即死魔法と大規模殲滅魔法があるんだが、どっちの実験体になるか選ばせてやろう。痛みを知らずに死ぬか、それとも一瞬で体が消滅して死ぬかの二択だ。生き残れると思うほうを選べ」
オッサンの肩を叩きながらニッコリと笑う俺。
浅黒い肌が青白くなってるが、さすがに冗談だよ冗談。
……いや本気で怖がらなくていいから。俺から数歩距離をとろうとしなくていいから。ラウドとフリードもドン引きしなくていいから。
「魂は拾ってあげるわ、オッサン」
「ですね~」
「そうだな」
「……ん」
そこ、他人事で傍観している四姉妹。さっきのゴミを見るような目を忘れたわけじゃないぞ。
お前らは今晩、五分間笑いが止まらなくなるスキル『ラフィング・フェスティバル』の刑決定な。
□
青い顔をするオッサンを一分ほど楽しんでからギルドに入ると、
「り、リュウタロウさんっ!」
駆け寄ってきたのは、まさかのクレアさんだった。
俺達の姿を視認するまでは業務をしていたようだが、帰ってきたと見るや否やカウンターを飛び越えて向かってきた。受付嬢としてどうなのそれ。
目が泣きはらしたように真っ赤で……って、今も泣きながら走って来ているから現在進行形か。
「よかった、無事だったんですね……ぐすっ……ふえぇぇ」
「え、ええ。まぁ、何とか生きてますよ」
俺の真ん前まで来たクレアさんは、何故か俺の全身をまさぐりながら泣くという器用な真似をしている。
空港の持ち物検査を受けているような感じだ。
「アンデッドには……なっていないようですね……」
「そりゃ、本体倒しちゃいましたからね」
「そうでしたか。命からがらでも逃げてこられたのなら…………え?」
そこそこある胸を撫で下ろしていたクレアさんだったが、俺の言葉を聞いて動きが止まる。
何か変なことでも言ったか?
「い、いま、何と言われましたか……? その、最近耳が遠くなったみたいで、よく聞こえないんですよね」
「なんであんた受付嬢やってるのよ」
同感だ。アリサの突っ込みは御もっともである。
耳が遠い受付嬢とか、どうやっても仕事にならないだろう。
そんなことを思っていると、俺のすぐ後ろで様子を見ていたツバキさんが口を開く。
「ふむ。では簡潔に話そう。私達はノーライフキングの他、二百近くのモンスターと交戦。その全てを撃破し、全員が無事に帰還した」
「……余裕だった。ぶい」
追加でベルンの無表情ピース。たまに年齢相応でかわいいよな、この子。
ちなみに、そのピースを向けられた相手は、当人と真逆のアワアワパニックになっている。
「ど、どどどどうういうことなんですかっ!?」
「あらあら~。先に帰ってきたテルケスさんから聞いていないのですか~?」
「え、ええと、その、はい……聞いてないです。彼はすぐにギルド長の部屋へ向かわれてしまったので……」
シェリスさんの問いかけに、クレアさんはしょんぼりした顔で俯く。
思ったよりも大事らしいので、テルケスが直接上司へ取り次いだのだろう。その際に受付嬢をスルーしたのは当然と言えば当然か。どうせ後々、彼女らには伝わるだろうしな。
まぁ見ていて可哀想なので、先に教えてあげるとしよう。
他のギルド職員に受付を任せ、近くの丸テーブルに座ったクレアさん。
俺達も同じテーブルに腰掛け、彼女に事情を説明していく。
なお、相変わらずベルンの定位置は何故か俺の膝上だった。
「はぁ、そういうことがあったのですね。緋刃のコルドンさんを軽くあしらっていましたし、只者ではないと思っていましたが……」
「俺としてもボウズの実力は予想以上だったがな。冒険者稼業やってると色々面白い奴に出会うもんだ」
「そうですね。私達のパーティーも助けられましたし、ランクが低いからと侮っていましたよ」
「だな。リュウタロウがいなかったら、今頃俺達の命は無かったぜ」
話し始めた俺の言葉を「まっさかー」と冗談半分に聞いていたクレアさんだが、オッサン達が注釈を交えながら話すようになってから、口をポカンと開けたまま聞き入っていた。
さすがCランクパーティーのリーダーだ。説得力が違うのですよ。
「つまり、もうノーライフキングは討伐された後と言うわけですね。既にギルドの方でAランク冒険者の方々には声を掛けていたのですが……どうやら無駄になりそうです」
そう言って、クレアさんはギルドの一角を見やる。
クエストボードの近くには野良のパーティーを見つけるためか複数のテーブルが置かれているのだが、そのうち三つを占領する集団があった。
全員が全員、鈍色に光る甲冑で身を包み、ご大層なランスや杖、それに剣を背負っている。どれもが高そうな逸品だ。ステータスウィンドウで調べたら固有名とか持っているのではないだろうか。
よく見るとテーブルごとの装備にバラつきがあり、鎧や武器に刻まれている紋章が三種類に分かれている。
最初は一つの集団が三つのテーブルを使っているのかと思ったが、どうやら三つの集団がそれぞれ一つずつテーブルを使っているらしい。
「一番左が、Aランク冒険者『愁麗』のレオパルトさん率いるパーティーです。真ん中が『戦狂』のラッソーさん。右側は『流濁』のロナさんですね」
クレアさんの解説を受けて、俺達は視線を移していく。
彼女に『愁麗』と呼ばれたレオパルト本人はかなり美形で、さらさらの金髪に整った顔立ちをしている。着けている鎧も装飾重視、きらびやかな様相だ。そして、それを裏付けるかのように彼のパーティーは女性だらけ。今も、女ならクラッときそうな微笑を自身の隣に座るメンバー達へ振りまいている。
「彼のパーティーメンバーは全て女性です。なんでも、数度クエストを共にしただけで多種多様な女性を虜にしてしまうことから、他のクランで怖れられているそうですよ」
「色んな女を虜にしてしまうってあたりは、どっかのボウズみたいだな」
オッサンが俺に意味深な目線を送ってくる。何だその目は。
「あれ、本人は大して強くないわね」
「分かるのか?」
「うん、魔力を見る限り、あたしと同じ炎熱魔法師っぽいし。リュウこそ分かるでしょ? 『すてーたすうぃんどー』で」
「俺のは普段、詳細を折り畳んであるんだよ。覗き屋みたいで趣味に合わないからな」
レオパルトの方を見ながら、俺とアリサは小声で会話を交わす。
クエスト中ならともかく、街中だとステータスウィンドウには名前と体力だけ、つまり最低限の情報しか表示させてない。誰彼構わず能力を覗き見るのは本意ではないし、人ごみに入ってしまうとステータスウィンドウが重複起動して視界が塞がれてしまうのだ。
「まぁ、戦うことは無いと思うけど、周囲の女には注意ってことね」
「了解。ちなみに、お前らはああいう男が好きだったりするのか?」
声量を戻して何となく尋ねてみたところ、アリサの口がへの字に曲がり、柳眉がひくひくと震え出した。
妹達も「男って度し難い生き物ですね」と溜息をつき、クレアさんは残念な子を見る目で俺に視線を向けている。オッサンとラウドにフリードまで、「ダメだこいつ」って言いやがった。
何だよ。俺、そんなに駄目なことしたか?
「いい女は男性を顔だけで判断しないものなのですよ~。男性の方も、おっぱいが大きいから結婚する~!なんてことはしないでしょう~?」
「いや、それは……そうだな。間違ってない」
シェリスさんの言葉に一瞬反論しそうになり、あわてて軌道修正。
本当は「巨乳好きとか一部の例外がいると思うぞ」と言いたかったのだが、とある部位がペタンコな某魔女っ子から殺人的な威圧が放たれたので、すぐさま肯定せざるを得なかった。あのままだったら冷凍人体模型(中身あり)が出来上がっていた気がする。
あわや理科室行きの危機を脱した俺の前で、アリサが仕方ないなといった顔をした。若干顔を赤くして、頬をぽりぽりと掻きながら。
「少なくとも、あたし達はリュウのことが女の子として好きよ? 顔とかじゃなくて、それ以上の魅力があるもん」
「そうですよ~。今日のクエストでリュウ様の良いところを沢山拝見させていただきましたから~」
「うむ、姉上に同感だな。本来ならば自分の身一つで片付けられる仕事を、あえて全員の手柄とするため、適切な役に人員を割り振った。なかなか出来る事ではないぞ」
「……おまけに奇想天外な策も思いつく戦術家」
「しかもボウズ本人も馬鹿みたいに強いしな」
「ですね。神聖魔法も使えるのに、それをまったく誇らないところも凄いと思います」
「だな。俺を助けてもらって、本当に感謝しているんだぜ?」
な、何故かは知らないが、急に俺の賞賛大会が始まってしまった。
やめて! 背中がかゆくなる!
四姉妹には意外と評価されていることが分かったものの、さすがに気恥ずかしい。
「まぁ、そういうことよ。あたし達にとって、目の前にいるリュウは余所見もできないほど魅力的な男の人なの」
「顔も悪くないですからね~。むしろ好みですし~」
「……ん。美形が現れて焦ってた。リュウさんかわいい」
「おお、なるほど。つまり、リュウ殿は私達を取られるかもしれないと嫉妬していたのか!」
いや、別にしてないんだけど……。
もうヒートアップしている四姉妹は放置するか、無理やり話題転換させてしまおう。これ以上何か言われたら、背中が汗疹だらけになりそうだ。
「あーそうそう嫉妬してた嫉妬してた。で、話を戻すが、他のAランク冒険者はどうなんだ?」
「全然感情がこもっていませんね……」
あまりの棒読みにクレアさんからジト目を向けられるが、そんなの知ったことか。話題転換が先だ。オッサン達も、俺を褒めつつ砂糖を吐き出しそうな顔してたし。
と、そんな俺達の動向を気にしないまま、四姉妹がAランク冒険者達を見やる。
「そうね……。ツバキはどう思う?」
「言うまでも無いだろう。『戦狂』のラッソーが要注意だ」
アリサに問いかけられたツバキさんの視線は、最初からある男に固定されていた。
浅黒いオッサンよりも更に濃い、チョコレート色の肌。筋骨隆々の体躯は、立ち上がれば二メートルはあるだろう。スキンヘッドの強面で、強者の風格を感じさせる無頼。
使い込まれて鈍く光る防具には、無数の傷跡が走っている。あれは、かなりの修羅場を越えてきた感じだぞ。
周囲に座るパーティーメンバーも彼と似た威圧感を発しているが、やはり中央に座る男だけは別格。もし地球で「戦争地帯を渡り歩いている傭兵です」と言われても通用しそうな男だ。機関銃とか持ってたら完璧。
「奴は私と同じタイプ、戦闘狂だ。強さまで正確に測れるわけではないが……能力を抜きにした純粋な身体性能であれば、おそらく私よりも上だ」
「それ本当? ツバキよりもって、相当強いわよ?」
アリサが驚いた顔をするも、ツバキさんは「本当のことだ」と首を横に振る。
ツバキさんは武器を持ったときにこそ超強化されるのだが、素手の時点でも大概だ。昨日の夜、寝る前の会話を盗み聞きしていた際に知ったことだが、「ジュースでも飲むか」とリンゴを片手で潰して飲み物にしたらしい。
まるで動物のゴリ、
「何か妙なことを考えてはいないだろうな?」
いません。
あの僕の脳汁は飲めませんからアイアンクローは止めてくださいまだ死にたくないんでぎゃああああああ!!
「実際その異名の通り、ラッソーさんは強者と仕合うことを生きがいとしているようです。ですから、リュウタロウさんのパーティーは気をつけてくださいね?」
「な、何でだ?」
「……うにょーん」
圧搾された側頭部を両手でマッサージしている俺に、クレアさんが忠告してくる。
おい止めろベルン、俺の頬を餅みたいに伸ばして遊ぶんじゃない。
「Aランクモンスターを倒したパーティーと知られれば、ほぼ間違いなく『戦狂』の目に付くでしょう。クランに勧誘されるならともかく、決闘を申し込まれる可能性もありますから……」
「ほう。それは是非とも受けてみたいところだな」
クレアさんの言葉で、俺達は一様に面倒そうな顔をする。約一名、同じ戦闘狂を除いて。
凄く楽しそうな表情をしているあたり、ツバキさんも生粋の戦士なんだろうな。
「ただ、彼自身は正々堂々とした戦いを好みます。決して騙し討ちや毒などを使用せず、一対一での果し合いで決着をつける武人です。その点は『流濁』のロナさんとは正反対の……って、リュウタロウさん。どうかなさいましたか?」
クレアさんが疑問符を浮かべてくるが、俺はその疑問へ答える前に顎で一瞥する。
彼女が俺の視線を追っていくと、ハッと息を呑んだ。
近づいてくるのは、金色のさらさらヘアーを揺らす美形の男。
傷一つ無い鎧を揺らして、俺達のテーブルへとキザったらしい足取りで歩いてくる。後ろには剣や杖を背負った美女をはべらせながら、だ。
彼の視線が四姉妹に向いていることからして、目的は何となく掴めているような気がする。
と、その時、視界の端に一つのウィンドウが映りこんだ。
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ENEMY:レオパルトが【女性魅了】の発動準備中
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ちっ。面倒なことを。
まさか、それを使って強い女性を味方に……ありえるな。
俺は焦ったように【女性魅了】の文字へと指を触れさせる。
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【女性魅了】
RANK:A
前提スキル:-
消費魔力:80(Active)
持続時間:180m
滅びし淫魔であるインキュバスの能力を得る妙技。指定対象を『魅了』の状態異常にする。『魅了』された対象は、スキル発動者を除き、異性に対する好感度が0になる。対象における自身の好感度上昇率を200%加算する。性技ツリーの全効果を20%上昇させる。
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くそ。厄介な能力だ。
これじゃ魅了をかけられた後に状態異常回復をしても、即時効果である好感度消失は取り戻すことができない。
おまけに術者本人の好感度上昇率にブーストが掛かる分、魅了された女の子が惚れるのも早いって訳か。なにせ、術者以外の異性に対する好感度がゼロになっているわけだからな。
(だが、俺のスキルセットに他者の状態異常を回復することはできても、未然に防ぐものは無い……)
俺は内心で舌打ちする。
基本的なスキルセットで使うことができるのは、俺自身を強化するものが大多数を占める。他者に関係するものと言えば、回復魔法と強化魔法、弱体化魔法くらいしかない。
そしてそれらの中に、先んじて状態異常を無効化するものは無い。回復ならできるのだが、魅了や麻痺のように即時効果を持つものは発動してからだと意味が薄い。
一瞬、アリサ達なら勝手に無効化してくれるのではないかという希望が過ぎるが、そんな不確かなものを信用するわけにもいかない。無効化する可能性があるのは、常時結界を張っている膝上のベルンだけだ。
(仕方ないか……)
俺は大きく、震える声で溜息をつく。
正直かなり恥ずかしいが、アリサ達に代えられる訳も無い。
やるしかないだろう。
「アリサにシェリスさん、ツバキさん。ちょっと内密に話したいことがあるんだが……」
「何々? どしたの?」
「はい~?」
「む?」
「……ん?」
アリサ達に声をかけながら、レオパルトの方を見る。
幸いにも彼はキザったらしい歩き方のせいもあり、近づいてくる速度はそれほど速くない。
あと十秒くらいは余裕がありそうだ。
椅子から立ち上がって俺の隣に移動してくると、四姉妹は真剣な表情で耳を寄せてきた。唯一末っ子だけは、俺の顎の下から見上げるだけだったが。
彼女らは、俺の話が他人に聞かれたくない、俺個人の能力に関してのことだと思っているのだろう。
「ごめんな……」
理由も話さずにこんなことをするのは気が引けるので、一言謝ってから。
俺は美少女達の頬に、自分の唇を触れさせた。
「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」
柔らかいマシュマロのような感触を四たび楽しみ、唇を離す。
四姉妹は当然として、クレアさんとオッサン達まで「いきなり何やってんだこいつ!?」と驚愕に目を見開く。
これが終わったら冷やかしでも何でも受け付けるから、今は後回しにしてくれ。
(まずは前提条件が整った。次は、ツリー本体だ)
レオパルトの『女性魅了』発動まで残り数秒。
キスの影響か、ぽーっと放心する四姉妹。そして唖然とするクレアさん達を尻目に、俺はメニュー画面を開いた。
新しくスキルセットの隣に追加されていた項目、キス前は文字が暗くなっていた『エンゲージ』に触れる。
(えーっと、確かこのあたりに……)
エンゲージで出てきたウィンドウの形は、スキルセットと同じもの。ただしその大きさは視界全部を埋め尽くすスキルセットとは違い、目の前に小さいものが一つだけ。
なにせ、エンゲージのスキルは三十個あるかないかといった程度なのだ。
こちらはツリー式の習得ではなく、一つ一つが独立しているので前提スキルなどは必要ない。が、スキルセットとは大幅に異なる仕組みとなっているため、より難しい運用方法が求められる。
(帰りの馬車で試しといて良かったよ……)
目的のスキルを探しながら、俺は内心で安堵する。
運用方法を具体的にいえば、エンゲージスキルの発動には『恋力』という、体力や魔力の亜種となる力を使用する。
これは、まぁ、何て言うか、異性に対して愛情を示すことで回復する魔力のようなものだ。それと同時に、愛情を示す『何らかの行為』をした相手と自分自身にのみ、一定時間だけエンゲージスキルの効果が発揮される。この時間は『行為』の内容によって色々と上下するのだが、今はそれを深く語るまい。
要するに、俺自身に加え、キスをしたアリサ、シェリスさん、ツバキさん、ベルンの全員にエンゲージスキルが適応される。
そして、このエンゲージスキルなんだが……全部が全部、ありえないほどの壊れ性能を持っている。詳細は省くが、ゲームで言えば内部パラメータの桁を一つか二つ間違えたとしか思えないほどのスキルばかりだ。
その内の一つ『エンゲージ・フローレスハート』を選択し、アクティブにする。
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【エンゲージ・フローレスハート】
RANK:UNIQUE
消費恋力:20(Passive)
想いの力が全てを無に帰す。自身とエンゲージ対象が起動したものを除き、全ての状態異常を無効化する。
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たった一文の説明しかなく、それだけに誤魔化しの利かない強力なスキルだ。俺達全員に限り、毒や麻痺、強制睡眠や暗闇などのバッドステータス全てを無効化する。
これがあるだけで毒殺の心配はなくなるし、麻痺に陥ってピンチになることも無い。常に発動しておきたいスキルの筆頭候補だ。
余談だが、レオパルトのスキルを見てから慌てて習得したのには訳があったりする。
最初から全部のエンゲージスキルに振ることができればいいのだが、エンゲージツリーに限り『極限の掌握者』の対象外らしく、スキルポイントが4しか無いため迂闊に振ることもできない。
ヘルプによれば、このポイントはエンゲージを経験した人数によって増加するとあるので、エンゲージをしたことのある四姉妹分だけスキルポイントを獲得していることになる。
俺自身、最初は「スキルポイントが簡単に増えなくても、発動中の必要に応じてスキルリセットをすればいいじゃないか!」と貧乏くさいことを考えていた。
そして実際に試したところ、そうそう上手くは行かなかったのだ。
スキルリセットした瞬間、実験用として習得した『エンゲージ・セカンドギア』(帰り道でアリサの頭を長時間撫でていたのがエンゲージとみなされたらしい)の文字が暗くなり、一時間ほどエンゲージ自体が使えなくなってしまった。愛情に誤魔化しは利かないということなのだろうか。
(まぁ、そんなデメリットもあるが、強力なスキルなんだから遠慮なく使わせてもらう。このおかげで『魅了』が防げるようになったしな)
未だに惚けたような夢見心地の表情をしている四姉妹を促して席に着かせ、オッサン達のニヤニヤ顔をスルーする。
さて、奴が何をしてくるか……見物だな。
魔法ツリー
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【ラフィング・フェスティバル】
RANK:B
前提スキル:一流芸人、上級薬学士、人心掌握の心得、ダンサブル・フェイク
消費魔力:900(Active)
持続時間:300s
魔力によって対象の脳内麻薬分泌を活性化させ、一時的に笑いが止まらなくなる発作を起こす。防ぐ手立てが少なく、対人戦闘では極めて有効となる。
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