打開の光明でございます
周囲がシンと静まり返る。
誰もが息を呑み、俺の口から出た言葉を理解できない。いや、理解したくないのだろう。
Eランクモンスターが百以上、Dランクモンスターが約六十匹、Cランクモンスターが二体、Bランクモンスター五体。そして、Aランクモンスターが一体。
誰が聞いても分かるほど、Dランククエストの内容ではない。
「ははっ……はははっ……嘘だろ、なぁ……」
先ほどエリルの名前を呟いていた冒険者が、まるで救いを求めるかのように俺へと目を向けてくる。彼の想像を否定できるだけの言葉が用意できれば、どれほど良かっただろう。
しかし事実だ。この世界の人間やモンスターがオブジェクトレーダーを欺けないのは分かっている。
俺が数えたモンスター達は、全て間違いなくあの鉱山に存在してるのだ。
彼が俺の言葉におびえているのは、モンスターの数だけではない。
その頂点に位置するマッドネスリッチとノーライフキングが問題だったのだ。
俺は再びヘルプを呼び出すと、二つの項目を確認する。
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【マッドネスリッチ】
RANK:B
未練を残して死に絶えた魔法師が、アンデッドとして蘇ったモンスター。上位種としてノーライフキングが存在する。
人語を解し、生前の記憶を持つ。二属性以上の魔法を扱うことができるため、その戦闘能力は高い。人体実験を好み、住処へ侵入した人間をアンデッドへ変える他、新薬の実験体として惨殺する。
身体の骨は物理攻撃で破壊できるが、魔石を破壊しない限り一時間で復活する。祝福を受けた武器か光煌属性魔法で魔石を破壊することができる。太陽光を浴びた場合、その部位(魔石も含む)が風化する。
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【ノーライフキング】
RANK:A
魔法師のアンデッドであるマッドネスリッチが研鑽を積み、強力な力を得て生まれ変わったモンスター。上位種としてナイトメアロードが存在する。
人語を解し、生前の記憶を持つ。三属性以上の魔法を扱うことができるため、その戦闘能力は非常に高い。配下に数体のマッドネスリッチを従えることがある。人体実験を好み、住処へ侵入した人間をアンデッドへ変える他、新薬の実験体として惨殺する。
身体の骨は物理攻撃で破壊できるが、魔石を破壊しない限り一時間で復活する。祝福を受けた武器か光煌属性魔法で魔石を破壊することができる。下位種の弱点だった太陽光に耐性を持つ。
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高ランクモンスターであるマッドネスリッチとノーライフキング。この二体が曲者中の曲者。
下手に攻め込んで分断された場合、各個撃破する前に誰かがアンデッドにされてしまう可能性があるのだ。そうでなくとも、Cランク冒険者なら十中八九殺される。
俺が説明をもう一度確認していると、オッサンが頭をぽりぽりと掻きながら疑問を呈する。
「つっても、何でこんなところにノーライフキングがいるんだ?」
「おそらくは鉱山で採掘中に亡くなった魔法師がアンデッドになり、それが数年も放置されてノーライフキングになったのだと思います。昔、大規模な落盤事故が起こって数十人が生き埋めにされた、という知らせを聞いたことがありました。その関係で坑道の一本が閉鎖され、採掘している間も延々とアンデッドの増加が続いていたものかと」
「なるほどな。ゴーストソルジャーとサロメレディーも、その事故で死んだ奴らってか。一人がマッドネスリッチになると、残りの死体も芋づる式にアンデッド化しちまうからな」
鉱山ってのがフラグだったのかちくしょー。
「ふむ。しかし何故今になってマッドネスリッチ達が出てきたのだろうな……」
「それに関しても予想でしかありませんが、ゴブリン達が自分の棲家を広げる上で閉鎖されていた坑道を開いてしまったのだと思います」
「まったく。はた迷惑なゴブリンね」
アリサの言葉も御もっともである。
それに同調するようにテルケスが肩をすくめると、頭を振って本題を話す。
「ともかく、これは我々の手に負えるような依頼ではなくなりました。間違いなくAランクパーティーを必要とする高難易度クエストです」
まっすぐに全員を見回しながら言い切るテルケスの言葉は、誰も否定できない。
Aランクモンスターがいる以上、それを狩れるのはAランク冒険者に他ならないからだ。
もっとも、ランクが低いイコール戦闘能力が低い、というわけではないのだろうが……。
「分かってる。ああ、分かってるさ。でも二人が……生きてるんだ……」
静まり返った空間に、誰かの声が響く。
自分達の手に負えないということは分かっている。
それでも諦めきれないのが、ラウドとオッサンのパーティーだった。
確かに敵の正体が割れたのは悪い知らせであったものの、同時に良い知らせでもある。
ゴブリンやオークは女性を繁殖の母体として生かすことはあるが、男性は確実に殺されて食料になるだろう。
しかし、敵のボスはゴブリンやオークではなく、ノーライフキングだ。
彼らは人体実験としてアンデッド化や薬物投与を行うことがあるが、その為には多少の時間を必要とする。加えて、苦痛の末に殺すことを快楽にしているため、廃人になってしまうかもしれないものの、時間的な猶予がほんの少しだけある。更にいえば、生体から直接アンデッド化された場合、丸一日が経過する前であれば光煌魔法によって人間に戻ることができる。
全て希望的観測なのだが、それでもゴブリンとオークの群れに比べれば生存の光明があると言えよう。
そして、実際にその予想は間違っていなかった。
俺のオブジェクトレーダーは、エリルとオスタの反応を捉えていた。
つまり、二人はまだ生きている。
それを伝えたときのオッサンとラウド達は一瞬だけ歓喜の表情を浮かべ、そして悲嘆に沈んだ。
確かにまだ生きてはいるが、現状の戦力では救出できないと判断しているため、都市からの応援を要請して突撃することになる。
そして応援を待っている時間は、二人の生存確率を大幅に減少させてしまう。
突撃か救援か。どちらにも転べない、いや、転びたくないジレンマがあった。
と、そんなことを考えていたときだった。
「……」
不意にテルケスの目線が俺を捉える。
その眼差しには、万に一つもありえないだろう希望に縋る……そんな感情が篭っていたと思う。
「…………リュウタロウさん」
「何だ」
テルケスが震える声で、俺の名を呼ぶ。
その拍子に、周囲にいる冒険者の視線全てが俺へと集中した。
「正直に言いましょう。私はノーライフキングよりも、リュウタロウさんのパーティーの方が恐ろしいです」
「そうか?」
テルケスはゆっくりと、言葉を整理しながら文章にしていく。
時々頭をひねりながらも、思いは確かに口から滑り落ちていく。
「私は普段、ギルドの初心者講習の指導役として業務を執り行っています。今でこそ怪我の後遺症もあって指導者をしていますが、昔はBランクパーティーのリーダーとして立ち回っていた経験があります」
「へぇ。さすがだな」
俺はわざと茶化すように鼻で笑うが、彼の目は真剣そのものだった。
「しかし、元Bランクの私ですら、あなた方の実力はまったく読めません。まるで、底が見えないほど深い渓谷を覗いているかのような……」
「腕が鈍ったんじゃないのか? 俺はEランクだぞ」
「リュウタロウさん自身が言っていたではないですか。Fランクでも今までに修得した技能は消えない、と」
「そうだったかな。鳥頭だから忘れたよ」
オッサンやラウド、そして他の冒険者も口を閉じたまま俺達の成り行きを見ている。
この言葉の応酬は前座だ。
お互いが目指している場所は、この先にある。
「緋刃を軽くあしらうリュウタロウさんに、ゴブリンの集団を一撃で壊滅させたシェリスさん。そして、二人と同等かそれ以上の力を持っていると思われるアリサさん、ツバキさん、ベルントーラさん……」
「はい~?」
「何よ」
「む?」
「……ん?」
名前を呼ぶたびに、俺達の顔を順々に見ていくテルケス。
その声を追って、他の冒険者も彼女達の美貌を見回していく。
そうしてテルケスは一つ大きく息を吸うと、確かな意思と希望を込めて口を開いた。
「あなた方であれば、このランクA討伐クエストを犠牲者ゼロで達成できる。違いますか?」
そのあまりにもストレートな言葉に。
そのあまりにもEランクには過ぎた言葉に。
そのあまりにも希望的観測な言葉に。
そして、そのあまりにも的を射た言葉に。
「フッ……」
俺は、ニヤリと笑みを返した。
そのまま後ろを振り向くと、不思議なことにアリサ達も同じ顔をしていた。
アリサは相変わらず生意気そうな笑顔で。
シェリスさんは三割増のぽわぽわ笑顔で。
ツバキさんは女武士然の男らしい笑顔で。
ベルンはただ口角を上げただけの笑顔で。
聞くまでもなく異論は無いらしい。
俺は彼女達に向かって一つ頷きを返すと、改めてテルケスへと向き直った。
「そうだな。俺達だけで全て終わらせることなら簡単にできる。今すぐにでも」
俺は傲岸不遜に言い切ってやる。
その言葉を聴いた冒険者達の反応は様々だった。
できるわけないと鼻で笑う者。できるのかと懐疑的に思う者。できるのならと希望の目を向ける者。
当然ながら一番最初の者が最も多かったのは言うまでも無い。
だが、もしEランクの一冒険者が「俺ならあいつら全員ぶっ殺して助け出せますよ」と言ったところで、誰一人として真剣に受け取るものはいなかっただろう。
今の現状で少なからず意見が分かれてがいるのは、元Bランクのテルケスが言い出したからに他ならない。
事ここに至るまでの発端はテルケスの方から発言させる必要があったために、俺達は回りくどい言葉の応酬をしたというわけだ。
テルケスの頭の中では、俺達が突撃して救出し、敵陣全てを殲滅するといった構想を立てていることだろう。
普通ならありえないだろうと思っても、Bランクですら底が見えないと見抜いた自身の目を信じた。そして、俺に命運を託そうと決心した。
だが、そう誘導してくれた彼を、俺はそのままポイするわけにはいかないのだ。
「確かに俺達だけで終わらせることはできるが、その気は無い。テルケスは今日の朝に言ったよな。俺達だけで報酬を総取りするな、仲間の分け前も考えろ……って」
「え、ええ。言いましたけど……まさか……」
「これは俺達全員が受けたクエストだ。なら、俺達全員でクリアしよう」
俺が笑いながら自信満々に提案すると、テルケスや他の冒険者達の目が白黒する。
Cランク冒険者がノーライフキングに突撃したところで、瞬殺されるのは誰の目にも明らかだ。そんな自殺行為とも言える発言に乗っかるやつは誰もいないだろう。
と、俺自身も思っていたのだが――。
その中で唯一ながらノってきたのは、まさかのオッサンだった。
「がっはっはっは! 何だ何だ、ボウズ。そう言うからには作戦があるんだろ?」
「当然だ。何も無しに全員突撃して死ねと言っているわけじゃないからな」
オッサンのニンマリとした笑顔に、俺もニヤリと笑い返してやる。
いいねいいね。こういう悪巧みをしている空気は嫌いじゃない。
ちなみに、俺達が肩を組んで笑いあっている中、テルケスと他の冒険者達は依然として頭にハテナマークを浮かべたままだった。
「そ、そうですか……。じゃあ、その作戦というのは……」
「そうだな、先ずはそれから説明していこう」
俺は立ち上がると、全員の中心になるような場所に移動して再び腰を下ろす。
そして、俺が考えた策を伝える。が、それは普通に考えればあまりにも奇想天外なものだ。
今度こそオッサンも含めて唖然とする表情を見ることができた。
当然の如くというべきか、四姉妹は面白がっていたけどな。
「いいじゃないそれ! リュウって面白いこと考えるわね!」
「うふふふ~、やりがいのある作戦ですね~」
「ふむ。それを斬るのは初めてだが……何事も試してみてから、か」
「……ん。全部倒す」
四姉妹からの了承も取れた。
この作戦には彼女達の力が必要だからな。
ぶっちゃけ俺一人でもできないことは無いが、正直な話しんどいです。
「は、はぁ……規格外な方だとは思っていましたが、まさかこれほどとは……」
テルケスは額に手を当てて頭を振っている。
いいじゃないか、どうせならド派手に行こう。
「で、どうする? この作戦に乗るか乗らないか……レイドリーダーさんが決めてくれ」
そう言って、テルケスの反応を待つ。
いくら熱心に説明しようとも、俺はレイドメンバーでしかない。この策の実行はレイドリーダーであるテルケスの判断に委ねられている。
「……この策の成功確率はどのくらいだと思っていますか?」
「前提さえ整っていたら、後は100%だよ」
テルケスの心配そうな問いかけに、俺は即答してやる。
その声を聞いてもう一度だけ大きく溜息をついたものの、彼は逡巡してから少しだけ、されど確かに頷いたのだった。
「分かりました。やると決めたら後は動くだけです。念のため、冒険者二人を都市に帰還させておきます。それは構いませんね?」
「ああ。信じられないような作戦なんだから、保険を打っておくのは当然の話だ。事情を先んじて伝える必要もあるしな」
ここまでくれば、後は計画に則って進むのみ。
テルケスは矢継ぎ早に指示を出すと、冒険者達は『あるモノ』を探しに街道へと繰り出していった。
そして一時間後。
全ての準備は整った。




