道中でございます
馬の蹄が土を踏みしめる音に続いて、馬車が揺れる。
ギルドの用意した幌馬車は四台で、それぞれが地球で言えば普通車ほどのサイズだった。テルケス自身は「この程度の馬車しか用意できなくてすみません」と言っていたが、俺からすれば普通にでかい。小さい頃に洋画で観たことがあるが、これはドーム状の幌を張った『キャラバン』と呼ばれるタイプだろう。
その先頭車両に俺達は乗り込み、都市の中を通って郊外へと出る。
代わり映えしない木々を見ながら、土で舗装された街道を北へと進んでいた。
「テルケスさ……テルケス」
幌をめくって街道脇の森林を見続けるのも飽きたので、俺は御者をしているテルケスの背中へと語りかける。
ギルドのカウンターで彼と話していたときに「敬語は不要です。背中がかゆくなりますから」と本気で嫌そうに言われてから、ずっとタメ口だ。
「だいたい何時間でゴブリンの巣に着くんだ?」
「予定としては、およそ二時間ほどですね。太陽が真上になる前には到着するかと思われます」
馬を軽く操りながら、テルケスが言葉を返す。
先頭車両へ乗り込んだのは、俺達のほかには彼一人だけだった。
一つの馬車は五人乗りプラス御者が一人で計六人が乗れる。オッサンがこちらに乗りたそうだったが、しぶしぶ別の馬車へと連れて行かれていた。
今はそれぞれが交代で御者を務めながら、周囲の警戒にあたっている。
「今のところは特に問題ありません。現地ではゴブリンの巣から二キロほど離れた森に馬車を隠しますので、そこでもう一度偵察と作戦会議ですね」
「分かった。どういう作戦になるかは分からないが、テルケスの指示には従う。何でも言ってくれ」
「ええ。そう言っていただけるとありがたいです。時々、大規模作戦で私達の話を聞かずに突出する方がいらっしゃるもので……」
過去に色々あったらしく、テルケスが苦笑する。
大変そうだな。
「そうでもありませんよ。この仕事にやりがいはありますし、慣れれば問題ありません。むしろ、リュウタロウさんのように女性の手綱を握るほうが難しいと思うくらいですよ」
「俺は別に……」
「今のご自分の姿をよく見直されたほうがいいのでは? 鏡は高価なので持っていませんが、口に出して伝えることはできますよ」
「いや、説明しなくていい。俺が悪かった」
テルケスの意味深な笑いに、俺は手を振って必要ないと伝える。
そして、そのまま胡坐をかいた自分の胸元へと視線を落とした。
「んぇ……」
「……くー」
俺の左膝の上にはツインテールの少女、右膝の上には魔女っ子帽をかぶった女の子の姿があった。
二人の瞼は閉じられ、俺の膝上に座って背を預けている。その口からは、明らかに寝息と思われる呼気を静かに吐いていた。
ガタンゴトンと大きな音を立てて揺れる馬車の中にもかかわらず、あろうことか人の上で熟睡しているのだ。
「両膝に花で羨ましいことですね~」
「ベルンはともかく、姉上がここまで心を許しているのは私達以外だとリュウ殿だけだろうな。順調に打ち解けているようで何よりだ」
俺の対面。馬車の中で女の子座りをしているシェリスさんが茶化すと、その隣で剣を支えにして膝を立てている男らしいツバキさんが相槌を打つ。
アリサは「振動でお尻が痛いー!」と言って俺の太股の上に乗ってきたのに、16歳組(詐欺)は特に問題なさそうに座っている。
ベルンは……いつの間にか膝の上にいたから知らない。
(まぁ、俺も役得と言えば役得だしな)
彼女達が乗っているのは俺の膝であるわけで、当然ながら柔らかな感触が伝わってくる。
ベルンの未発達な身体のそれと、アリサの意外にもそこそこある尻の大きさ。
うん。悪くない。
「リュウ殿。鼻の下が伸びているぞ」
すんません。
と、そのまま、二人のお子ちゃまを膝の上に抱えてから一時間ほどが経った。
道中特筆するようなことは何もなく、柔らかな日差しが幌の間から差し込むために、少し眠気が出てきたくらいだ。
馬車の揺れにも慣れたし、俺も転寝しようか。
と思っていた矢先――
「っ!?」
俺の頭の中に警告音が響く。
ある条件にセットしておいたオブジェクトレーダーが反応したのだ。
俺は膝の上にいる二人を気にせず、テルケスに向かって叫ぶ。
「テルケス! 馬車を止めろ!!」
「は、はいっ!」
俺の声に、テルケスは素早く反応した。
ガタゴトと進んでいた馬車の速度が徐々に落ちてくる。
彼は巧みに手綱を操ると、馬車は数歩も進まないうちに停止した。
「どうしたのですか?」
俺の声色を聞いたテルケスは御者台の上で振り返ると、心配そうに馬車の中を覗き込んでくる。
膝の上にいた二人は完全に目を覚ましており、幌から顔を出して周囲を疑り深く観察していた。
ツバキさんは左の腰に剣を差して身構え、シェリスさんは近くの気配を探っている。
「ちょっと気になるものを見つけてな。降りて確認する」
俺は馬車の後ろから飛び降りる。
馬車から降りて前方を見据える俺の傍に、後続車両からも何事かとパーティーリーダーが集まってきていた。
その中にはラウドやオッサンの姿もある。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「ええ。多分ですが……」
俺を含めて四人いたパーティーリーダーの中で、声をかけてきたのはラウドだった。朝の騒動とは違い、その視線は真剣みを帯びている。
俺は彼の疑問に答えるために、より正確な情報が分かるスキルを発動した。
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【鷹の目】
RANK:C
前提スキル:体力増強Ⅱ[+3]、獣の心
消費体力:150
持続時間:10s
一時的に網膜細胞を活性化させることで、裸眼視力を左右8.0にする。
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一時的に視力が上がった状態で、街道の先、これから進む場所を凝視する。曲がりくねった道なりだが、梢の間から目的の地点が少しだけ見えた。
そのまま数秒。
(見つけた!)
オブジェクトレーダーが捉えた通りの場所に、そいつらはいた。
森の中で弓を構えているやつが数体。その後ろで剣を持ったやつも気配を殺して潜んでいる。
数を確認し終えると、俺はテルケスとパーティーリーダー達に向き直った。
「この先、約三百メートルのところでゴブリン達が街道を見張っています。数は街道の左右に十ずつで合計二十。幸いにも少し曲がりくねった道なので、まだ向こうには発見されていませんが……」
俺の言葉に息を呑むパーティーリーダー達。
いくら戦いの素人でも狩れるようなモンスターが相手だとはいえ、奇襲を受ければ万が一のことがあるかもしれない。そう思って馬車を止めさせたのだが、やはりこの選択は間違いではなかったらしい。
その中の一人が目を丸くして問いかけてくる。
「ど、どうやって分かったんだ!?」
「索敵系のスキルです。詳細は言えません」
「そ、それは……いや、確かにそうだな」
俺に詰め寄ってきた男は、答えを聞いてすごすごと引き下がる。
この世界において自分のスキルを迂闊に口に出すことは出来ない。敵対する相手にスキルを知られてしまえば対策されることになる。それをパーティーリーダー達も分かっていた為、深く追求してくることは無かった。
引き下がった男の隣で、苦虫を噛んだかのような表情のテルケスが口を開いた。
「ゴブリンが待ち伏せ、ですか。少々面倒なことになりましたね」
「面倒?」
テルケスの疑問が分からず、俺は首を傾げる。
ゴブリンが見張りをしていることは、そんなに悪い事態なのだろうか。
「ゴブリンは待ち伏せを考えるほど頭が良くない。つまりゴブリン達を率いる存在がいるということだ、ボウズ」
ラウドの傍にいたオッサンが解説する。
周囲の冒険者達が特に反応を見せていないあたり、どうやら常識だったらしい。
「本当にリュウタロウさんは、戦闘能力とモンスターに関する知識で差がありますね。軍で戦闘訓練だけを積んできたとか、ですか?」
「ん、まぁ、そんなところだ」
テルケスの問いかけをはぐらかしながら、俺は言葉を続ける。
話している最中に、もう一つ気付いたことがあったのだ。
「そういえば、見張りのゴブリン達は弓を持っていたな。大して立派なものじゃなかったが……奇襲を思いつかないようなゴブリンが弓を扱えるのか?」
「本来なら扱うことはできませんが、リーダー格のナニかがいるのなら別です。少なくとも、ゴブリンアーチャーに加えてゴブリンメイジは確実にいるでしょうね」
そう言い終えたテルケスを含め、冒険者達の顔色は一様に暗い。
どうやら思ったよりも深刻な事態になっているらしい。
「他の皆さんはご存知でしょうけど、リュウタロウさんの為に一応言っておきます。ゴブリンメイジはDランクのモンスターです。この上が出てくるとなれば、間違いなく危険度Cランク相当になります」
「そいつらは俺かボウズ、それとラウド達が相手をすれば問題ないだろう。だが、もし分散して襲ってきたら……ちぃっと面倒なことになるな」
話の流れからして、数人ほど参加していたCランクのうち一人はオッサンか。
頼もしいことだ。頬の傷跡は伊達じゃない。
「ともかく、今は情報が得られただけでも良しとして、後は現地で放つ偵察に任せましょう。それと、見張りの殲滅ですが……」
「わたし達がやりましょうか~?」
話をまとめようとしたところで馬車の幌が上がり、シェリスさんが顔を出す。
金色の髪が流れるように木漏れ日を反射する様は、冒険者よりも令嬢が似合っているだろう。正体は王女だが。
そんな外見に加えて武器を持っておらず、なおかつ適度な弾力を持った女の細腕なのだ。一見しただけでは、とても戦闘が出来るようには見えない。
近くに居たパーティーリーダーの冒険者はそう思ったのか、訝しげにシェリスさんへと質問を返した。
「あ、あなた達が、ですか?」
「そうですよ~。わたしとベルンちゃんなら、ここから二十匹を逃がさず殺害できます~。それも敵に気付かれることなく~」
返答したのは相変わらずのほわほわボイスだが、それが逆に怖い。
まるで、殺し合いを日常の一部として享受しているような、そんな感じだった。
「そ、そうですか。具体的にはどういう手段で倒すのですか?」
「普通に弓で撃ち抜くだけです~」
「……アイスアロー」
なんでもないかのように答えるシェリスさんと、その隣からぴょこんと頭だけを出したベルン。その言葉を聞いて、質問した冒険者が唖然とするのも無理はない。
数百メートルも離れた距離から敵を倒すなど、Fランク冒険者の技術では不可能だ。それこそ高ランクの冒険者でもなければ出来ない所業なのだろう。
二の口が告げない冒険者を置いて、何故かオッサンが笑い出した。
「くっははははは! なるほどな、そいつは単純で明快だ! 俺は嬢ちゃん達に任せてもいいと思うぜ。はっはっは!」
「ちょ、ちょっとロックさん! 彼女はFランクなんですよ!? 万が一にも取り逃がしたらどうするんですか!」
大笑いするオッサンに、パーティーリーダーの一人が憤然と抗議する。
今知ったのだが、オッサンの名前ロックだったのか。岩石みたいな身体に似合う名前だ。名は体を表すとはこのことだろうか。
まぁオッサンで呼び慣れたから変える気は無いけど。
「で、どうするんだい。レイドリーダーさんよ」
一通り笑ったオッサンが、テルケスに指示を仰ぐ。
俺達が手段を提示することはできるが、実際に決断を下すのはレイドリーダーであるテルケスだ。
彼は顎に手を当てて黙考し、すぐに結論を出した。
「そうですね……。シェリスさん方が可能か不可能かは別として、ここは二つに分かれて裏周りする策が最善かと思われます」
つまり、馬車に最低限の守りを残し、こちらから打って出るということか。
「そうです。より確実な手段を選ぶと言うことでもありますが、この場合は分け前も考えなければいけないので」
「分け前?」
「シェリスさんが二十匹分の戦果を総取りした場合、それだけで討伐報酬として銀貨四枚の値がつきます。これはあまりよろしくないかと……」
テルケスの言葉に、俺はなるほどと頷く。
俺達のパーティーだけが活躍すれば、他のパーティーに討伐報酬の実入りが無いことになる。
これではレイド内で不和を生むことになりかねないと、テルケスは言っているのだろう。
「分かった。少数精鋭を組んで迅速に動くべきってことだな」
「ええ。ですから、そういう意味合いでも全パーティーから人数を絞って討伐に行きましょう」
テルケスが毅然とした表情で決定を出す。
俺達はその言葉を受けて、静かに頷いた。




