第2章 第1話 誕生(過去編)
遡ること20年以上前の明治初期。
山中に銃声が鳴り響く。
「当たったぞ! 血の跡を追えや!」
弾は狼の身体を捉えていた。
地面に点々と血が滴り、狩人たちはそれを頼りに斜面を下る。
だが跡は、重信川の縁でふつりと途切れた。
「ちっ、流れてしもうたか」
狩人たちは川面を睨み、やがて追跡を諦めて下山した。
人の気配がしなくなった川の対岸に一頭の狼が這い上がっていた。
傷ついた身体を草むらに横たえ最後の力を振り絞って、狼は産んだ。
一匹。また一匹。
濡れた草の上に小さな命が落ちていく。
三匹の仔は、まだ目も開かない。
母の身体は、いつの間にか冷たくなっていた。
仔らは、それを知らない。
日が落ちる頃、一人の狩人が川べりへ引き返してきた。
あの一発を放った男。
草の上には川から這い上がった跡が続いている。
その先には動かなくなった狼と寄り添うように震える三つの小さな塊があった。
「しもうた、腹に仔を宿しとったんか……」
毛皮が目的だった男は、しばらく呆然と立ちすくんでいた。
「すまんかった。せめて仔は、わしが育てるけん」
男は母狼を土に埋め、三匹の仔を懐に入れて山を下りた。
その夜は間違いなく満月だった。
「ただいま、もどったぞ」
腹の大きくなった妻に、狩人は声をかけた。
「おかえり。獲物は獲れたんかな?」
炭火にあたっていた早苗が顔を上げる。
「……すまん、もう猟師はできんようになった。山の理を、わしは破ってしもうた……」
狩人が妻にあらましを話すと、妻は頷きながら、
「しょうがないが。そりゃ事故よ。これからは炭でも焼いて売りゃあ、食うていけるけん」
「それと……」
狩人は懐から三匹の仔を取り出した。
「まあ、可愛らしい仔犬じゃが!」
早苗はすぐに仔らの身体を温め、炭火で炊いた重湯を布に含ませ、口元へ運んだ。
「乳の代わりじゃ。今夜はこれで辛抱しんさいや。明日は麓の嫁さんに乳を分けてもろうてくるけん」
「そいつらは狼の仔じゃ。懐きはせんぞ」
早苗は首を振った。
「あんたの償いじゃけんね。大きなったら山に帰したらええがね」
「それにうちらの子も生まれるけん。一緒に育てようや」
夫の安堵した顔を見て、早苗もようやく安心できた。
早苗は重湯を吸わせながら三匹を見比べる。
一匹は頭頂部に赤い筋。
一匹は尻尾だけが赤い。
そして残る一匹は真っ白で、弱々しくしか乳を吸えずにいた。
頭に赤い筋の仔は、力強く重湯を吸っている。
「あんたは長男の仁よ。兄ちゃんじゃけん、弟らもうちらも守っておくれや」
赤い尻尾の仔には、
「あんたは次男じゃね、臨にしようかね」
真っ白な仔には、
「末っ子のあんたは、智にするけんね」




