第1章 第5話 ニンゲン社会
いつもの手当ても終わり月光を浴びた智は鳥居から人里をながめていた。
「あの灯りの数だけニンゲンが居るのか。たくさんだな」
智が、人里を眺めながら呟いた。
「そうじゃね」
鈴は隣で答える。
「でも、どうして鈴はいつも一人なんだ?」
突然の問いに、鈴は言葉を失った。
何と答えればいいのか分からない。
しばらく黙ったあと、鈴は左側を覆っていた髪に手を伸ばした。
ゆっくりと髪をかき上げる。
隠れていた痣が、月明かりの下に現れた。
「……醜いよね」
鈴は俯いた。
「それに、ウチはこんな足じゃけん。農作業もまともにできん。村では化け物とか、半人前とか言われとる」
声が震えている。
「だから、誰もウチと話なんかしてくれんのよ」
智は何も言わず鈴の顔を見ている。
鈴はそんな智の視線を感じながら、これまでのことを話した。
村でどう扱われてきたのか。
自分がどのように生きてきたのか。
智と出会ってから毎日が少しずつ楽しくなっていったこと。
話し終えると、鈴は再び髪を下ろした。
「……これがウチよ」
智はしばらく黙っていた。
やがて、月を見上げながら口を開いた。
「ニンゲンは不思議だな」
「え?」
「群れで仲間外れを探して、自分が優位になろうとする」
鈴は智を見つめた。
智は不思議そうな顔をしている。
「それに鈴の顔にあるのは、模様か?」
左の前髪に触れて痣を見る智。
「……痣よ」
下を向く鈴。
「そうか」
智は何か思い出している。
「仁の頭にも赤い筋があるぞ」
「え?」
「兄ながら、あれはちょっと羨ましかった」
鈴は思わず笑いそうになった。
「智は変なこと言うね……」
「何が?」
「ウチの顔を見ても、醜いって思わんの?」
智は鈴の顔をまっすぐ見た。
「醜い?個性だろ」
「……個性?」
「何が醜いんだ?」
鈴は返す言葉を失った。
そんなふうに言ってくれた人は、今まで一人もいなかった。
痣を見て、気味悪がる人。
足を見て、半人前だと笑う人。
自分とは違うものを見つけるたび、離れていく人。
智は、ウチをウチとして見てくれている。
鈴の胸の奥が温かくなった。
『ありがとう』
二人は顔を見合わせた。
同じ言葉を同時に口にしたことが可笑しくて、どちらからともなく笑い出した。
鈴は笑いながら思った。
自分をひとりの「人」として見てくれる。
ずっと、村では化け物と呼ばれた。
目の前にいる智だけは、自分を否定しない。
鈴は初めて、自分にも居場所があるのかもしれないと思った。
智もまた、鈴といることで孤独から解放されていた。
二人にとって、それはいつもの夜だった。
空に浮かぶ月は、ゆっくりと半月へ姿を変えようとしていた。




