第1章 第1話 獣
低く唸る獣は視線を鈴から離さなかった。
頭を低く、さらに低く構えた身体は、敵意を現している。
「獣……」
鈴は逃げ場を探したが、どこにもない。
互いに視線を外せないまま、ただ膠着していた。
雨が屋根を伝い階段の手前に、一滴、また一滴と落ちる。
空気は湿気を帯び、目の前の獣の匂いはわからない。
ただ、一つだけ分かったことがある。
自分の下半身から漏れた臭いだった。
鈴が死を感じたとき、ソレは地面の干し柿を咥え、ゆっくりと社の下へ入っていった。
視線を鈴から外さないまま、
ゆっくり……と。
鈴は放心したまま神社から離れようとしたが、立つことができなかった。
目の前の衝撃と死の予感のせいか、動けずにいた。
神社を濡らす雨は、まだ止みそうになかった。
ウチは逃げたとて、この足じゃ…。
後ろから襲われれば、ひとたまりもない。
ならば社殿の中へ逃げて、鍵をかければ……。
見上げた先は、無情にも南京錠で閉ざされていた。
「ウチ、食べられるんか……」
諦めの言葉が口から漏れた。
しかし、諦めの境地は鈴を冷静にさせた。
さっき干し柿を咥えた獣は、腹が減っていたのだろうか。
ならばと地面にもう一つ干し柿を置いた。
獣はまた唸りながら出てきた。
よく見ると、左足を引きずっている。
干し柿をもう一つ投げると、獣はその場で一心不乱に食べる。
手持ちの干し柿を一つ、また一つと投げるたびに、獣は食べた。
「腹が減っとったん? 干し柿しかないけど、食べんさい」
落ち着いた二人は距離を保ちながら雨が止むのを待っていた。




