冒頭 出会い
愛媛県の山間部には今も引き継がれた古唄がある。
〽お前は誰ぞ 誰ぞや
人の子なりと 答えけり
されど本当は 誰ぞや
獣なりとて 月が嗤う
人か獣か 誰ぞや
明治中期、松山城から東へ向かった先に東山神社という小さな社。
その社の下に一匹の獣が横たわっている。
左足に枝が刺さり、負傷したまま三日間動けずにいた。
獣の姿だけを見れば境内に鎮座する狛犬のような四本足の獣。
人が見れば、おそらく「犬」と呼ぶだろう。
だが、ソレは犬ではない。
三日月の夜。
一人の女が東山神社へ姿を現した。
「ウチの顔や足がこんなんでなけりゃなあ……」
左顔に大きな黒い痣があり、生まれつき左足も不自由な鈴は、人の視線を気にせずに済む夜を選んで参拝していた。
「もう東雲村で結婚してないのは、ウチだけやん……」
左足を引きずるようにして、ゆっくりと歩く。
雨が降りそうだと傘を持ってきたが杖代わりに使っていた。
家では、両親が鈴の貰い手を探すことに必死になっていた。
でも、鈴には分かっている。
自分の居場所など、どこにもない。
毎晩、東山神社で神様に向かって話をする。
他人から見れば独り言だが、鈴の話は誰も聴いてくれない。
ここだけが、鈴の居場所だった。
神社に着くと、鈴はいつものように手を合わせた。
「ウチの顔がこんなんでも、神様は結婚してくれるん?」
神様にまで求婚している自分がおかしくなって鈴は笑った。
雲行きは怪しくなり鈴が神社に辿り着くと同時に、三日月は雲に隠れ、雨が降り始めた。
「このまま一人で生きるしかないんかなあ……」
口にした途端、自分の言葉が惨めに思えてくる。
鈴は持ってきた干し柿を取り出した。
いつものように、神社の階段で食べようとした。
――そのときだった。
神社の下から、獣の唸り声が聞こえた。
「ひぇっ……」
鈴は驚いて立ち上がった。
その拍子に、膝の上に置いていた干し柿が地面へ落ちた。
そして……。
ソレが、鈴の前に姿を現した。




