第3章 第3話 廃屋と記憶(面影編)
石手寺へ向かう山道の途中で、智の足は止まった。
先程の猟師たちの話は臨兄の話と食い違っている。
――三匹のうち、残ったのは白い一匹だけ。
三兄弟で白い毛並みは、自分だけだ。
二十年、仲間を探して山を歩いたがどこにも居なかった。
誰なんだ、俺は…。
鈴には会いたいが答えを持たないままでは会えない。
智は踵を返し山を登った。
獣道は、いつの間にか見覚えのある匂いに変わっていた。
湿った土、焦げた木、そして遠い日の煙の匂い。
懐かしい風景が目の前に広がる。
父母が暮らした家(小屋)の屋根は落ちていた。
囲炉裏の跡には、背の高い草が生えている。
(父さん母さん、ただいま。)
子供の時の記憶が蘇る。
ここで母さんが唄い、父さんや兄たちと飯を食べた。
台所で鹿汁を作り、母さんは『美味しいよ』と笑ってくれた。
その笑い声が、まだ壁に染みついている気がした。
柱には背比べの傷が三本残っていた。
毎年、母さんが鉈の先で刻んでくれたものだ。
一番上が仁兄、真ん中が臨兄、一番下が自分。
あれから、傷は一本も増えていない。
懐かしさが胸を満たしかけたとき、離れの戸口が目に入った。
戸は外れ、壁は砕かれ、床板は剥がれている。
三人で過ごした離れの小屋だった。
床の染みは二十年の雨に洗われて色を失い、そこだけ草が生えていない。
獣が暴れたように荒れ果てた室内を見て、智は理由の分からない息苦しさを覚えた。
庭先には小さな墓石が二つ並んでいる。
名前は彫られていない。
ニンゲンの手で建てられた石の前に今も萎れていない花が置かれている。
誰かわからぬニンゲンが母さんたちを弔っている。
母さんたちを殺したのは、ニンゲンのはずなのに…。
西の山に日が沈む。
雲間から差した月の光を浴びて、智の身体はゆっくりと人の形に変わっていく。
墓石の前に膝をついた。
「……母さん……」
口が、勝手に唄を探した。
〽お前は誰ぞ 誰ぞや……。
唄は、それ以上続かなかった。
唄の問いが、そのまま自分の問いになって胸に空いた穴に残る。
ふと、戸口に立つ母の背が満月の光の中に浮かんだ。
――智、どしたんね。
声は、そこで途切れた。
その先を思い出そうとすると頭の奥が白く霞んだ。
視界の端に地面に転がる握り飯が映る。
血で赤く染まった握り飯。
智は、荒く息を吐いた。
思い出してはいけない……。
そう告げるように、身体が強張っていく。
自分の両手を見つめた。
月の光の中で、その手は白かった。
夜が更けても智は墓石の前から動けなかった。
月は、日ごとに丸みを増していく。




