第2章 第5話 臨の決意(過去編)
銃を持ったニンゲンから逃げるように山々を点々とする二匹。
夜になると狩りをし、智も獲物を獲れ始めていた。
「臨兄、もう家には帰らんの?」
獲物を捌きながら臨に視線を向ける。
「ああ、もう帰らん。父さんも母さんも仁兄も居ない。家には戻らん」
智の視線に合わせられないのは嘘がバレない為だ。
「この先、二人だけか。臨兄と一緒ならかまん」
何気なく言った智の言葉に臨の手が止まる。
「そうよな、二人一緒ならかまんか」
臨は智を見るが肉を捌く智に、臨の眼差しはわからない。
眠る前になると臨は繰り返し智に話をした。
ニンゲンが父さんと母さんを殺め、止めに入った仁兄もろとも銃で撃った。
群れるな。靡くな。近寄るな。
ニンゲンにも獣にも……。
正気を失った夜に、誰も傷つけさせないために。
そうやって何度も何度も記憶を刷り込ませ、智はニンゲンへの憎しみを増していく。
満月の夜は正気を失う智を木に縛り、臨は見張って夜を明かす。
山々を旅しながら仲間を探すと智に言い聞かせ、当てのない旅を送っていた。
また満月の夜を迎え、臨はいつものように眠った智を木に縛った。
目を覚ますなり智は叫び始める。
山々に智の叫び声が響き渡る。
「しまった……」
智の声はニンゲンを呼び寄せてしまう。
だが、正気を失った智を一人では抑え切れない。
ふと、仁兄を思い出していた。
「俺も智を守るよ、仁兄……」
正気を失った智に、
「生きろ」
呟いたあと、臨は智の元に帰らなかった。
翌朝、木に縛られた智は目を覚ます。
縄はきつく締められていたが、歯を使えば縄を切る事は容易に出来た。
「何の匂いだ?」
川岸にニンゲンが群がっている。
「この皮は高く売れるぞ」
「撃ちすぎて穴だらけじゃ」
「売り物にはなるまい」
智はニンゲンたちが振り回す皮に赤い尻尾を見て動けなくなった。
「ニンゲン……め……」
憎しみの目をニンゲンに向けたまま智はその場を離れた。
仲間を集めニンゲンに報復する。
必ず。
智は深い山々を渡り歩き仲間を探した。
だが、仲間を見付ける事は出来ず獣の姿のまま一人で旅を続けた。
ずっと一人で。
雨の降りしきる夜、ぬかるみが疲れた智の足を奪う。
気を抜いた一瞬、斜面から滑り落ちた。
十メートル近い滑落から起き上がろうとすると左足が動かない。
木の枝は左足に深く突き刺さっていた。
雨は体温を奪い始める。
何処か雨を凌ぐ場所はないか……。
左足を引きずりながら神社を見付け身を寄せる。
神社下で雨が過ぎるのを待っていた。
傷口は舐めても血が止まらない。
狩りにも行けない身体は日を追うごとに衰弱していく。
(仁兄、臨兄……)
兄たちと身体を寄せ合った温もりが恋しい。
ふと、神社からニンゲンの声が聴こえる。
雨足が強まる中、声は女のものだと分かった。
誰に向けるでもない独り言だ。
「ウチの顔がこんなんでも、神様は結婚してくれるん?」
第2章 完




