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BAKE-MONO  作者: 森村征爾
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第2章 第4話 非日常(過去編)

夜明け前。

月は、まだ西の山にかかっている。


人の形を保った臨は、意識のない智を背負い山の斜面を駆け下りている。


智の身体も臨の腕も、赤黒く濡れている。

智に傷はない、すべて返り血だった。

昨日まで皆で囲炉裏を囲んで飯を食っていたのに……。

走りながら、昨夜の光景が蘇る。


――今夜は智を外に出すな、見張っておけ。

父さんはそう言っていた。


夕食のあと、三人で離れの小屋へ移り、寝ようとしたら母さんが夜食のおにぎりを持ってきてくれた。


ここから先は、断片しか残っていない。

戸口に立つ母さんの背には、満月があった。


「智、どしたんね」

母さんの声が聴こえた。

次の瞬間、母さんの声は無く地面に転がる握り飯。

地面に落ちた握り飯は血で赤く染まっていた。


小屋から飛び出した智に、


「やめろっ!」

と仁兄が叫ぶ。


その足元に、横たわる父さん。

智はそのまま山へ走った。

仁兄と二人で智を追う。

道々には鹿や猪、鳥の屍が転がっていた。


屍の先には嶺で暮らす隣人の家。

戸の奥に、息絶えた女と子供。


「助けてくれっ!」

叫ぶ男に飛びかかろうとする智に、仁兄が飛び乗った。


仁兄は男を逃がし智を絞め落とし、俺に智を預けた。


男が駆けていった尾根の向こうで、松明の火がいくつも揺れていた。


「人が押し寄せる、この場から離れろ!」


そして、

「あとは任せろ。……智には言うな」

仁兄は、松明の方角に消えた。


山々を逃げていた時、背後の山から銃声が聴こえた。

十発を超えても、まだ止まない。


(仁兄……)

俺は振り返らず、走り続けた。


断片が途切れた時、喉の渇きが襲った。

川岸に降りた臨は、智を草の上に寝かせる。月は山の端に沈みかけていた。

喉を潤し、腕を洗う。爪の間まで擦っても、血は流れるのに匂いが落ちない。


この匂いは、もう消えない……。


智が目を開ける。

血まみれの自分の手を顔の前にかざし、指を開き閉じる。


「……臨兄。母さんは? 父さんは? 仁兄は?」

答えられなかった。


――智には言うな。

仁兄に言われた言葉を思い出した臨は呟く。


「……ニンゲンに、やられた」

声が掠れた。

「母さんも、父さんも、仁兄も。ニンゲンに殺された」


智は水面に映る自分の顔を見つめたまま、何も言わなかった。


手を洗う水が、赤く流れていく。


月が山に沈む。

二人の身体は、ゆっくりと獣の姿へ戻っていった。


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