第6話 勇者バブル
第6話 勇者バブル
「じゃあ、お昼にまたここで」
「ああ。昼休みに合流して、パーティ申請を出しに行こう」
「はい!」
フィーネ・アルペジオは嬉しそうに頷いた。
つい先ほどまでハープの陰に隠れていたとは思えないほど機嫌がいい。何がそんなに嬉しいのかカイルにはよく分からなかったが、ともかく話はまとまった。
No.27《ハープの勇者》フィーネ・アルペジオ。
最高の音色を奏でる。ただそれだけの勇者武器を持ち、戦闘能力は一切ない。
だがカイルにとっては、それがいい。
《死奏者マエストロ》の楽譜を演奏してもらえる可能性があり、勇者パーティの権限も得られる。何より本物の勇者武器を間近で調べられるようになる。
まだ申請は済んでいないが、昼には正式に彼女の従者となる予定だ。
「それじゃあ、またあとで。カイルさん」
「おう。また昼にな」
フィーネと別れ、カイルは従者学科の校舎へ向かった。
朝からとんでもない拾い物をした。
昨日の夜までは、リリアのパーティに入るしかないと思っていたのだ。それが一晩明けてみれば、遥かに安全で、マエストロの権能とも相性がよく、おまけに勇者武器の研究までできそうな相手が見つかった。
幸先がいい。
この調子なら案外、勇者武器百個の破壊もなんとかなるんじゃないか。
そんなことを考えながら、カイルはサポーター専攻の教室へ入った。
「おはよ――」
ざわざわしていた教室が、一瞬だけ静かになった。
「…………」
「…………」
「…………」
「……なんだよ」
次の瞬間。
ざわざわざわざわざわざわ。
騒がしさが戻った。
いや、戻ったというより、さっきより酷くなった気がする。
カイルは訝しみながら自分の席へ向かった。
なんだ?
制服がおかしいのかと思って確認するが、別に問題はない。寝癖でもついているのかと髪を触ってみるが、それらしいものもない。
それでも視線を感じる。
前から。
横から。
後ろから。
ちらちらと、明らかに自分を見ている。
「……なんなんだよ、朝から」
「なんなんだよ、じゃねえよ」
席に着いたところで、近くにいた友人が呆れた声を上げた。
カイルと同じサポーター専攻の学生だ。
実家は商家で、本人も将来は家業に関わるつもりらしい。そもそも勇者の従者として名を上げることより、勇者学園で将来有望な人間との繋がりを作ることを目的に入学したという、サポーター専攻では珍しくもないタイプだった。
「お前、本当に分かってないのか?」
「何が?」
「昨日、何があった?」
「いろいろあった」
「そういう個人的な話じゃねえよ。No.1だよ、No.1」
「ああ」
カイルは頷いた。
「《始まりの勇者》が目覚めた」
「そう、それだよ」
友人は呆れたようにため息を吐くと、周囲を指した。
「そりゃ学園中こうなるだろ。普段、勇者武器に選ばれるのは二十人程度。百個あるからって、百人の勇者がいつも揃ってるわけじゃない」
「知ってるよ」
「けど、No.1《始まり》が目覚めたってことは話が違う。魔王か使徒が世界に現れたってことだ」
「そうだな」
(俺のことなんだよなぁー)
「そいつが討伐されるまで、二十人程度っていう平常時の枠を超えて勇者武器が適合者を選び始める。つまり今の勇者学科の連中にとっては、とんでもない好機だ」
「まあ、そうなるな」
「今までなら勇者になれるのは一握り。適合率が高くても、勇者武器が選んでくれなきゃどうにもならない。でも今は違う。明日にも自分が選ばれるかもしれない」
友人の言う通りだった。
No.1《始まり》は、百の勇者武器の中でも特別な存在だ。
その適合者が現れるということは、人類にとっての脅威――魔王か使徒が世界に現れたことを意味する。
そして脅威へ対抗するため、勇者武器は平常時の枠を超えて次々と適合者を選んでいく。
原因となった魔王か使徒が討伐される、その時まで。
「だから勇者学科は今、全員ソワソワしてる。『次は俺だ』『いや私だ』ってな」
「大変だな」
「他人事みたいに言ってるけど、従者学科も同じだぞ。勇者が増えるってことは、勇者パーティも増えるってことだ」
「ああ」
「勇者一人につき従者五人。今までより勇者が十人増えれば五十席、二十人増えれば百席だ。今のうちに勇者候補と仲良くなっておこうって奴が出るのは当然だろ」
なるほど。
朝から学園のあちこちが妙に騒がしかった理由がようやく分かった。
「特にうちなんか必死だぞ」
「サポーター専攻が?」
「サポーター専攻だからだよ」
友人が自分の胸を指した。
「ここにいる奴なんて、大体二種類だろ。俺みたいに、最初から従者になる気はそんなになくて、勇者とか他の従者とのコネを作りに来てる奴」
「お前は本当に堂々と言うよな」
「商人にとって人脈は財産だぞ。勇者本人はもちろん、そのパーティメンバーだって将来のお得意さん候補だ。勇者学園ほどそういう連中とまとめて知り合える場所が他にあるか?」
「ないだろうな」
「だろ?」
悪びれる様子は一切ない。
だが、それもサポーター専攻では珍しい話ではなかった。
勇者パーティの支援について学びながら、その過程で将来有望な勇者や従者との人脈を築く。それを目的としている学生は一定数いる。
「で、もう一種類が――」
友人が少し離れた席へ視線を向ける。
「戦闘の才能はほとんどない。でも、それでも勇者パーティに入りたいって諦めきれない奴ら」
「……まあな」
勇者と共に戦うなら、当然ながら戦える従者の方が人気がある。
限られた五人の枠に誰を入れるかとなれば、前衛で戦える者、魔法を使える者、治療のできる者。
そうした分かりやすい能力を持つ学生が優先される。
サポーター専攻は違う。
物資の管理。
補給。
野営。
行程管理。
その他、勇者パーティの活動を支えるための知識や技術。
必要ではある。
間違いなく必要ではあるのだが、それだけで五つしかない従者の席を勝ち取れるかといえば、厳しい。
だからこそ、戦闘の才能に恵まれなかった者が、それでも勇者の隣に立つ夢を諦めきれず、最後に辿り着く場所にもなっていた。
「普段なら、俺たちサポーター専攻は勇者争奪戦じゃ不利だ。でも今回は勇者そのものが増える。俺みたいな連中にとっちゃコネを増やす大チャンス。従者になりたい連中にとっちゃ、今まで回ってこなかった席を取れるかもしれない大チャンス」
「なるほど。それで朝からみんなソワソワしてるのか」
「そういうこと」
「納得した」
「…………」
「なんだよ」
友人がじっとカイルを見ている。
「ここまで説明して、まだ分からない?」
「何が?」
「じゃあ聞くけどさ」
友人が少し身を乗り出した。
「昨日目覚めたNo.1《始まりの勇者》の適合者は誰だ?」
「リリア」
「お前との関係は?」
「幼馴染」
「はい正解」
「…………あ」
ようやく気づいた。
カイルはゆっくり教室を見回す。
目が合った。
逸らされた。
別の方向を見る。
また目が合った。
逸らされた。
友人が深々とため息を吐いた。
「お前さ。今この教室で自分がどういう存在になってるか、少しは自覚した方がいいぞ」
「…………」
「勇者学園中がNo.1に注目してる。そのNo.1への一番太いコネが、よりによってこのサポーター専攻の教室にいるんだぞ」
「帰っていい?」
「もうすぐ授業だ」
「じゃあ今日は体調不良ということで」
「諦めろ」
その時、教室の扉が開いた。
教師が入ってくる。
同時に、カイルへ向けられていた視線が一斉に前へ戻った。
助かった。
少なくとも授業中なら話しかけてくる奴はいない。
カイルは心の底から教師に感謝しながら教科書を開いた。
◇
甘かった。
授業終了の鐘が鳴った瞬間だった。
「カイル!」
「リリアさんってもうパーティメンバー決めてるのか!?」
「俺のこと紹介してくれないか!?」
「話すだけ! 一回話すだけでいいから!」
「うちの実家の商会のことも――」
「待て待て待て待て!」
四方から一斉に人が押し寄せてきた。
「俺に言われても知らねえよ!」
「幼馴染なんだろ!?」
「幼馴染だからってパーティの人事権まで持ってねえよ!」
「じゃあ聞いてくれるだけでも!」
「自分で聞け!」
なんとか人垣を抜け、次の授業が始まるまで逃げ回る。
そして教師が来れば解放される。
授業が終わる。
追われる。
授業が始まる。
解放される。
授業が終わる。
追われる。
午前中、ずっとそれの繰り返しだった。
そして午前最後の授業。
カイルは教師の話を聞きながら、ちらりと時計を見る。
あと十分。
視線を感じた。
横を見る。
一人と目が合った。
逸らされた。
後ろから鞄を閉じる音がした。
まだ授業中だ。
(おい)
さらに別の場所から、椅子を僅かに引く音。
(待て待て。まだ十分あるぞ)
明らかに何人かが昼休みに向けて準備を始めている。
(なんでもう追跡態勢に入ってんだよ)
カイルも静かに教科書を閉じた。
昼にはフィーネとの約束がある。
ここで捕まっている暇はない。
残り五分。
残り三分。
残り一分。
教師が授業の締めに入った。
「――では、今日はここまで」
鐘が鳴る。
「カイル!」
「悪い! 予定がある!」
椅子を蹴る勢いで立ち上がり、鞄を掴む。
「待て!」
「リリアさんの――」
「昼飯くらい食わせろ!」
教室を飛び出した。
目指すは、今朝フィーネと別れた中庭。
午前中だけで、カイルは嫌というほど理解していた。
No.1《始まりの勇者》が目覚めたことで、勇者学園の日常は確実に変わり始めている。
そして、その中心人物の幼馴染という立場がどれほど面倒なのかも。
もっとも。
これから自分が正式に別の勇者の従者になると知られた時、さらに面倒なことになる可能性については――。
今は考えないことにした。
残存勇者武器:99
確保?:1




