第5話 役に立たない神とハープの勇者
第5話 役に立たない神とハープの勇者
その日の夜、カイルは夢を見た。
目を開けると、そこには見覚えのある何もない空間が広がっていた。上下も奥行きも曖昧で、どこまで続いているのかも分からない。そして正面には、昨日とまったく同じ二柱が立っている。
白一色の簡素な服を着た秩序の神と、色も形も統一感のない、ちぐはぐでツギハギだらけの服を着た混沌の神。
「おお、来たか」
「やっほー☆ どうだった? 力、ちゃんと使え――」
「この邪神共ガァァァァァ!!」
再会の挨拶より先に、カイルの怒声が夢の世界へ響き渡った。
昨日は何が何だか分からないうちに、使徒と魔王の権能を押しつけられ、勇者武器を破壊しなければ勇者たちに殺されるという理不尽な状況に放り込まれた。その場では怒鳴ることしかできなかったが、一日かけて状況を整理した今なら、言いたいことはいくらでもある。
「どうした。随分と元気だな」
「誰のせいだと思ってんだ! まずマエストロ! 指揮棒は出た!」
「うむ」
「楽譜も出た!」
「よかったではないか」
「楽器がねえ! それ以前に俺は演奏できねえ!」
秩序の神が僅かに首を傾げ、その隣で混沌の神も同じ方向へ首を傾けた。
「マエストロは演奏できたぞ?」
「俺はマエストロじゃねえんだよ!」
「いや、今はその権能を持っているから、ある意味マエストロでは?」
「そういう話してねえ!」
カイルは頭を抱えた。
「じゃあ何か? マエストロの演奏技術は引き継がれてないのか?」
「当然だろう。お前に渡したのは権能だ。演奏技術はマエストロ自身が身につけたものだからな」
「作曲は?」
「それも本人の技術だ」
「じゃあ俺にあるのは、音楽を聴かせれば相手を操れる能力と、指揮棒と、あいつが残した楽譜だけ?」
「そうなるな」
「その音楽を用意できねえんだよ!」
権能そのものが強力なのは分かる。大勢の人間や魔物を支配し、一つの軍勢として操れるのだから弱いはずがない。
だが、その発動条件が音楽であり、カイルには演奏する技術がない。
混沌の神は少し考えたあと、名案を思いついたように手を叩いた。
「じゃあ、誰かに習えば?」
「…………」
「勇者学園なのだろう?」
秩序の神も当然のように続ける。
「学園である以上、演奏のできる者くらいいるだろう。誰かに習えばよい。学び舎なのだろう?」
「…………」
言われてみれば、その通りだった。
魔王の権能を使うために音楽を習うという状況があまりにも馬鹿馬鹿しくて考えていなかっただけで、演奏技術がないなら身につければいい。
「クソ……それしかないのか……」
「学び舎とは学ぶためにあるものだぞ」
「神に正論で諭されると腹立つな」
だが、これで一つは解決の方向が見えた。
「じゃあガイアはどうやって確認すればいいんだ?」
「死ねば分かる」
「それをやりたくねえから聞いてんだよ!」
もし蘇らなかったらどうする、と詰め寄ると、二柱が揃って黙った。
「目を逸らすな!」
「いや、権能は直したはずだ」
「はずって言ったな!?」
「比較的損傷の少ないものを選んだから、大丈夫だとは思うぞ」
「思うって言ったな!?」
どうやらガイアについては、自分から試すよりも必要になる日が来ないことを祈った方がよさそうだった。
カイルは大きく息を吐いた。能力についてこれ以上聞いても精神衛生上よろしくない。ならば次は、昨日からずっと考えていた本題である。
「勇者武器について教えろ」
「何をだ?」
「全部だよ。百個それぞれの能力、今どこにあるのか、誰が持ってるのか。ロスト武器の場所もだ。あと学園に保管されてる武器の詳しい情報も欲しい」
「分からん」
「なんで知らないんだよ!!」
あまりにも迷いのない即答だった。
「お前ら神だろ!? 世界がどうとか進化のバランスがどうとか偉そうに語ってたじゃねえか! それなのに勇者武器の場所も分かりませんってどういうことだ!」
「ふむ」
秩序の神は怒鳴るカイルをしばらく眺め、少し考えてから尋ねた。
「では、お前は屋上から地面を見下ろして、そこにある砂粒の数が分かるか?」
「……は?」
唐突な質問に勢いを削がれた。
「地面があることは分かるだろう。そこに砂があることも認識できる。だが、その一粒一粒がどこにあり、どのような形をしているかまで分かるか?」
「分かるわけないだろ」
「そういうことだ」
「…………」
神々は世界そのものを俯瞰して見ることができる。世界全体がどのような状態にあるのか、大きな流れがどちらへ向かっているのか。だからこそ、使徒と魔王によって保たれていた進化の均衡が、百の勇者武器によって大きく崩れていることも分かる。
だが、世界を見ることと、世界に存在するすべてを知ることは同じではない。
「勇者武器が百個存在していることは分かる。世界に与えている影響もな。しかし一本一本が今どこにあり、誰が所有し、どのように使われているかまで常に把握しているわけではない」
「……つまり、お前らからすると俺たちって、屋上から見た砂粒みたいなもんなの?」
「例えるならば、そうなる」
「壮大な話を聞いた直後に自分が砂粒だと判明したんだが」
「私はカイルのこと好きだよ☆」
「砂粒に愛着持たれても嬉しくねえよ」
「お前を見つけるのだいぶ苦労した」
「砂粒探しご苦労さまだなちくしょう」
しかも、この理屈ならロスト武器の場所を聞いたところで答えが返ってくるはずもない。
「一応聞くぞ。ロスト武器の場所は?」
「知らん」
「各勇者武器の細かい能力は?」
「知らんものの方が多い」
「破壊方法は?」
「それを調べるのもお前の役目だ」
「お前ら何ならしてくれるんだよ!」
「応援?」
「いらねえ!」
思えば最初からそうだった。
神々は勇者武器を破壊したい。しかし地上の細かな事情までは分からない。だから勇者武器とその情報が集まる勇者学園に在籍し、なおかつ勇者への憧れも忠誠心もないカイルへ力を押しつけた。
当事者の意思を完全に無視していることを除けば、妙に合理的な人選だった。
「……まあいい。俺の方でも考えた」
カイルは昨日立てた方針を二柱へ話した。
いきなり百個すべてを狙うのではなく、まずは学園に保管されている未覚醒の勇者武器を一個破壊する。そこで破壊方法を確認し、使えるなら同じ方法を他の武器にも広げていく。
そのために必要なのは、勇者武器に関する情報と、それへ近づける立場だ。
「それで、No.1の勇者になった幼馴染からパーティに誘われてる。正体がバレた時の危険は増えるけど、情報を集めるには都合がいい。だから入ろうと思ってる」
「よいのではないか?」
「私たちよりちゃんと考えてるね☆」
「お前らが考えろよ!」
結局、神々から有益な情報はほとんど得られなかった。
分かったのは、マエストロの演奏技術は自分でどうにかするしかないこと。そして神々を勇者武器の情報源として頼るのは諦めた方がいいということくらいである。
「じゃあな! 次に会う時までに少しは役に立つ情報集めとけ!」
「善処しよう」
「頑張ってねー☆」
「頑張るのはお前らもだ!」
そこで夢は途切れた。
◇
翌朝。
寮の自室で目を覚ましたカイル・エルデンは、しばらく天井を眺めたあと、大きなため息を吐いた。
「……楽器か」
神々への文句は山ほど言えた。
問題は、いくら文句を言ったところで演奏できるようにはならないことだった。
朝食を済ませて学園へ向かいながら、カイルは何を習うべきか考える。持ち運びができて、比較的習得しやすく、マエストロの残した楽譜を演奏できるものがいい。もっとも、楽器についての知識そのものがほとんどないので、まずは詳しい人間を探すところから始める必要がある。
「学び舎なんだから誰かに習え、か……」
神の言葉をそのまま実行するのは癪だが、他に案もない。
授業が始まるまでにはまだ時間があった。音楽関係の施設でも探してみるかと校舎の間を歩いていると、ふと、どこからか弦を爪弾く音が聞こえてきた。
カイルは足を止めた。
上手いのかどうかを評価できるほど音楽には詳しくない。それでも、その音が驚くほど澄んでいることくらいは分かる。一音一音がはっきりとしているのに耳障りではなく、離れた場所から聞いているにもかかわらず、不思議なほど鮮明に耳へ届いてきた。
「……ちょうどいいな」
音を辿っていくと、校舎から少し離れた中庭へ出た。
そこで一人の少女がハープを弾いていた。
朝の静かな空気の中に、柔らかな音色が広がっている。カイルは邪魔をするのも悪いと思い、演奏が終わるまで少し離れた場所で待った。
最後の一音が消えたところで、少女が満足そうにハープへ手を添える。
「今日もいい音。ありがと」
楽器に話しかけている。
ずいぶんハープが好きらしい。
「なあ、ちょっといいか?」
「はい?」
少女が顔を上げた。
「それ、ハープだよな?」
「そうですけど」
「演奏って人に教えられる?」
少女は少し驚いた顔をした。
「ハープをですか?」
「いや、別にハープじゃなくてもいい。俺、楽器まったくできなくてさ。楽譜の読み方から教えてくれる奴を探してるんだ」
「それなら、基礎くらいなら教えられると思いますよ」
「本当か? 助かる」
思ったよりあっさり見つかった。
神の言うことも、たまには聞いてみるものである。
「そういや、いきなり声かけて名前も名乗ってなかったな。俺はカイル・エルデン。従者学科のサポーター専攻」
「私はフィーネ・アルペジオです。よろしくお願いします、カイルさん」
「よろしく、フィーネ」
簡単に自己紹介を済ませ、いつなら教えてもらえるかと聞こうとしたところで、フィーネが少し困ったような顔をした。
「ただ、私もずっと時間があるわけじゃなくて。最近はパーティの人も探さないといけないので」
「パーティ?」
「はい。まだ六人揃っていないんです」
その言葉にカイルが引っかかった。
勇者学園で六人の固定パーティを組む必要があるのは、昨日リリアとの話でも確認したばかりだ。
「……お前、勇者学科なの?」
「はい」
「…………勇者?」
「そうですけど」
「マジで?」
「マジです」
カイルはフィーネを見た。
次に、彼女の前に置かれたハープを見る。
「ちなみに何番?」
「No.27です」
「勇者武器は?」
フィーネは何を当たり前のことを聞いているのだという顔で、先ほどまで演奏していたハープへ手を添えた。
「この子ですよ」
「…………これ?」
「これです」
カイルは改めてハープを凝視した。
普通の楽器だと思っていたものが、世界に百個しか存在しない勇者武器の一つだったらしい。
「何ができるんだ?」
「最高の音色を奏でてくれます」
フィーネは即答した。
その声には誇らしささえあった。愛おしそうに弦へ指を触れ、軽く一音だけ鳴らす。
「私がどんな曲を弾いても、この子は一番綺麗な音で応えてくれるんです。難しい曲でも、私の調子が悪い日でも。私、この子の音が大好きなんですよ」
「へえ……」
そこまで嬉しそうに語られると、何か凄まじい能力が続くような気がしてくる。
「それで、他には?」
「ありません」
「…………」
カイルは少し待った。
続きはなかった。
「攻撃とかは?」
「できません」
「防御」
「できません」
「回復とか、味方を強くするとか」
「できません」
「最高の音を出すだけ?」
「だけ、とは失礼ですね。最高の音ですよ?」
「お、おう」
本人にとって、No.27《ハープ》は決して外れの勇者武器ではないらしい。むしろ心から気に入っている。
問題は、周囲も同じように評価してくれるわけではないことだった。
「でも、パーティを組む人たちはそう思ってくれないみたいです」
フィーネはハープから手を離さないまま、少しだけ困ったように笑った。
勇者一人に従者五人。それが勇者学園における基本的なパーティ構成であり、一つのパーティに勇者を二人入れることはできない。
つまりフィーネを選ぶということは、パーティ唯一の勇者枠を、攻撃も防御も回復もできないNo.27《ハープ》に使うということだ。
音楽を愛するフィーネにとって最高の音色は何物にも代えがたい価値なのだろう。しかし、魔物や使徒、魔王と戦う可能性まで考えて従者が所属先を選ぶとなれば、話は別だった。
「なるほどな……」
カイルは納得しかけて――ふと止まった。
最高の音色を奏でる。
フィーネ自身も演奏できる。
楽譜も読める。
今朝までなら、それを聞いても「戦えないなら大変だな」で終わっていたかもしれない。
だが今のカイルには、《死奏者マエストロ》の権能がある。
音楽を聴かせた相手を支配下に置き、指揮棒によって命令する権能。そして手元には、マエストロ本人が生前に作曲した楽譜まで残されている。
神には誰かから演奏を習えと言われた。
しかし。
「……俺が習う必要なくね?」
「はい?」
「いや、なんでもない」
カイルはフィーネを見る。
自分が一から楽譜を覚え、楽器を練習し、人前でまともに演奏できるようになるまでどれほど時間がかかるのか分からない。
だが、目の前にはすでに演奏できる人間がいる。
しかも、その楽器は最高の音色を奏でる。
マエストロの権能を使うという一点だけを考えれば、自分で下手な演奏を覚えるより遥かに都合がいい。
そして、そこでカイルはもう一つ気づいた。
「フィーネ、さっきパーティメンバー探してるって言ったよな?」
「はい。なかなか集まらなくて」
「…………」
昨日、自分はなぜリリアのパーティに入ろうと考えた?
幼馴染だからではない。
No.1のパーティメンバーという立場を使えば、ただの従者学科の学生より勇者武器に関する情報へ近づけると考えたからだ。
だが、別にNo.1である必要はない。
目の前にいるフィーネ・アルペジオも、正式な勇者である。
彼女のパーティに入っても、カイルは勇者パーティの従者になれる。その立場で得られる権限を使って、勇者武器について調べればいい。
しかも、No.27《ハープ》そのものが目の前にある。
保管庫へ忍び込む必要もない。警備を突破する必要もない。持ち主と一緒に行動するようになれば、勇者武器がどれほど頑丈なのか、傷をつけることが可能なのか、どういう性質を持っているのかを調べる機会だって作れるかもしれない。
そもそもカイルは、勇者武器を破壊すると決めたものの、その壊し方すら知らないのだ。
ならば、実物を間近で調べられる環境は欲しい。
演奏者。
勇者パーティの権限。
勇者武器そのものを研究できる機会。
そこまで考えたところで、最後の一つが加わった。
「フィーネ」
「はい?」
「念のため聞くけど、本当に攻撃能力ないんだよな?」
「ありませんよ。だからパーティ探しに苦労してるんですけど……」
「…………」
カイルは昨日、自分の正体が露見した場合を考えたうえで、それでもリリアのパーティに入るしかないと結論づけた。
だがリリアはNo.1《始まりの勇者》。
百の勇者武器の中でも特別な存在であり、何よりカイルを幼い頃から知っている。正体が露見する危険も高ければ、露見した時に殺される危険も高い。
対して、フィーネはどうだ。
攻撃能力なし。
防御能力なし。
回復能力なし。
最高の音色を奏でる。
以上。
「…………こっちじゃね?」
「何がですか?」
「いや、こっちの話」
昨日あれだけ悩んで出した結論が、一晩でひっくり返ろうとしていた。
少なくともカイルの目的だけを考えるなら、フィーネの方が遥かに都合がいい。万が一正体が露見しても、ハープで斬り殺される心配はないだろう。
何より、フィーネ自身がパーティメンバーを探している。
ここまで条件が揃っているなら、迷う理由がなかった。
「なあ、フィーネ」
「はい?」
「まだ従者、募集してる?」
「……募集してますけど」
「なら――」
そこまで言って、カイルは一度言葉を止めた。
ここは大事なところだ。
パーティへの加入は従者にとって進路にも関わる重要な選択であり、勇者側にとっても誰を仲間にするかは今後を左右する。軽い調子で頼むより、きちんと意思を伝えた方がいいだろう。
カイルはフィーネへ向き直った。
「君のパーティに入れてくれないか?」
「え?……私ですか?」
「君がいいんだ、フィーネ・アルペジオ」
「――っ」
「どうか俺を、君のパーティに入れてくれないだろうか」
沈黙が落ちた。
フィーネは目を見開いたまま、カイルを見つめている。
「…………?」
返事がない。
「フィーネ?」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「お、おう」
フィーネはハープの方へ顔を逸らした。
耳まで赤い。
「どうした?」
「どうしたって……どうして、私なんですか?」
「どうしてって」
理由ならいくらでもある。
マエストロの楽譜を演奏できる。
最高の音色なら権能との相性も期待できる。
勇者パーティの権限を使える。
No.27という本物の勇者武器を間近で研究できる。
そして何より、攻撃能力がない。
考えれば考えるほど都合がいい。
「君のことが気に入ったからかな」
「――――っ!」
フィーネの顔が一気に赤くなった。
「そ、そういうこと、そんな普通に言うんですか!?」
「普通にって……気に入ったからパーティに入りたいんだろ?」
「そうですけど! そうですけどぉ……!」
フィーネは耐えきれなくなったように、ハープの陰へ顔を隠した。
カイルには何が問題なのか分からない。
嘘は一つも言っていないのだ。
演奏ができる。
勇者パーティの権限も使える。
勇者武器を間近で研究できる。
そして何より、攻撃能力がない。
昨日まで入ろうとしていたNo.1のパーティと比べても、今のカイルにはこちらの方が遥かに都合がいい。
つまり、間違いなく気に入っている。
「それで、入れてくれるのか?」
「…………はい」
「よし!」
「でも……」
「ん?」
フィーネはハープの陰から半分だけ顔を出した。
「あとで、やっぱり別の勇者がいいとか言わないでくださいね」
「言わないよ。俺は君がいいって言っただろ」
「~~~~っ!」
「なんでまた隠れるんだよ!?」
こうしてカイル・エルデンは、No.27《ハープの勇者》フィーネ・アルペジオの従者となった。
勇者武器は、まだ一つも壊していない。
それでもカイルの中では、百個すべてが等しく遠い存在だった昨日までとは、明らかに状況が変わっていた。
百あるうちの一つ。
その持ち主と行動を共にできる立場を手に入れたのだ。
本人としては、勇者武器を破壊するための極めて合理的な第一歩。
フィーネがそれを盛大に別の意味で受け取っていることには、もちろん気づいていなかった。
残存勇者武器:99
確保?:1




