第4話 百個もどうやって壊せと?
第4話 百個もどうやって壊せと?
リリアから逃げ出したカイルは、そのまま寮へ戻らず、学園の敷地の端にある古い訓練場へ向かった。
新しい訓練施設が建てられてからほとんど使われなくなった場所で、建物にも周囲にも人影はない。使徒や魔王の力を試す場所として安全かと聞かれれば自信はないが、少なくとも教室や寮の自室で試すよりは遥かにマシだろう。
図書館で調べた《不滅の使徒ガイア》と《死奏者マエストロ》は、どちらも実在した。名前だけではなく権能まで夢の中で神々から聞かされたものと一致している。そのうえ今朝にはNo.1《始まりの勇者》まで覚醒した。
ここまで揃ってなお「全部ただの夢でした」で済ませられるほど、カイルは楽観的ではない。
それでも最後に一つだけ、確認しておきたいことがあった。
「……本当に俺の中に、その力があるのか」
ガイアとマエストロが実在したからといって、自分がその権能を継承した証拠にはならない。No.1の覚醒だって、世界のどこかに別の使徒か魔王が現れた結果だと考えられなくもない。
かなり苦しくなってきた自覚はある。それでも逃げ道が一本でも残っているなら確認する価値はあった。
カイルは念のためもう一度周囲を見回してから、右手を前へ出した。
「まずは……マエストロだな」
死奏者マエストロ。音楽を聴かせた者を支配下に置き、指揮棒によって命令する魔王。
歴史上では大勢の人間や魔物を支配し、一つの軍勢として操った恐るべき存在だった。そして最後は後ろからこっそり暗殺され、当時の勇者から『本人クソ弱すぎワロタ』と手記に残された。
「……そこは今どうでもいい」
できれば忘れたい。現在その力を受け継いでいる身としては、あまりにも縁起が悪い。
問題は、その権能が本当に自分にあるのかどうかだ。
夢の中の神々は「力をやる」とは言ったが、使い方までは教えてくれなかった。仕方なくカイルは目を閉じ、昨日までは存在しなかった何かが自分の中にあると意識してみる。
すると、不思議な感覚があった。
手の中に何かを呼び出せる。
そう思った瞬間、右手に僅かな重みが生まれた。
「…………」
目を開ける。
細長い一本の指揮棒が、当たり前のように握られていた。
カイルはしばらく無言でそれを見つめたあと、消えるよう念じてみる。指揮棒は跡形もなく消えた。もう一度意識すれば、再び手の中に現れる。
「出ちゃった……」
最後までしがみついていた夢説が、静かに息を引き取った。
ガイアとマエストロについて、知らないうちにどこかで聞いていた。それが夢に出てきた。そして偶然にも翌朝No.1が覚醒した。
そこまでは百歩譲って認めよう。
だが、昨日まで持っていなかった指揮棒を虚空から取り出せるようになった理由まで偶然で片づけるのは無理がある。
「じゃあ夢じゃねえじゃん……」
認めたくはないが、どうやら本当に何かを押しつけられたらしい。
とはいえ、指揮棒が出せるだけではマエストロの権能まで使える証明にはならない。カイルがさらに意識を探ってみると、指揮棒とは別に、もう一つ取り出せるものがあることに気づいた。
現れたのは数枚の紙だった。
「楽譜……だよな、これ」
五線の上に大量の音符が並んでいる。
カイルに楽譜を読む能力はない。それでも権能の一部だからなのか、これがマエストロの残した曲であり、何のために使うものなのかだけは感覚的に理解できた。
《死奏者マエストロ》の権能は、音楽を聴かせることで初めて成立する。
対象に音楽を聴かせて支配下に置き、その後、指揮棒を通して命令する。マエストロが大勢の人間や魔物を一つの軍勢として操えたのも、この力によるものだった。
「なるほど。これを演奏して聴かせればいいわけか」
そこまで理解して、カイルは楽譜を眺めた。
次に指揮棒を見る。
もう一度、楽譜を見る。
「……楽器は?」
ない。
指揮棒は出せる。楽譜も出せる。だが、肝心の音を出すための楽器はどこにもない。
いや、それ以前にもっと根本的な問題があった。
「俺、楽器弾けねえぞ」
仮にここへ最高級の楽器一式を用意されたところで、カイルにはまともに演奏できるものなど一つもない。
歌ならどうかと思って改めて楽譜を見たが、そもそも譜面を読めない。マエストロが生前に作曲した曲の楽譜が残されていても、カイルにはそれを音楽に変える技術がなかった。
「指揮棒と楽譜だけあって、どうしろってんだよ……」
能力そのものは強いのだろう。歴史上のマエストロが大軍を支配していた以上、それは間違いない。
だが、マエストロが持っていた演奏技術も作曲能力も、あくまで本人が身につけたものだ。カイルに渡されたのは権能だけであり、本人の技能まで都合よく頭の中へ入ってきてくれたわけではないらしい。
昨日の神々の言葉が頭に蘇った。
『すまんな。力がなくて、比較的損傷がマシな権能を頑張って直したんだよ』
「権能だけ直して渡されても使えねえじゃねえか……」
少なくとも、現時点では使いようがない。
ならばもう一つ。
《不滅の使徒ガイア》。
死を受け入れない限り、何度でも蘇るという極めて単純で強力な権能。その存在を確認する方法も、極めて単純だった。
死ねばいい。
「…………」
カイルはしばらく考えてから、首を横に振った。
「無理」
本当にガイアの権能を受け継いでいるなら、死んでも蘇る。
だが、もし神々が何か失敗していたらどうなる。
普通に死ぬ。
しかもカイルは昨日会った神々を、自分の命を賭けてまで信用できるほど信頼していなかった。マエストロの権能すら「権能はあるけど、それを使う技能はありません」という状態なのだ。ガイアについても何かしら不具合が残っていたとして、死んでからでは文句を言うことすらできない。
「ガイアは保留。できれば一生確認したくない」
結果として能力確認は、指揮棒と楽譜を出せたこと以外ほとんど進まなかった。
それでも十分だった。
神々との遭遇は夢ではない。自分は本当に《不滅の使徒ガイア》と《死奏者マエストロ》の権能を押しつけられた。
ならば、もう「全部夢でした」で逃げることはできない。
カイルは古い訓練場の壁際へ腰を下ろし、大きく息を吐いた。
「よし。認めよう」
一度口を閉じた。
ものすごく言いたくない。
それでも言った。
「俺は使徒で、魔王だ」
人生で一度も想定していなかった自己紹介だった。
認めたところで何かが好転するわけではないが、嘆いているだけでは勇者たちに殺される未来が近づくだけだ。神々の説明を信じるなら、カイルが生き残るためには百の勇者武器を破壊しなければならない。
「……百個か」
改めて数字にすると、とんでもない。
しかも壊す対象は、そこらの剣や槍ではない。人類を使徒や魔王から守ってきた、世界最高峰の武器である。
ならばどうするか。
現役の勇者を一人ずつ倒し、武器を奪って壊す。真っ先に浮かんだ方法を、カイルは即座に却下した。自分は戦闘の専門家ですらないうえ、受け継いだマエストロの権能も現状では使えない。勇者と真正面から戦うなど論外だった。
では、勇者武器の約半数が保管されているという学園の保管庫を襲撃し、一気に破壊するか。
「……それができるなら苦労しねえよな」
勇者武器を世界で最も多く保管している施設である。当然、その警備も厳重に決まっている。使徒兼魔王が正面から勇者学園の保管庫へ突っ込むなど、討伐してくださいと宣伝しながら歩くようなものだ。
そこでカイルは、一度考え方を変えることにした。
百個すべてをどう壊すかではなく、まず自分が何を壊せるのか。
サポーター専攻で学んでいるのは戦い方ではない。物資を把握し、必要なものを分類し、優先順位を決め、限られた人員と手段で目的を達成するための方法だ。
百個という数字に圧倒されても仕方がない。
まずは状況を分類する。
勇者武器のうち約半数は、この勇者学園に保管されている。残りは各国や神殿、その他の組織が管理しているもの、すでに適合者を選んで現役勇者が所有しているものなどに分かれる。
そして、それらとは別に厄介なものがあった。
「《ロスト武器》か……」
勇者武器は、始祖によって作られてから長い年月を世界と共に歩んできた。そのすべてが現在まで完璧に管理されているわけではない。
国が滅び、保管場所そのものが失われた。勇者が遠征先で死亡し、武器だけが回収されなかった。あるいは、いつ失われたのかすら記録が曖昧になっている。
存在していることだけは分かっている。
だが、現在どこにあるのか分からない。
そうした勇者武器はまとめて《ロスト武器》と呼ばれていた。
「……壊せって言われても、どこにあるか分からねえんだけど」
世界中を歩いて探せとでもいうのだろうか。
昨日の神々は、百の勇者武器を破壊しろとは言った。だが、それぞれが現在どこにあるかなど一言も教えてくれなかった。
「あの邪神共、そういうところ説明してから仕事頼めよ……」
もっとも、今ここで文句を言っても神々には届かない。
ロスト武器は所在が分からない以上、現時点ではどうしようもない。現役勇者が所有する武器も、持ち主本人との戦闘になる危険が高すぎる。学園外の武器についても、今のカイルには詳しい情報も自由な移動手段もなかった。
そうやって一つずつ除外していけば、最初に狙うべきものは自然と絞られてくる。
「学園に保管されてる、まだ勇者を選んでない武器……」
勇者学園には約半数の勇者武器が集まっている。
そして自分は、その勇者学園の学生だ。
外部から学園そのものへ侵入する必要はない。未覚醒なら現役勇者から奪う必要もない。もちろん保管場所や警備について調べなければならないが、他の選択肢に比べれば遥かに現実的だった。
そこでカイルは、昨日神々から言われた言葉を思い出した。
勇者学園従者学科に在籍し、勇者への憧れも忠誠心もない。
勇者武器の多くが保管され、その情報まで集められている場所に、最初から怪しまれず入り込んでいる人間。
「……だから俺だったのか」
今さらながら、神々が自分を選んだ理由に納得した。
納得してしまったことが妙に腹立たしい。
「人選だけはちゃんと考えてやがった……」
ともかく、最初の方針は決まった。
百個すべてを壊す方法など、今から考えても仕方がない。そもそもカイルは勇者武器をどうやって壊せばいいのかすら知らないのだ。
ならばまず一個。
学園に保管されている未覚醒の勇者武器を一つ狙い、本当に破壊できるのか試す。壊せたなら、その方法を二個目以降にも使えるか考えればいい。
問題は、その一個へどうやって近づくかだった。
カイルは勇者学園の学生ではあるが、ただの従者学科の生徒にすぎない。学園に勇者武器が保管されていることは知っていても、どの武器がどこに置かれ、どんな警備が敷かれているのかまでは知らない。
もっと情報が必要だ。
できることなら、勇者武器へ近づいても不自然ではない立場も欲しい。
そこまで考えて、カイルの脳裏に、つい先ほど図書館で差し出された一枚の紙が浮かんだ。
パーティ申請書。
そして、それを持っていた白髪の幼馴染。
『カイルも必要』
「…………」
リリアはNo.1《始まりの勇者》に選ばれた。
百の勇者武器の中でも特別な存在。その正式なパーティメンバーとなれば、ただの従者学科の生徒よりも勇者武器に関する情報へ近づける可能性は高い。今後リリアが他の勇者たちと関わるようになれば、実際の勇者武器を間近で見る機会だって増えるだろう。
勇者武器を壊したいカイルにとって、これほど便利な立場はない。
同時に、これほど危険な立場もなかった。
「俺、使徒で魔王なんだよな……」
そしてリリアはNo.1の勇者。
正体が露見した瞬間、討伐する側とされる側になる。
そんな相手のパーティへ自分から入るなど、正気とは思えない。
だが、勇者から遠ざかれば安全になる代わりに、勇者武器からも遠ざかる。勇者の懐へ飛び込めば危険になる代わりに、目的には近づける。
どちらを選ぶべきか。
答えは、サポーター専攻のカイルには嫌というほど分かっていた。
使えるものを確認する。足りないものを洗い出す。そして目的を達成するために、手元にあるものを最大限利用する。
「……嫌だけど、使えるんだよなあ」
リリアに聞かれたら怒られそうな言い方だが、事実だった。
No.1《始まりの勇者》のパーティメンバーという立場は、カイルがこれから勇者武器について調べるうえで間違いなく役に立つ。危険だからと遠ざけるには、あまりにも惜しい。
とはいえ、今すぐリリアを探してサインする気にもなれなかった。
朝から学園中がNo.1の覚醒で大騒ぎになり、その適合者が幼馴染だと知って逃げ、図書館では自分が受け継いだ使徒と魔王のろくでもない最期を知り、その幼馴染からはパーティ申請書を突きつけられ、最後には自分が本当に使徒兼魔王になっていることまで確認してしまった。
さすがに今日はもう十分だ。
「……明日、返事するか」
カイルは立ち上がり、服についた埃を払った。
まずは一個。
学園に保管されている未覚醒の勇者武器を狙い、破壊する方法を確かめる。一個壊せたなら二個目を考える。百個という数字に目を眩ませず、一つずつ確実に減らしていけばいい。
そのためにも、リリアのパーティに入るという選択肢は捨てられない。
ようやく自分なりの方針が決まったことで、少しだけ肩の力が抜けた。
「帰って寝よう……」
古い訓練場を後にして、カイルは寮へ向かう。
勇者武器のことも、リリアへの返事も、明日から考えればいい。
ただ一つ。
使い物にならないマエストロの権能についてだけは、どうにも納得できなかった。
「……あいつら、今夜も夢に出てこねえかな」
指揮棒は出る。
楽譜も出る。
でも演奏できない。
ガイアに至っては、能力を確認するために一度死ななければならない。
それ以外にも聞きたいことは山ほどある。百個の勇者武器の詳しい情報はどうなっているのか。ロスト武器はどう探せばいいのか。そもそも破壊方法くらい教えてくれてもいいのではないか。
考えれば考えるほど、文句が増えていく。
「次会ったら全部聞いてやる……」
カイルはそんなことを呟きながら、今度こそ寮へ帰っていった。
昨日から神々と幼馴染に振り回され続けていた少年に、ようやく最初の方針ができた。
まずは一個。
すべてはそこから始めればいい。
残存勇者武器:100




