第2話 始まりの勇者
第2話 始まりの勇者
朝から、勇者学園が騒がしかった。
「……なんだ?」
学生寮を出たカイルは、いつもとは明らかに違う様子に足を止めた。
廊下を駆けていく生徒がいる。窓から身を乗り出して何かを話している生徒もいる。教師たちまで慌ただしく行き来しており、普段なら「廊下を走るな」と怒鳴る側まで今日はそれどころではないらしい。
何かあった。
それも、かなり大きな何かが。
「…………」
嫌でも昨夜の夢を思い出す。
白一色の服を着た神。
ツギハギだらけのカラフルな服を着た神。
勇者武器を破壊しろと言われ、断った。
世界の進化がどうだの、強すぎる毒は自分自身を殺すだのと説明され、それでも断った。
そうしたら最後には勝手に《不滅の使徒ガイア》と《死奏者マエストロ》の力を押しつけられた。
そして――。
『勇者武器を破壊しなければ、君が勇者たちに殺される』
「……夢だ」
改めて口にする。
夢に決まっている。
神様が夢の中へ現れて、世界が大変だから勇者武器を壊してくれと頼んでくる時点でおかしい。
ましてや断った相手に勝手に使徒と魔王の力を押しつける神など、いてたまるか。
「神様って、もう少しこう……神々しいものだろ」
少なくとも「比較的壊れてない権能を頑張って直したから使ってね」などとは言わないはずだ。
きっと。
たぶん。
そうであってほしい。
そんなことを考えながら校舎へ向かっていると、前方から聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。
「本当だって! 今朝、神殿から正式に発表されたらしい!」
「まさかNo.1が?」
「ああ! 《始まりの勇者》だ!」
カイルの足が止まった。
「…………は?」
聞き間違いであってほしかった。
だが周囲へ耳を傾ければ、あちらからもこちらからも同じ言葉が聞こえてくる。
No.1。
始まりの勇者。
覚醒。
適合者。
どれも聞き間違えようがない。
「いやいやいやいや」
カイルは小さく首を振った。
勇者武器No.1《始まりの勇者》。
百の勇者武器の中でも、特別な意味を持つ一本。
No.1が適合者を選ぶ。
それは単に新たな勇者が一人誕生したという意味ではない。
使徒か魔王。
そのどちらかが世界へ現れたという合図だ。
「…………」
昨夜の夢が脳裏をよぎる。
『君は世界で初めての、《使徒》であり《魔王》というダブルジョブだよ!』
「いや、違う」
即座に否定した。
まだ偶然だ。
使徒や魔王など、自分とは関係ないところで現れている可能性だってある。
世界は広い。
きっとどこかで、とんでもなく強い使徒か魔王が現れたのだ。
むしろそうであってくれ。
「おい、適合者って誰なんだ?」
近くにいた生徒の一人が尋ねる。
「ああ、それが勇者学科の――リリア・アステルだってさ」
「…………」
カイルの思考が止まった。
周囲では相変わらず生徒たちが騒いでいる。
止まったのはカイルだけだった。
「誰?」
思わず聞き返す。
「だから、リリア・アステル。白髪の。勇者学科のリリアだよ。知ってるだろ?」
「…………」
知っている。
ものすごく知っている。
幼馴染である。
勇者になりたいと言い出した張本人であり、カイルを勇者学園まで引っ張ってきた張本人でもある。
「…………マジ?」
「マジ。もうすごい騒ぎだぞ。No.1だぜ? 《始まりの勇者》だぞ?」
その生徒は興奮した様子で話を続けていたが、カイルの耳には半分も入ってこなかった。
頭の中では、別の言葉がぐるぐると回っている。
使徒。
魔王。
No.1。
勇者。
リリア。
そして――。
『勇者武器を破壊しなければ、君が勇者たちに殺される』
「…………」
カイルは考えた。
長くは考えなかった。
「うん。一旦逃げよう」
「え?」
「ありがとう!」
「お、おう?」
カイルは踵を返した。
リリアに会ってはいけない。
別にリリアがいきなり斬りかかってくると思っているわけではない。
幼い頃からずっと一緒にいるのだ。それくらいは分かる。
そもそもリリアは、カイルが使徒であり魔王になったなど知るはずもない。
カイル自身ですら信じたくないのだから。
だが、もし。
本当にもしも。
昨夜の夢が夢ではなかったとしたら。
今のカイルは、No.1《始まりの勇者》が覚醒する原因そのものということになる。
しかも、その適合者がよりによって幼馴染。
「駄目だ。情報が足りなさすぎる」
まず調べる。
何が本当で、何が夢なのか。
それを確認する方が先だ。
そう判断したカイルが向かったのは、勇者学園の図書館だった。
勇者学園には勇者武器に関する膨大な資料が集められている。当然、その敵である使徒や魔王についての記録も多い。
調べるべきは、夢の中で二柱の神が口にした二つの名前。
《不滅の使徒ガイア》。
《死奏者マエストロ》。
カイルは、どちらも知らなかった。
少なくとも、あの夢を見る前には聞いた覚えがない。
ならば簡単だ。
「そんな奴、存在しなければいい」
夢の中で勝手に作り上げた名前。
それなら全部ただの悪夢で片づけられる。
No.1の覚醒と同じ日に妙な夢を見たという、とんでもなく気味の悪い偶然ではあるが、それでも偶然だ。
カイルは使徒に関する資料を探し、何冊かの本を机へ積み上げた。
「ガイア……ガイア……」
ページをめくる。
歴代使徒。
その能力。
活動した時代。
討伐に参加した勇者。
大量の記録を目で追っていき――指が止まった。
「…………」
もう一度見る。
見間違いではない。
そこには、はっきりと書かれていた。
《不滅の使徒ガイア》。
「……いた」
背中に嫌な汗が流れた。
死を受け入れない限り、何度でも蘇る。
夢の中で聞いたものと同じ能力。
その不死性によって当時の勇者たちを苦しめ、殺しても殺しても蘇り続けた使徒。
そして最終的に勇者たちが選んだ攻略法は――。
「海に沈めた?」
カイルは思わず顔をしかめた。
正確には海底へ封じ込めたらしい。
蘇るなら、蘇った直後にまた死ぬ環境へ置けばいい。
海底で窒息する。
死ぬ。
蘇る。
また窒息する。
死ぬ。
再び蘇る。
それを延々と繰り返した末、ついにガイア自身が死を受け入れ、その不滅性を失った。
「……えげつねえ」
勇者怖い。
カイルは本気でそう思った。
だが今は、ガイアの最期に同情している場合ではない。
一人いた。
しかも名前だけでなく、能力まで一致した。
「いや、まだ一人だ」
偶然。
まだその可能性は残っている。
カイルは今度は魔王についての資料を引っ張り出した。
「マエストロ……マエストロ……」
頼む。
いないでくれ。
そう願いながらページをめくり――。
「…………あった」
《死奏者マエストロ》。
指揮棒による命令。
演奏による洗脳。
人間や魔物を意のままに操り、大軍すら支配下に置いた魔王。
「一致してるじゃねえか……」
カイルは額を押さえた。
名前だけではない。
能力まで夢の中で聞いたものと同じだった。
こうなると、さすがに偶然で押し通すのは苦しい。
それでもカイルは資料を閉じなかった。
どうせなら最後まで調べる。
これほど強力な魔王なのだ。さぞ壮絶な戦いの末に討伐されたのだろう。
そう思いながら討伐記録へ目を通し――。
「……ん?」
カイルの目が止まった。
そこには当時、マエストロ討伐に参加した勇者本人の手記が引用されていた。
マエストロが操る軍勢との正面衝突を避け、勇者は単独で迂回。
警戒の薄い後方から接近。
マエストロ本人へ奇襲。
暗殺成功。
以上。
「…………」
カイルはページをめくった。
続きはなかった。
「終わり?」
あまりにもあっさりしている。
しかも、その下には当時の勇者が残した感想まで記録されていた。
『本人クソ弱すぎワロタ』
「…………」
三度読み返した。
やっぱり書いてある。
「歴史資料に何残してんだ、この勇者……」
だが、記録を見る限り誇張でもないらしい。
能力は強い。
恐ろしく強い。
軍勢を支配下に置いている限り、真正面から攻略するのは極めて困難。
ただし、本人が弱い。
とにかく弱い。
背後を取られて奇襲され、そのまま死亡。
「…………」
カイルは右側に置いたガイアの資料を見る。
殺しても蘇る。
また殺しても蘇る。
何度殺しても蘇るので、最終的には海底へ沈められた。
窒息。
死亡。
復活。
窒息。
死亡。
復活。
それを繰り返した末、本人が死を受け入れてようやく討伐。
次に左側のマエストロを見る。
後ろからこっそり殺された。
「…………」
片や、死ななさすぎて海底で死に続けた。
片や、本人が弱すぎて暗殺された挙げ句、後世まで残る手記で笑われた。
そして、その二人の権能を自分は押しつけられたらしい。
「こいつら……本当に最強だったのか?」
そこで、昨夜の白い神の言葉が蘇った。
『我々が現在保有する中で、最強の使徒と魔王の力だ』
「…………」
現在保有する中で。
カイルは眉を寄せた。
「…………あ」
気づいた。
「《手元にある》最強だ」
歴代最強とは、一言も言っていない。
「…………」
なるほど。
嘘ではない。
確かに嘘はついていない。
「こりゃ一本取られた…………」
カイルは静かに頷いた。
一拍置いて。
「詐欺だァァァァァァァァァァ!!」
「図書館ではお静かに!!」
「すいません!!」
反射的に頭を下げる。
静寂が戻った図書館で、カイルは小さく息を吐いた。
「……もう嫌だ、あいつら」
しかし、これで少なくとも一つは分かった。
昨夜の夢は、ただの夢ではない可能性が極めて高い。
ガイアは実在した。
マエストロも実在した。
能力まで一致している。
そして今朝、No.1《始まりの勇者》が覚醒した。
自分の中に本当に二体の権能があるのかは、まだ確認していない。
だが、確認するのが怖くなってきた。
もし使えたら。
その瞬間、完全に言い逃れができなくなる。
「…………」
勇者武器を壊す。
壊さなければ、自分が勇者に殺される。
そして、その勇者の先頭に立つNo.1の適合者は――よりによって幼馴染。
まずい。
非常にまずい。
今後どうする。
自分の力を確認するべきか。
いや、下手な場所で使って誰かに見られたら、それこそ終わる。
勇者武器についてももっと調べなければならない。
何よりリリアとは、しばらく距離を置いた方が――。
「みつけた」
「ぎょええええええええええええええ!!」
「図書館ではお静かに!!」
「すいません!!」
今日二度目の謝罪をしてから、カイルは固まった。
聞き間違えるはずがない。
何年一緒にいると思っている。
恐る恐る。
本当に恐る恐る。
カイルは後ろを振り返った。
そこには、白い髪を長く伸ばした少女が立っていた。
リリア・アステル。
幼い頃からずっと一緒に育ってきた幼馴染。
カイルを勇者学園まで引っ張ってきた張本人。
そして今日。
勇者武器No.1《始まりの勇者》に選ばれた少女。
「カイル」
リリアはじっと彼を見つめた。
「どうして逃げたの?」
「…………」
逃げたの、バレてる。
カイルはそっと視線を逸らした。
昨夜、白い神から告げられた言葉が嫌でも蘇ってくる。
『勇者武器を破壊しなければ、君が勇者たちに殺される』
そして目の前にいるのは、その勇者たちの中でも特別なNo.1。
カイルは思った。
――神様。
今からでも返品できませんか。
残存勇者武器:100




