第1話 神との遭遇
第1話 神との遭遇
気がつけば、カイル・エルデンは何もない場所に立っていた。
空がない。
壁もない。
地面らしきものに両足はついているのに、そこが石なのか土なのかすら分からない。どこまで続いているのかも判然とせず、ただ果てのない空間だけが広がっている。
「……なんだ、ここ?」
当然、返事はない。
カイルは辺りを見回した。
前にも何もない。後ろにも何もない。右も左も同じ。
そこで、もう一つ重要な問題に気がついた。
「……誰だ、俺は」
口にしてから、少し怖くなった。
「いや、待て待て」
まず名前。
「カイル・エルデン」
出てきた。
次。
「勇者学園、従者学科。サポーター専攻」
これも大丈夫。
物資管理、食料、装備、輸送、補給経路、遠征計画。勇者が華々しく戦う裏側で、必要なものを必要な場所へ届けるための勉強をする、従者学科でも特に人気のない専攻だ。
「勇者になりたい幼馴染に引っ張られて入学。俺自身は勇者になる気なし」
そこまで確認して、カイルは頷いた。
「うん、よし。自分は分かるな」
少なくとも記憶喪失ではない。
となれば問題は、自分が誰かではなく、ここがどこなのかだ。
カイルが改めて周囲を確認しようと顔を上げ――止まった。
二人いる。
「…………」
さっきまで、誰もいなかったはずだ。
それが今は、少し離れた場所に二人の人影が立っている。
一人は、とにかく目にうるさかった。
赤、青、黄、緑。何色使えば気が済むのかと思うほどカラフルで、しかも色だけではない。左右で袖の長さが違えば、生地も違う。あちこちに継ぎ目が走り、まるで何着もの服を切って、適当に縫い合わせて一着にしたような格好だった。
ちぐはぐで、ツギハギだらけ。
統一感など欠片もない。
もう一人は、その真逆だった。
白。
上から下まで白一色。
装飾らしい装飾すらない簡素な服で、それなのに不思議とみすぼらしさは感じない。汚れもなければ、皺一つない。
カイルはその姿を眺めて、真っ先に思った。
――カレーうどんは食べられなさそうだな。
一滴でも汁を飛ばしたら大惨事である。
そんなことを考えてから、カイルは二人へ尋ねた。
「誰だ、お前ら」
「神だ」
白い方が答えた。
「神だよ」
カラフルな方も答えた。
「…………」
二人いる。
しかも、どちらも迷いがない。
カイルがどう反応したものか考えている間に、白い神が口を開いた。
「カイル・エルデン。お前に勇者武器の破壊を命じる」
「嫌だが?」
即答だった。
二柱の神が揃って黙った。
カイルも黙る。
何もない空間に、妙な沈黙が流れた。
「……話くらい聞け」
先に口を開いたのは白い神だった。
「嫌だよ」
カイルは当然のように返した。
「勇者武器は世界を守ってるんだぞ。それを壊せって言われて、はい分かりましたってなる奴がいるか」
「それはそうだ」
「認めるのかよ」
「勇者武器が世界を守っている。それ自体は間違っていない」
あっさり肯定されて、逆にカイルが困った。
ならば、なぜ壊す。
「だが、その『守っている』ことこそが問題なのだ」
「……どういう意味だ?」
白い神は少し間を置いてから答えた。
「本来、この世界は我ら二柱がそれぞれの使者を送り込むことで、進化の均衡を保っていた」
使者。
その言葉だけで、カイルにも何を指しているのか分かった。
「使徒と魔王か」
「そうだ。我が送り込む使徒は世界に秩序をもたらす。争いを抑え、人々をまとめ、法を定め、文明を発展させる」
「そしてぇ!」
突然、カラフルな神が両手を広げた。
「みんな同じことばっかりするようになって、世界が固まって、つまんなーくなってきたところで私の魔王!」
「……何するんだよ」
「壊す!」
満面の笑みだった。
「国も、常識も、価値観も! 積み上げてきたものをぐっちゃぐちゃにして、今までなかったものが生まれる余地を作る!」
「迷惑だな」
「そうとも言う!」
「それ以外になんて言うんだ」
人類が魔王を災厄として語り継いでいる理由が、よく分かった気がした。
「秩序によって積み上げ、混沌によって崩す」
白い神が話を戻す。
「そして崩れたものから新たなものが生まれ、それを再び積み上げる。その繰り返しによって、世界は長い時間をかけて進化する。それが本来の形だった」
「……お前ら、仲間なのか?」
「違うよ?」
カラフルな神が即答する。
「大っ嫌い!」
「我もだ」
「そこだけ息ぴったりだな」
秩序と混沌。
確かに仲良くできるような組み合わせではない。
だが、人間から見ればどちらも神の使者を送り込んでくる迷惑な存在でも、世界全体から見れば両者の繰り返しそのものに意味があったらしい。
「じゃあ、勇者武器がそれを邪魔してるのか?」
「少し違う」
白い神は否定した。
「勇者武器は使徒を倒す。魔王を倒す。ゆえに我らは、それに対抗できるよう次の使者を強くする」
「そうしたら?」
「勇者武器も強くなる」
カイルの眉が寄る。
「すると?」
「さらに強い使者を送り込む」
「……おい」
「勇者武器も、それを倒すためにより強大な力を――」
「待て待て待て。もう分かった」
カイルは手を上げて話を止めた。
「お前らが強くする。勇者武器も強くなる。だからまたお前らが強くする。それでまた勇者武器も強くなる。ずっとそれを繰り返してるのか?」
「そうだ」
「馬鹿なのか?」
「必要な対抗措置だ」
「向こうも同じこと考えてるから終わらなくなってるんだろ」
白い神は何も答えなかった。
どうやら図星らしい。
「でもさ」
カイルは少し考える。
「強くなってるだけなら、それでいいんじゃないのか? 少なくとも弱くなるよりは」
「強ければ良いというものではない」
今度はカラフルな神がカイルの前へ出てきた。
「例えばね、ものすっごく強い毒を持った生き物がいるとするでしょ?」
「急に何の話だ」
「食べられたくないから、もっと強い毒を持つようになる。敵もその毒に耐えられるようになる。だからもっと強い毒にする。もっと、もっと、もーっと!」
話しながら身振りまで大きくなっていく。
「でもね。毒が強くなったら、その生き物自身も自分の毒で死なないように強くならなきゃいけない」
「まあ、そうだな」
「じゃあ毒の進化に、自分自身の耐性の進化が追いつかなかったら?」
カイルは少し考えた。
「……自分の毒で死ぬ?」
「大正解!」
ぱちぱちと拍手された。
馬鹿にされているような気もしたが、言いたいことは分かった。
「今の世界が、その状態に近づいている」
白い神が言った。
「使徒が強くなる。魔王が強くなる。勇者が強くなる。それに合わせて人間も、魔物も、文明も変化を迫られる。本来なら長い時間をかけて互いに適応しながら進むはずの進化が、勇者武器を中心とした際限のない対抗によって加速し続けている」
「そのうち、どれかが追いつけなくなる?」
「そうだ」
「そして世界そのものが、自分で生み出した力に耐えられなくなる」
「そうなる前に止めなければならない」
なるほど。
最初に突然「勇者武器を破壊しろ」と言われた時よりは、ずっと話が分かる。
勇者武器が世界を守っているというのは嘘ではない。
使徒や魔王から人類を守り続けてきた。
だが、守るための力が強くなりすぎれば、それに対抗する側も強くなる。その繰り返しが世界そのものを巻き込んでいる。
「だから勇者武器を壊せ、と」
「そうだ」
「なるほど」
カイルは頷いた。
「嫌だが?」
「なぜだ」
「問題があるのは分かった。でも、なんで俺がやるんだよ」
世界が大変らしい。
それは理解した。
だからといって、カイル・エルデンが百の勇者武器を破壊して回らなければならない理由にはならない。
「自分の立場を考えてみろ」
白い神に言われ、カイルは自分を指さした。
「俺の?」
「そうだ」
「勇者学園、従者学科。超不人気サポーター専攻」
「そうだ」
「自分で言って悲しくなってきたんだが」
実際に人気がないのだから仕方がない。
「では聞こう。勇者武器の大半はどこに保管されている?」
「そりゃ……」
答えかけて、カイルは止まった。
「……勇者学園」
「勇者武器についての情報が世界で最も集められている場所は?」
「…………勇者学園」
嫌な予感がしてきた。
「そんな勇者学園に在籍し、内部を自由に動くことができる。そして勇者に憧れも忠誠心も持っていない者は?」
「…………」
二柱の神がカイルを見る。
カイルも二柱を見る。
「…………俺?」
「そうだ」
「やったね!」
「嬉しくねえよ!」
カラフルな神の拍手を、カイルは即座に止めた。
「待て。まさかそれだけか? 神様に選ばれるんだぞ? 何かあるだろ。実は特別な才能があるとか、ものすごい素質を秘めてるとか」
「ない」
「即答するな!」
「むしろお前の勇者としての資質は平凡だ」
「知ってるよ!」
そうでなければ従者学科にいない。
勇者になる気がないとはいえ、自分にずば抜けた才能が隠されているなどと思ったこともない。
「だが、それが好都合なのだ」
白い神は淡々と続ける。
「勇者ではない。勇者に心酔していない。しかし勇者学園に所属しているため、勇者武器とその情報の双方に接触する機会がある」
「さらにサポーター専攻!」
カラフルな神が指を立てた。
「物資に装備に輸送に補給! 勇者の近くをうろうろしてても全然不自然じゃない!」
「うろうろ言うな」
「条件には極めて合理的に合致している」
二柱が揃ってカイルを見る。
「適任だ」
「消去法じゃねえか!」
神に選ばれた。
言葉だけなら、もう少し格好いいものを想像する。
神に認められた才能だとか、世界を救うための特別な資質だとか、そういうものが一つくらいあってもよさそうなものだ。
実際は、勇者学園にいるくせに勇者に興味がないから。
「……人選、雑すぎないか?」
「無論、我々もただ応援するだけではない」
「応援だけだったら今すぐ帰るぞ」
「お前には我らから力を授ける」
カイルの表情が変わった。
「力?」
「我々が現在保有する中で、最強の使徒と魔王の力だ」
それなら少し話が変わってくる。
使徒と魔王。
勇者の始祖がわざわざ百の勇者武器を作り上げなければならなかったほどの存在。その中でも最強だという。
「我からは《不滅の使徒ガイア》」
白い神が告げる。
「不滅?」
「死を受け入れない限り、何度でも蘇る」
「……めちゃくちゃ強そうじゃん」
殺しても死なない。
単純だが、それだけに恐ろしい。
「そして私からは《死奏者マエストロ》!」
カラフルな神が楽しそうに続けた。
「指揮棒で命令! 演奏で洗脳! いっぱい操れるよ!」
「こっちはちゃんと魔王だな」
「でしょ?」
胸を張るところなのだろうか。
だが、どちらも強力なのは間違いなさそうだった。
不滅の使徒と死奏者の魔王。
神々が保有している中で最強の二体。
百の勇者武器を破壊するなどという無茶をさせる以上、それくらいの力は必要なのだろう。
そこで、カイルはふと疑問に思った。
「……なあ」
「なんだ」
「その二人、今どこにいる?」
二柱が黙った。
「最強なんだろ?」
「そうだ」
「じゃあ、なんでお前らの手元に力が残ってるんだ?」
「…………」
「…………」
嫌な予感がする。
「もしかして、勇者に負けた?」
「負けた」
「負けてんじゃねえか!」
最強と聞いて少しでも期待した自分が馬鹿だった。
「でもそいつらは勇者に負けてるんだろ! もっと新しいの出せよ!」
「……すまんな」
白い神が珍しく視線を逸らした。
「何が?」
「力がなくて」
「神だろ!?」
「神にも限界はある」
知りたくなかった。
神の限界など、できれば一生知らずにいたかった。
「両者とも勇者との戦いで失われている」
「じゃあ何を俺にくれるんだよ!」
「残っていた権能の中から、比較的損傷の少ないものを選んだ」
「比較的」
「二人で頑張って直したんだよ!」
カラフルな神が胸を張る。
「頑張って」
「使えるようにはした!」
「使えるようには」
言葉を重ねるほど不安になっていく。
「……新品は?」
「ない」
「もっと強いのは?」
「ない」
「完全な状態の力は?」
「ない」
「…………」
二柱がカイルを見る。
「頑張ってね!」
「嫌だが!?」
何が悲しくて、一度勇者に負けて壊れた力の修理品を渡され、百の勇者武器を相手にしなければならないのか。
「大丈夫」
カラフルな神が笑った。
「何が大丈夫なんだよ」
「もう力は渡したから」
「…………は?」
カイルが固まった。
聞き間違いかと思った。
「今、なんて?」
「もう渡したよ?」
「いつ!?」
「さっき」
「俺の許可は!?」
「おめでとう!」
ぱちぱちぱち。
カラフルな神が満面の笑みで拍手する。
「君は世界で初めての、《使徒》であり《魔王》というダブルジョブだよ!」
「…………」
ぱちぱちぱち。
何もない世界に、場違いな拍手だけが響いた。
「はぁ!? お前、勝手に……!」
怒鳴りかけて、カイルは止まった。
使徒。
魔王。
その二つの言葉を、頭の中でもう一度並べる。
「……使徒であり、魔王?」
「そうだ」
白い神が頷いた。
「…………」
カイルは考えた。
使徒と魔王が何なのか。
それはこの世界に生きていれば、子供でも知っている。
人類にとっての災厄。
そして、それらに対抗するために作られたものが――勇者武器。
「それって……勇者にとって討伐対象では?」
「そうだ」
「…………」
カイルは二柱を見る。
二柱もカイルを見る。
「つまり?」
「勇者武器を破壊しなければ――」
白い神は、最後まで淡々としていた。
「君が勇者たちに殺される」
一瞬。
静寂が訪れた。
そして。
「この邪神共がァァァァァァァァァァ!!」
カイルの絶叫が、何もない世界に響き渡った。
その瞬間、世界が消えた。
「――ッ!?」
カイルは跳ね起きた。
息が荒い。
心臓が激しく鳴っている。
目の前にあるのは、見慣れた自分の部屋だった。
いつものベッド。
いつもの天井。
窓からは朝の光が差し込んでいる。
「…………夢?」
あまりにも滅茶苦茶だった。
神が二柱出てきた。
勇者武器を壊せと言われた。
断った。
世界が危ないと説明された。
それでも断った。
そしたら勝手に力を押しつけられた。
しかも、一度勇者に負けた使徒と魔王の修理品。
そして自分は今や、使徒であり魔王らしい。
「……夢だな」
そうに決まっている。
カイルは再び枕へ身体を沈めた。
「神がそんな無茶苦茶するわけないだろ……」
今日はいつも通り勇者学園へ行く。
従者学科で授業を受ける。
勇者になりたい幼馴染に振り回されながら、いつも通りの一日を過ごす。
昨日までと何も変わらない。
そう思いながら、カイルはもう一度目を閉じた。
その頃。
勇者学園の最深部。
数多の勇者武器が厳重に保管された神殿で――
長い間、ただ一人の適合者も選ぶことのなかった一本の勇者武器が、静かに目を覚ましていた。
勇者武器No.1。
《始まりの勇者》。
使徒、あるいは魔王が世界へ現れた時、最初に覚醒する勇者武器。
そしてそれは今、新たな適合者を選んだ。
その意味を。
自分がその原因であることを。
カイルは、まだ知らない。
残存勇者武器:100




