第21話 大遠征・中編
第21話 大遠征・中編
カイルが「事務方全員集合だごらぁ!!」と叫んでから数日。
もちろん、その一声で翌日に全員が集まったわけではない。
最初に顔を出したのは学園やその近辺にいた者だけだった。それから別の依頼を終えて戻ってきた者が加わり、遠方のパーティからは直接学園へ向かう代わりに、連絡窓口を決めたという返事が届く。
そうして一人、また一人と実務を担当する者同士が繋がり、ようやくカイル一人が全員分の変更に振り回される状況から抜け出しつつあった。
「また増えたな」
放課後、いつもの教室へ入ったカイルは、昨日までいなかった顔を見つけた。
直接集まれる者だけでも、これでかなりの人数になった。
もっとも、その顔ぶれはカイルが想像していた「事務方」とはずいぶん違う。
剣を腰に下げた男もいる。治療を担当しているらしい女性もいる。サポート専攻出身者だけを集めたわけではないのだから当然なのだが、中には従者ですらない者まで混じっていた。
「……No.35《鞄の勇者》、ロイド・キャリー?」
「そうだけど」
「勇者本人が来たんですか?」
「うちじゃ俺がやってるからな」
本人は何を不思議がっているのか分からないという顔だった。
「予定とか物資の管理を?」
「主に物資だな。俺の《収納》に何を入れてるか、一番分かってるのは俺だろ。わざわざ他の奴を寄越して、そいつ経由で俺に確認する方が面倒だ」
「ああ……確かに」
勇者だからといって、勇者らしい仕事だけしているわけではないらしい。
カイルはロイドにも席を勧め、自分も机についた。
「じゃあ始めましょう。まず、自分のパーティだけで処理できる変更は、そっちでお願いします。全体の人数とか、移動とか、宿泊に影響する時だけ俺に回してください」
「最初からそうすりゃよかっただろ」
「それに気づくまで数日かかったんですよ」
「苦労したな」
「主に自業自得で」
そこからは早かった。
昨日までなら、従者一人の予定が変わっただけでもカイルのところへ情報が届き、全体への影響を一つずつ確認していた。今は、その程度なら各パーティ内で勝手に処理される。
「こっちは一人、参加できなくなった。ただ移動方法は変わらん」
「じゃあ人数だけ修正してください」
「途中合流の時間が少しずれる。全体を待たせるほどじゃないから、こっちで追いつく」
「了解」
「現地集合組から到着予定が来たぞ」
「そこ置いといてください」
聞けば誰かが答える。
知らなければ、そのパーティを知っている人間へ投げればいい。
それだけのことで、机の上から書類が目に見えて減っていった。
「……めちゃくちゃ楽じゃん」
「何が?」
「いや、なんでもないです」
数日前の自分に教えてやりたい。
お前は他人のパーティの予定まで一人で管理する必要はない、と。
とはいえ、人手を増やしただけで全てが解決したわけではない。
しばらく話を進めたところで、経験の長いパーティから来ていた一人が、広げられた地図を見ながら口を挟んだ。
「ところで、今回の想定は?」
「想定?」
「何が起きたことにして遠征するんだ?」
カイルは一瞬考えた。
「勇者連合の合同訓練ですけど」
「それは目的だろ」
「……違うんですか?」
「違う。合同訓練をするために集まるのは分かってる。俺が聞いてるのは、本番なら何が起きて俺たちが集められたことにするのかって話だ」
カイルの手が止まった。
「ただ全員でどこかへ行って、適当に魔物と戦って帰ってきても意味ないだろ。勇者連合として動く練習をしたいんじゃないのか?」
「まあ……そうですね」
「だったら状況を決めた方がいい。街が襲われたのか、何かの討伐なのか、調査なのか。それで持っていく物も動き方も変わる」
「……なるほど」
考えていなかった。
カイルが気にしていたのは、どうやって大人数を運ぶか、どこで寝かせるか、どうやって食わせるか。
遠征そのものを成立させることばかり考えて、その遠征で何をするのかが抜け落ちていた。
「今の状況に合わせるなら、魔王か使徒関係じゃないか?」
「でも、どっちも見つかってませんよ」
「だから訓練なんだろ。たとえば――魔王らしきものが目撃された、とかな」
何人かが頷いた。
「正体不明。ただし魔王の可能性あり。それで調査のため勇者を招集」
「いいんじゃないか?」
「本物かどうかも分からない方が訓練になるな」
カイルも頷きながら、新しい紙を引き寄せた。
魔王らしきものが目撃された。
ただし、それが本当に魔王なのかは不明。何ができるのかも、何をしているのかも分からない。
その情報を受け、勇者たちが調査と必要に応じた対処のために集められた。
「じゃあ、目撃地点に使えそうな場所を――」
「いや、待て」
「今度は何です?」
「そこへ直接行くのか?」
「……駄目なんですか?」
「魔王かもしれない奴がいる場所に、大人数で荷物抱えて?」
「…………あ」
言われてみればその通りだった。
「まず少し離れた場所に拠点を置くだろ。周辺の安全を確認して、野営できる状態を作る。簡単でいいから守れるようにもしておきたい。物資を置く場所と救護場所も決める。何かあった時に逃げる方向もな」
「それから目撃地点を調べる?」
「そういうことだ」
目的地を決めるための条件が、一気に増えた。
ところが条件が増えたことで、それまで何となく並べていた候補地を明確に比べられるようになった。
大人数が野営できる広さ。
物資を運び込める経路。
水の確保。
周辺を警戒しやすい地形。
いざという時に複数方向へ離脱できること。
そして、魔王らしきものが目撃されたという想定地点から近すぎないこと。
「ここは?」
「狭いな」
「じゃあ消し」
「こっちは水がある」
「退路が一方向しかない」
「消し」
「なら、ここは?」
地図を囲んでいた何人かが顔を寄せる。
実際に近辺を訪れた経験のある者から情報を聞き、最終的に一つの地域へ絞り込む。
そこからは、驚くほど話が早かった。
拠点候補地が決まれば、学園からの経路が決まる。
経路が決まれば、途中合流組をどこで拾うのか決められる。現地集合組にも場所を伝えられる。
各地点を通過する人数が分かれば、必要な移動手段も見えてくる。
そして輸送の話になったところで、ロイドが地図の横に置かれた物資表を引き寄せた。
「これ、全部馬車で運ぶつもりか?」
「そのつもりでしたけど」
「無駄だろ。俺に入れろ」
「どのくらい?」
「かなり」
「かなりって……」
「俺の《収納》は、入れてる量に応じて維持する魔力を食う。限界近くまで詰めれば簡単な魔法も使えなくなるが――」
ロイドは教室に集まっている面々を見回した。
「今回、勇者だけで何人いると思ってる。俺一人まで戦闘用の魔力を残す必要ないだろ」
「自分から荷車になるんですか?」
「高性能荷車と言え」
「そこ大事なんだ……」
「ただし、全部ロイドに突っ込むのはなしだぞ」
別の実務担当者がすぐに口を挟んだ。
「途中で分断された時、No.35と別れた奴らが何も持ってませんじゃ話にならん」
「それはそうだな」
ロイド自身もあっさり同意した。
「各自が必要な物は自分で持て。調査班に分かれるなら、そっちでも必要な物は分散させる。その上で、拠点用の資材とか予備の物資を俺に回せ」
「じゃあ共同物資を中心に……」
カイルが物資表を書き換える。
各自が持つ最低限の装備はそのまま。
班単位で必要になる物も分散する。
その上で、拠点設営用の資材や予備の食料など、すぐには使わない大量の共同物資を《鞄》へ回す。
「これなら馬車減らせますね」
「一台?」
「二台いける」
「《鞄》すげえな」
「今さらかよ」
カイルは輸送計画を書き直しながら、ふと手を止めた。
No.35の能力を知っただけで、計画がかなり変わった。
ならば当然――他の勇者についても同じことが言える。
「……参加する勇者の能力、まとめません?」
「まとめてないのか?」
「学園の基本資料はありますけど、実際どう使ってるかまでは」
カイルは地図の拠点候補地を指した。
「ここを守る人、設営する人、目撃地点を調べに行く人で分けるんですよね。何ができるか分からないと配置できないでしょう」
「確かにな」
「だったら今分かる範囲だけでも出すか」
誰も疑問を持たなかった。
むしろ遠征計画を作るなら当然の作業だった。
「No.44《雷鳴の勇者》は?」
「今代は避雷針を出す」
「避雷針?」
「それを刺した場所に雷を落とすんだ。地面でも対象でも、まず刺す必要がある」
「……拠点の中では使わせたくないですね」
「だろ?」
「外周か、調査班の護衛候補で」
カイルが書き込む。
「No.60《獣の勇者》は?」
「《獣化》。今代はオオカミ型だ」
「全身?」
「どっちもできる。丸ごとオオカミにもなれるし、耳や鼻、脚だけ変えることもできる」
「追跡は?」
「得意だぞ」
「じゃあ調査班の第一候補」
次々と情報が埋まっていく。
勇者武器の名前と能力だけなら学園の資料にもある。だが、実際に一緒に活動している者が知っているのは、その先だった。
どんな場面で使っているのか。
何が得意なのか。
どんな役割を任せているのか。
そして、どこまでなら無理なく任せられるのか。
「No.31《弓の勇者》。《射出》。今代は勇者武器を様々な弓へ変えられる。短弓から大型弩、機械式までいけるそうだ」
「遠距離担当には困らなそうですね。外周警戒か調査班の援護候補で」
カイルは書き込み、次の欄へ移った。
「No.22《護壁の勇者》は?」
「そこは今回、こっちに誰も出してないな」
「学園の資料だと《防護》か……」
「詳しい運用は本人に聞くしかない」
「じゃあ保留で」
分からないものは無理に埋めない。
遠方のパーティからも必要な情報を送ってもらい、実際に本人へ確認しなければならない部分には印を付ける。
やがて、参加勇者の能力と配置候補が一枚の資料として形になってきた。
「…………」
カイルはそれを見下ろした。
勇者武器の能力。
実戦での使い方。
得意な状況。
どんな役割を担っているのか。
遠征計画を作るために必要だから聞いただけなのに、気づけば自分が欲しかった情報までかなり集まっている。
「……これ、俺が欲しかったやつでは?」
「何か言ったか?」
「いや。配置考えてただけです」
カイルは何食わぬ顔で資料へ視線を戻した。
もちろん、これだけで相手を決めるつもりはない。
紙に書けるのは能力と、その使い方まで。
予定にないことが突然起きた時、その勇者がどう動くかまでは書いていない。
それは実際に見ればいい。
◇ ◇ ◇
昼間の仕事が急速に片づいていく一方で、夜の仕事はさらに先へ進んでいた。
その日、学園から戻ったカイルは自室へ入り、いつものように捕獲箱を覗き込んだ。
「……ゼロ?」
何もいない。
昨日は一匹だった。
その前は二匹。
猫に任せ始めた頃は朝になれば何匹も入っていたのに、ここ数日は目に見えて減っている。
命令した猫が仕事をやめたわけではない。
ならば――
「……捕まえ尽くした?」
さすがに町中からネズミが消えたわけではない。
捕まえた個体は《獣編》で命令を与えた後、外へ戻している。
つまり猫たちが普段動き回る範囲では、見つけるネズミのほとんどが、もう例の合図を返す側になったのだ。
捕まえるべき新顔がいない。
「猫、優秀すぎるだろ……」
数日前まで自分で夜道を歩き回っていたのが馬鹿らしくなる。
カイルは空の捕獲箱を閉じた。
人間の方も同じだった。
各パーティのことは、それぞれを一番よく知る者へ任せる。
自分より経験のある者からは、自分にない考え方を借りる。
それだけで、あれほど絡まっていた遠征計画が急速に形になった。
そして、その過程で勇者たちの情報まで集まった。
あとは現地で見るだけだ。
カイルが知りたいのは、誰が一番弱いかではない。
予定にないものが突然現れた時。
誰がすぐ次の行動へ移り、誰が止まるのか。
そのための準備も、もう整いつつある。
「さて」
カイルは机の上に置いた遠征計画へ目を落とした。
大人数を集めるだけだった話が、ようやく一つの遠征らしい形になってきた。
あとは――実際に行ってみるだけだ。
残存勇者武器:98
確保?:1




