第20話 大遠征・前編
第20話 大遠征・前編
「通ったぞ、カイル!」
翌日の昼休み。勢いよく教室の扉を開けたレオン・アルヴェインは、昨日No.3《聖剣の勇者》として覚醒したばかりとは思えないほど元気だった。
対するカイルは、その第一声だけで嫌な予感を覚えた。
「……何が?」
「大遠征だ!」
「マジで通ったのかよ……」
昨日、レオンが思いつき、そのまま学園へ持ち込んだ計画。
いつか魔王か使徒が見つかれば、覚醒した勇者たちは《勇者連合》として共に戦うことになる。ならば、その時になって初めて顔を合わせるより、今のうちに一度集まり、合同で実戦訓練をしておいた方がいい。
そこまではカイルにも理解できる。
問題は、その次だ。
どうせならNo.1とNo.3だけではなく、覚醒している勇者全員に声をかけよう。
レオンはそう言い出した。
公に覚醒が確認されている勇者は二十六人。全員が参加するとは思えないが、それでも十分すぎるほど大規模な話になる。さすがに学園も止めるだろうと思っていたのだが、どうやら訓練としての有用性を認められてしまったらしい。
「学園も協力してくれることになった! これで勇者全員に声をかけられるぞ!」
「……お前、昨日覚醒したばっかりなのに行動だけは早いな」
「善は急げというからな!」
「それで?」
「うむ!」
レオンは一枚の紙をカイルの机へ置いた。
嫌な予感がさらに強くなる。
大遠征実施に向けた準備について――そんな文字が一番上に並んでいた。
「……なんで俺に渡す?」
「カイルはサポート専攻だろう?」
「だから?」
「こういうことは得意だと聞いた!」
「誰に」
「リリアに!」
カイルは無言で立ち上がった。
ちょうど教室へ入ってきた幼馴染と目が合う。
「あ」
「お前か」
「いや、だってカイルこういうの得意じゃん」
「得意とやりたいは同じ意味じゃねえぞ」
「でも私とレオンじゃ、こういうの無理だよ?」
「堂々と言うな」
反論できないのが腹立たしい。
レオンを見ると、爽やかな笑顔を返された。リリアを見ると、当然のように期待した目を向けられている。
どうして発案者二人が揃って実務を他人に投げる気満々なのだろう。
「……とりあえず、どこまで決まってる?」
「覚醒している勇者全員に参加を呼びかける!」
「それは知ってる。日程は?」
「これからだ!」
「場所」
「これからだ!」
「参加人数」
「これから確認する!」
「つまり?」
「これから決める!」
「何も決まってねえじゃねえか!」
教室中の視線が集まった。
◇ ◇ ◇
そもそも、公に覚醒が確認されている二十六人の勇者全員が勇者学園にいるわけではない。
今回新たに覚醒した者もいれば、何年も前から勇者として活動している者もいる。すでに学園を卒業し、各地で依頼を受けている者も当然いた。
そのため、まずは学園を通じて各勇者へ正式な参加打診を送るところから始まった。
数日後、返事が届き始める。
「No.91から参加の返事が来たよ」
放課後、リリアから渡された書類を見て、カイルは少しだけ安心した。
「ガルド先輩か」
以前話を聞かせてもらったNo.91《鋼鉄の勇者》、ガルド・フェルゼン。知っている勇者が一人でもいるのはありがたい。
「今は学園からそんなに離れてないみたい。日程が決まれば合わせられるって」
「じゃあ参加予定、と。次は?」
「No.44。今は別の依頼中。日程次第では参加できるって」
「日程次第……」
その日程を決めるために、まず参加者の都合を確認している。
カイルはひとまず保留の欄へ名前を移した。
「次」
「No.77。遠方で活動中。参加できるなら現地集合を希望」
「現地って、まだ目的地決まってないんだけど」
「だから場所が決まってから改めて返事するって」
「はい、保留。次」
「No.60。参加希望。ただし今の依頼先から直接向かうから、遠征経路によっては途中で合流したいって」
「どこで?」
「経路が決まったら相談したいって」
「経路を決めるために集合方法を知りたいんだけどなあ……」
一つを決めるために別の情報が必要で、その別の情報を決めるには最初の情報が必要になる。
嫌な循環が生まれ始めていた。
「こっちは不参加。負傷療養中だって」
「了解」
「こっちも不参加」
「理由は?」
「育児休業中」
カイルの手が止まった。
「……育休?」
「うん」
「勇者って育休取るんだな」
「取るでしょ」
言われてみれば当たり前だった。勇者だろうが結婚もすれば子供もできる。
横で返答を確認していたレオンも書類を覗き込み、大きく頷いた。
「育児か! ならば仕方ないな!」
「お前、こういうところは話が早いよな」
「子供より大切な遠征などあるものか!」
「そこだけ聞くとすげえ立派なんだけどな」
「そこだけとはどういう意味だ?」
お前がこの面倒事を始めた張本人だという意味である。
◇ ◇ ◇
返事が増えるにつれ、別の問題も見えてきた。
勇者パーティは、勇者一人に従者五人の六人編成が基本となる。学園を卒業するには五人の従者を集めなければならないため、卒業した勇者なら少なくとも一度は六人パーティを完成させている。
だから最初、カイルは勇者本人の参加人数さえ分かれば、そこから同行者の数もある程度予想できると思っていた。
甘かった。
若い勇者のパーティほど六人に近い形を維持しているが、十年、二十年と活動すれば事情も変わる。従者が引退することもあれば、別の道へ進むこともある。欠員を補充するパーティもあれば、長年付き合った仲間が減ったまま少人数で活動しているところもある。
さらに今回、パーティに在籍している全員が参加するとも限らない。
「本人と従者五人、全員参加」
「六人。よし」
「こっちは本人と従者三人」
「四人」
「こっちは本人は学園集合。従者二人は別の依頼が終わってから途中合流」
「……待って。じゃあ最初から同じ人数で計算できないな」
カイルは新しい紙を取り出した。
学園集合。
途中合流。
現地集合。
ひとまず三つに分ければ整理できると思ったのだが、そこへ参加日程まで絡み始めた。
「現地集合だけど、二日目からなら参加可能」
「二日目から……はい」
「こっちは学園から一緒に出発。ただし従者一人が途中で帰るって」
「……はい」
「こっちは――」
「ちょっと待って。今書くから」
名前の横へ情報を書き足す。
いつ、どこで、何人になるのか。
それが分からなければ、移動手段も食料も決められない。宿泊場所の規模も変わる。
そんな中、一枚の返答にカイルの目が止まった。
「No.22《護壁の勇者》……参加?」
「うん。同行者は二人だって」
「二人?」
かなりの古参勇者だった。引退が近いという話くらいは、カイルも聞いたことがある。
書類によれば、かつてのパーティメンバーの大半はすでに引退しているらしい。今回同行するのは、現在も活動を共にしている古参の従者が一人。そしてもう一人――
「……孫?」
「研修を兼ねて連れてくるみたい」
「孫連れてくるのかよ」
隣の書類には、勇者を含めた六人全員で参加すると書かれた若いパーティ。
片や六人。
片や三人。
年齢も違えば活動歴も違う。今いる場所も、パーティの人数も、それぞれの事情も違う。
そんな連中を一度に集めようとしている。
「カイル!」
ちょうど、その原因を作った男がやってきた。
「どうだ! 順調か!」
「お前にはこれが順調に見えるのか?」
机の上には、参加、不参加、保留、日程次第、現地集合、途中合流、学園集合と書き込まれた紙が広がっている。
レオンはしばらくそれを眺め、大きく頷いた。
「大変そうだな!」
「他人事みたいに言うな!」
◇ ◇ ◇
もっとも、カイルにとって今回の大遠征は面倒なだけの行事ではなかった。
No.63《杭の勇者》を破壊したことで、勇者武器そのものが壊せることは分かった。しかし、あれはまだ誰も選んでいない勇者武器だった。
次に試したいのは、すでに適合者を選んだ勇者武器。
刻印へ収納でき、必要なら持ち主の元へ呼び戻すこともできる以上、No.63のように持ち帰って何時間も壊し続ける方法は使えない。
だからこそ、相手選びは慎重に行う必要がある。
カイルが探したいのは、単純に戦闘能力の低い勇者ではない。
想定外の事態に弱い勇者だ。
戦闘能力が低くても、予定外のことが起きた瞬間に状況を判断し、逃げたり仲間へ指示を出したりできる相手では困る。逆に、どれほど強くても、予想していなかった事態に遭遇すると判断が遅れる相手なら狙いやすい。
今回の大遠征なら、多くの勇者を同じ場所で観察できる。
問題は、どうやって調べるか。
訓練中にわざと危険な状況を作るわけにはいかない。怪しまれる以前に、他の参加者まで巻き込む可能性がある。
危険ではない。
けれど、誰も予想していない。
突然起きれば、ほんの一瞬だけ「何だ?」と考えてしまうようなこと。
しばらく考えて、カイルは思いついた。
「……ネズミでいいか」
「何が?」
向かいで書類を整理していたリリアが顔を上げる。
「なんでもない」
大量のネズミを用意して、勇者たちの前を一斉に走り抜けさせる。
ただそれだけだ。
襲わせない。噛ませない。勇者武器にも触らせない。
驚いたって構わない。悲鳴を上げても、それだけで候補にするつもりはない。
重要なのは、その次。
すぐ周囲を確認するのか。
ネズミが来た方向を見るのか。
何かから逃げている可能性を考えるのか。
それとも、意味の分からない出来事を前に思考が止まるのか。
「……使えるな」
「だから何が?」
「遠征のこと考えてんだよ」
「怪しい」
「仕事戻れ」
「カイルの仕事手伝ってるんだけど!?」
◇ ◇ ◇
その日の夜。
カイルは捕獲用の箱を持って、人気のない場所を歩いていた。
《洗脳の音楽・獣編》を使えば、捕まえたネズミへ命令を与えること自体は難しくない。
問題は、その前。
ネズミを捕まえなければ始まらない。
「いた」
物陰を走った小さな影を追う。
逃げ込んだ先を確認し、回り込む。せっかく見つけても、殺してしまっては意味がない。大遠征まで生かしておく必要があるので、生け捕りが前提になる。
ようやく一匹を確保した頃には、思っていた以上に時間が経っていた。
「……これを何十匹も?」
箱の中のネズミを見る。
面倒くさい。
だが、やると決めた以上は数を揃えなければならない。
捕まえたネズミへ《獣編》を聞かせ、必要な命令を与える。大遠征まで部屋で飼い続けるわけにもいかないので、一度野へ戻した。
翌日も、昼は大遠征の準備。
夜はネズミ探し。
さらに翌日も、参加予定者から新しい返事が届いた。
「現地集合予定だったパーティが、学園集合へ変更したいそうです」
「はい」
「ただし従者二人は予定どおり現地集合で」
「……はい」
「途中合流予定の一人から、合流地点変更の希望が来ています」
「どこからどこへ?」
「第一中継地点から第二中継地点へ」
「到着予定は?」
「夕方です」
「俺たち第二中継地点を昼に通過する予定なんだけど」
「では経路を――」
「一人のために全体変えるの?」
「確認します」
放課後までそんなやり取りを続け、夜になれば再びネズミを探す。
数日も続けると、さすがにカイルにも疲労が溜まった。
「カイル、昨日ちゃんと寝た?」
「寝た」
「何時間?」
「時間に意味なんてあるのか?」
「あるよ!」
リリアの追及を聞き流しながら、カイルは変更された人数を計算し直した。
昼は参加者の予定。
夜はネズミ。
遠征準備はともかく、ネズミ捕りまで自分で始めたのは自分なので誰にも文句を言えない。
その夜も捕獲箱を持って外へ出たカイルは、物陰で一匹のネズミを見つけた。
追おうとした、その時だった。
別の影が走った。
「うわ」
猫だった。
カイルが追いかけようとしていたネズミへ一直線に向かっていく。
ネズミは慌てて逃げ、猫もその後を追って闇の向こうへ消えた。
「…………」
カイルは、その場に立ち尽くした。
ネズミを捕まえる猫。
当然の光景だった。
当然すぎて、今まで何も思わなかった。
「……いや」
カイルは手にした捕獲箱を見る。
次に、猫が消えた方向を見る。
「俺が捕まえる必要なくない?」
ネズミを捕まえるのが得意な奴が、今まさに目の前にいた。
◇ ◇ ◇
翌日の夜。
《洗脳の音楽・獣編》を聞かせた猫の前に、カイルは捕獲箱を置いた。
「ネズミを見つけたら、生きたまま捕まえろ。殺すな。捕まえたらこの箱に入れろ」
命令を与えた猫が夜の中へ消えていく。
あとは待つ。
翌朝、登校前に箱を確認したカイルは目を丸くした。
「……俺より捕まえてるじゃん」
当たり前と言えば当たり前だった。
相手は猫である。
ネズミ探しに関して、カイルが勝てる理由など一つもない。
「餅は餅屋だな」
新しく捕まったネズミたちに《獣編》を聞かせる。
これで一気に効率が上がる。
ただし、一度命令を与えたネズミを野へ戻せば、猫が再び捕まえてくる可能性があった。
そこで、ネズミには猫を見つけた時、前足で地面を二回叩くよう命じる。
猫には、その合図をしたネズミを見つけたら、自分も前足で二回叩き返し、捕獲しないよう命令する。
ネズミからすれば、二回返してくる猫はカイルの命令下にいる味方。逃げる必要はない。
返してこない猫なら、カイルとは無関係な猫なので逃げればいい。
簡単な合図だが、これで一度確保したネズミを部屋で飼い続ける必要も、同じ個体を何度も捕まえる無駄もなくなる。
「よし」
試しに一匹のネズミと猫を向かい合わせる。
ネズミが前足を二回、地面へ落とした。
トン、トン。
猫も前足を持ち上げる。
トン、トン。
猫はネズミを追わない。
カイルは満足して頷いた。
「これなら楽勝だな」
最初からこうすればよかった。
自分で全部やろうとするから面倒になる。
得意な奴がいるなら、そいつに任せればいい。
餅は餅屋。
そんな当たり前のことを再確認して、カイルは学園へ向かった。
◇ ◇ ◇
「カイル、変更」
「はい」
放課後。
昨日まで現地集合だった一組が途中合流へ変わった。
「カイル、追加」
「はい」
参加を保留していた勇者から、従者四人を連れて参加するとの返事が届いた。
「カイル!」
「今度は何?」
レオンが新しい書類を持ってきた。
「従者が一人増えるそうだ!」
「どこのパーティ?」
「これだ!」
「集合方法は?」
「聞いていない!」
「確認してこい!」
「分かった!」
レオンが走っていく。
カイルは受け取った書類を机へ置き、参加者一覧を書き直した。
人数が変わった。
食料の概算を修正する。
途中合流が増えた。
移動計画を確認する。
現地集合組の到着予定が変わった。
宿営側にも修正が必要になる。
「…………」
カイルの手が止まった。
ふと、今朝のことを思い出す。
猫。
自分で何日もネズミを追いかけるより、猫に任せた方が遥かに早かった。
餅は餅屋。
得意な奴に任せればいい。
「…………ん?」
カイルは、ゆっくりと手元の書類へ視線を戻した。
これは誰の予定だ。
自分のパーティではない。
別の勇者パーティだ。
次の紙を見る。
これも違う。
さらに次。
これもだ。
「……リリア」
「なに?」
「勇者パーティって、普段誰が予定管理してる?」
「え?」
「依頼の日程とか、移動とか、宿とか、物資とか、金とか」
「パーティによるんじゃない? サポート専攻がいればその人かもしれないし、いなかったら得意な人がやると思うけど」
そうだ。
勇者パーティは、勇者一人と従者五人が基本。
学園を卒業したあと、何年も活動しているパーティだっている。
依頼を受ける。
予定を組む。
移動手段を確保する。
食料や装備を揃える。
宿を取る。
金を管理する。
当然、誰かがやっている。
サポート専攻とは限らない。
剣士かもしれない。魔法使いかもしれない。治療役かもしれない。
だが、各パーティに一人くらいは、こういう実務に慣れた奴がいるはずだ。
カイルは机の上を見た。
自分が数日かけて整理してきた、他人のパーティの予定。
もう一度、今朝の猫を思い出した。
「…………いるじゃん」
「何が?」
「俺以外にもいるじゃん!」
勢いよく立ち上がったカイルに、リリアが肩を跳ねさせた。
ちょうど戻ってきたレオンも足を止める。
「どうした、カイル!」
「レオン。参加予定の勇者パーティ全部に連絡!」
「何を伝える?」
「普段、予定とか物資とか金とか管理してる奴を一人出せ! サポート専攻じゃなくてもいい。そういう実務やってる奴だ!」
「分かった!」
「学園まで来られる奴は集合! 遠方にいる奴はすぐ連絡取れるようにしろ! 途中合流だろうが現地集合だろうが関係ねえ!」
数日分の疲労が一気に噴き出した。
カイルは机いっぱいに広がった書類を叩く。
「自分のパーティの予定くらい、自分たちで管理しろ!」
そして、教室中に響く声で叫んだ。
「参加予定の勇者パーティ! 事務方全員集合だごらぁ!!」
残存勇者武器:98
確保?:1
残存勇者武器:98
確保?:1




