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100人の勇者と勇者になれない俺  作者: AIの奴隷


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第18話 見えない本命

第18話 見えない本命

「さて。本命を捕まえに行こう」

 カイルがそう告げても、十二匹から返事はなかった。当然だ。ネズミと兎と猪である。

 ただ、指揮棒を振って前方を示せば、石喰いネズミ五匹がちょろちょろと走り出し、その後を跳ね角兎四匹が跳ね、最後に甲殻猪三匹が地面を鳴らしながら続く。

「…………」

 改めて見ると、ひどい一団だった。

 魔王が率いる最初の軍勢。言葉だけなら、もう少し禍々しい光景を想像する。漆黒の竜だとか、巨大な悪魔だとか、せめて見るからに凶悪そうな魔獣くらいはいてほしい。

 現実はネズミ、兎、猪。

「まあいい。見た目で戦うわけじゃないからな」

 むしろ、ここからだった。カイルが最初から欲しかった魔物は、この十二匹の中にはいない。

 森をさらに奥へ進む。人の通る道はとうに消え、足元には膝近くまで伸びた草が茂っている。頭上を覆う木々の枝葉は日差しを遮り、昼間だというのに薄暗い。

 やがて、カイルは足を止めた。

「この辺りだな」

 図鑑で調べた生息域。目当ての魔物は、この辺りを縄張りにしている。

 カイルは指揮棒を振り、石喰いネズミのうち一匹を前へ出した。

「お前はあそこまで行け。適当に動き回れ」

 ネズミが草むらへ入っていく。残る四匹にも、それぞれ別方向を指示した。ただし遠くへは行かせない。カイルからも、他の魔物からも確認できる範囲に留める。

 跳ね角兎と甲殻猪は自分の周囲へ待機させた。

 準備は終わった。あとは――来るかどうか。

 風が木々を揺らし、葉が擦れる。ネズミたちは何も知らないように地面を嗅ぎ、石を転がし、草の間を動き回っている。

 一分。二分。

「外したか?」

 もう少し場所を変えるか。そう考えた瞬間だった。

 ――ガサッ!

 一匹の石喰いネズミの横で、草が大きく倒れた。

「っ!」

 何もいない。

 なのにネズミの身体が横へ吹き飛んだ。

「離れろ!」

 指揮棒を振る。石喰いネズミが転がるように逃げ、その直後、今までネズミがいた地面が深く抉れた。

「来た……!」

 姿はない。だが、いる。

 草が沈む。一つ、二つ、三つ。まるで見えない何かが地面を蹴っているように、草むらだけが連続して揺れた。

 速い。想像していた以上に。

 カイルは指揮棒を握り直した。

 《ハインドウルフ》。

 大型の狼型魔物。速度と持久力に優れ、人一人を背に乗せても長距離を走ることができる。

 それだけなら、似たような魔物はいくらでもいる。こいつを本命に選んだ理由は別にあった。

 ――《隠身》。

 自身の姿を周囲から消す。

 今、目の前で起きているのがそれだ。

「分かってても厄介だな……!」

 草が揺れる。見えない何かが大きく旋回し、再び石喰いネズミへ迫った。

「散れ!」

 四方へネズミを逃がす。

 草の動きが止まった。

 獲物を選んでいる。

 次はどれだ。右か、左か。

 カイルが目を凝らす。分からない。草が動かなければ、そこに何かがいるのかさえ判断できない。

 だから――俺が見る必要はない。

 カイルは視線を下げた。

 四匹の跳ね角兎。その長い耳が動いた。

 一匹だけではない。四匹すべての耳が、同時に左へ向いた。

「――そこか!」

 指揮棒が振り下ろされる。

「一番、行け!」

 甲殻猪が地面を蹴った。巨体が一直線に突進する。何もない空間へ。

 一瞬、カイル自身にも不安がよぎった。本当にそこにいるのか。

 次の瞬間。

 ドゴンッ!!

 鈍い激突音が森に響いた。

「グルァッ!?」

 初めて、何もなかった空間から獣の咆哮が上がった。

「当たり!」

 甲殻猪の身体が横へ弾かれる。だが転倒はしない。四肢を踏ん張り、再び頭を下げた。

 ハインドウルフもそこにいる。姿は見えない。それでも、兎の耳が動く。

「右!」

 二匹目の甲殻猪が走る。直後、右側の草が激しく揺れた。ハインドウルフが回避した。

「逃がすな!」

 三匹目を進行方向へ走らせる。見えない獣が急停止したのだろう。土が抉れ、草が倒れた。そこへ一匹目が戻る。

 三方向。甲殻猪が囲む。

「よし!」

 いける。

 最初から、そのために集めた。

 石喰いネズミは囮。

 跳ね角兎は耳。

 甲殻猪は壁。

 一匹一匹なら、ハインドウルフには敵わない。だが、十二匹いる。

「追い込め!」

 三匹の甲殻猪が一斉に距離を詰めた。

 その瞬間、跳ね角兎の耳が跳ね上がった。

「――上?」

 枝が大きく揺れた。

「は!?」

 ハインドウルフが猪の背を踏み台にしたのだ。見えない巨体が包囲を飛び越える。

「後ろ!」

 振り返る。何も見えない。

 だが四匹の兎が一斉にこちらを向いた。

「俺!?」

 カイルは横へ飛んだ。

 直後、背後の木へ何かが激突する。幹が震え、樹皮が削れた。

「危なっ!」

 分かっていたが、想像以上に怖い。こんなものを正面から相手にして笛を吹けるわけがない。演奏を始めた瞬間に食われる。

「やっぱり、先に押さえるしかないな」

 カイルが立ち上がる。

 ハインドウルフはすでに動いていた。跳ね角兎の耳が右から左へ流れる。

「猪二番、左! 一番は正面!」

 二匹が動く。しかし、ハインドウルフはその間を抜けた。

 速い。

「ネズミ、右から出ろ!」

 二匹の石喰いネズミが草むらから飛び出した。ハインドウルフの注意が一瞬だけそちらへ向く。

「今だ! 三番!」

 横から甲殻猪が突っ込む。

 激突。

 今度は明確に何かを押した。甲殻猪の頭が何もない空間に食い込み、そのまま数歩前へ進む。

「グルルルルルッ!」

 低い唸り声。直後、猪の甲殻に傷が走った。

 爪だ。

 何も見えない空間から連続して攻撃を受け、それでも甲殻猪は退かない。

「一番、二番! 挟め!」

 左右から二匹。ハインドウルフが逃げようとする。

 跳ね角兎の耳が後ろへ向く。

「後ろだ! 塞げ!」

 一匹目が回り込む。三匹の猪が巨体を寄せ合い、見えない何かを中央へ押し込んだ。

「グルァァァァッ!!」

 咆哮。三匹の甲殻猪が揺れる。一匹が押し返された。

 カイルは指揮棒を握り直す。

 ここだ。

 甲殻猪を捕まえた時と同じ。笛を吹きながら指揮棒は使えない。なら、演奏を始める前に命令を全部渡す。

「聞け!」

 十二匹へ指揮棒を向ける。

「俺が演奏を終えるまで、ハインドウルフをこの場から逃がすな! 猪は押さえ込め! 兎は位置を追え! ネズミは逃げようとした方向へ出て注意を引け!」

 一度息を吸う。

「ただし、死ぬな。危なくなったら下がれ!」

 指揮棒を消し、笛を構えた。

 ここから先は十二匹に任せる。

 息を吹き込む。

 最初の音が森へ流れた。

 ――《洗脳の音楽・魔物編》。

 ハインドウルフが吠えた。

 猪を押し退けようと暴れ、一匹の甲殻猪が弾き飛ばされる。

 演奏は止めない。

 残る二匹が左右から押す。見えない何かが抜ける。

 跳ね角兎の耳が一斉に動いた。

 そこへ石喰いネズミが走る。見えない獣の進行方向を横切った。

 ハインドウルフが一瞬だけ足を止める。

 追いついた甲殻猪が横から叩き込んだ。

 音が乱れそうになる。

 カイルは笛だけに意識を集中する。

 吹け。

 俺の仕事はこれだ。

 こいつらには、もう命令を渡してある。

 猪が吠える。兎が跳ぶ。ネズミが走る。見えない狼が暴れる。

 その中心で、笛の音だけが続いていく。

 最初は一匹のネズミだった。それが五匹になり、五匹で兎を捕まえ、兎を加えて猪を捕まえた。

 そして今、その十二匹がカイル一人では近づくことさえ難しい魔物を追い詰めている。

 曲が終盤へ入る。

 ハインドウルフの抵抗が弱くなった。

 咆哮が消える。

 甲殻猪を押し返していた力が止まる。

 そして最後の音を吹き終えた。

 静寂。

 カイルはゆっくりと笛を下ろした。

 三匹の甲殻猪が、何もない空間を囲んでいる。四匹の跳ね角兎も、そこへ耳を向けたまま。石喰いネズミたちは少し離れた場所から様子を窺っている。

「…………」

 成功したのか?

 カイルは笛を消し、指揮棒を呼び出した。

 何もない場所へ、その先端を向ける。

「伏せろ」

 沈黙。

 そして。

 ――ざっ。

 草が沈んだ。

 何かが、伏せた。

「……よし」

 思わず笑みが漏れた。

「立て」

 草が戻る。

「右へ三歩」

 一歩。二歩。三歩。

 何も見えないのに、草だけが順番に踏み潰される。

「止まれ」

 止まった。

「…………捕まえた」

 今までで一番厄介だった。今までで一番危なかった。そして、今までで一番欲しかった。

「《隠身》を解け」

 命令が届く。

 最初に現れたのは輪郭だった。空気が歪むように景色が揺れ、その中から灰色の毛並みが浮かび上がっていく。

 太い四肢。長距離を走るための引き締まった胴。獲物へ食らいつくための大きな顎。人を背に乗せられるだけの大きな体。

 大型の狼が、そこにいた。

 《ハインドウルフ》。

 カイルが最初から狙っていた、本命。

「でか……」

 図鑑で寸法は知っていた。だが実物を見ると迫力が違う。

 これなら人一人を乗せても問題ない。

 カイルは慎重に近づき、その背へ手を置いた。ハインドウルフは動かない。

「よし。もう一回《隠身》」

 姿が消えた。

 手の先に毛の感触だけが残る。

「……俺は?」

 自分を見る。

 見えている。

「触ってるだけじゃ駄目か」

 一度解除させる。

 今度は背中へ跨がった。馬具などまだないので、毛を掴むしかない。

「《隠身》」

 ハインドウルフが消える。

 同時に。

「おお……!」

 自分の脚が消えた。胴が消え、腕が消え、身につけているものまで視界から消える。

 見下ろしても何もない。地面だけが見えている。

「これ……すげぇな」

 カイルは指揮棒を出した。

 見えない。

 手に持っている感覚はある。だが、指揮棒まで消えている。

「進め」

 ハインドウルフが歩く。

 何もない地面へ、一つ。また一つ。足跡が刻まれた。

 草を踏めば曲がる。小枝を踏めば音が鳴る。

「なるほど。存在そのものが消えてるわけじゃない」

 音は出る。匂いも残るだろう。泥を踏めば足跡も残す。水へ入れば波紋が立つ。

 それでも十分すぎる。

 速い。長距離を走れる。人を乗せられる。そして、乗っている俺まで消せる。

 学園から遠く離れた場所へ、ロストした勇者武器を探しに行く。その姿を誰にも見られずに。

「……当たりだな」

 《隠身》を解除する。

 灰色の巨狼と、その背に乗ったカイルが森の中へ姿を現した。

 その周囲には石喰いネズミが五匹。跳ね角兎が四匹。甲殻猪が三匹。そして、新たに加わったハインドウルフが一匹。

 カイルは十三匹を見回した。

「よし。お前も今日から魔王軍だ」

 ハインドウルフが静かにカイルを見上げる。

 返事はない。

「…………」

 やっぱり、魔王軍としての華が足りない気がする。

 だが、最初は一匹のネズミだった。それが五匹になり、兎を捕まえ、猪を捕まえ、ついにはハインドウルフまで捕まえた。

 十三匹になった今なら、次は何を捕まえられる?

 カイルは周囲に集まる魔物たちを見渡した。

 勇者に対抗するには、まだ足りない。

 それでも、できることは確実に増えている。

「これ、どこまで増やせるんだろうな」

 ハインドウルフの背に乗ったまま、カイルは帰路へ向けて指揮棒を振った。



残存勇者武器:98

確保?:1

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