第17話 魔王軍団一期生
第17話 魔王軍団一期生
翌日の放課後、俺は笛を吹いていた。
向かいではフィーネがハープを奏でている。俺の笛に柔らかなハープの音が重なり、二つの旋律が一つになって教室に響いていた。
最初の頃に比べれば、随分まともになったと思う。少なくとも、自分で吹いておいて「今のは本当に笛の音だったのか?」と疑問に思うことはなくなった。
譜面を追いながら演奏を続けていると、途中でハープの音が止まった。
「あ……カイルさん、ちょっとだけいいですか?」
俺も笛を口から離す。
「間違えたか?」
「いえ、間違いってほどじゃないんですけど……」
フィーネはそう前置きしてから、譜面の一箇所を指差した。
「ここの音、もう少しだけ短くした方が合わせやすいかなって」
「ここか?」
「はい。あ、でも、今のでもちゃんと吹けてましたよ? ただ、その……二人で合わせるなら、こっちの方が綺麗かなって」
「なるほど。じゃあ、もう一回やってみる」
「はい!」
最近はずっとこんな調子だ。
《魔物編》は、もう一人で最後まで吹けるようになった。だから今練習しているのは、その先。二人で演奏しなければならない《人間編》だ。
まだ一曲を通して演奏できるような段階ではない。譜面を区切り、フィーネに教えてもらいながら少しずつ合わせているところだった。
「じゃあ……ここからでいいですか?」
「ああ」
「私が合わせますから、カイルさんはあんまり私の方を気にしなくても大丈夫です」
「分かった」
俺が笛を構えると、フィーネもハープへ指を添える。最初の音を鳴らすと、少し遅れてハープの音が重なった。
さっき指摘された部分では、意識して音を少しだけ短くする。そのまま先へ進み、一区切りまで吹き終えてから笛を口から離した。
フィーネを見ると、嬉しそうに笑っていた。
「今の、すごくよかったです」
「本当か?」
「はい。ちゃんと合ってました」
「おお」
褒められた。
以前なら何が違ったのかすら分からなかったが、最近は少しだけ分かるようになってきた。
たぶん。
「カイルさん、本当に上手になりましたね」
「毎日やってるからな」
「はい。最初の頃は、その……」
フィーネの視線が泳いだ。
「なんだ」
「…………なんでもないです」
「待て。何を思い出した」
「な、なんでもないですよ」
「目を逸らすな」
「その……最初はちょっとだけ、音が……」
「音が?」
「…………元気だったので」
元気。
随分と優しい表現を選んだな。
「それは褒めてるのか?」
「えっ」
フィーネの肩が跳ねた。
「ち、違っ……あ、違うっていうのも違くて……」
「分かった分かった」
「でも今は本当に上手ですよ?」
「疑ってないって」
「本当ですか?」
「ああ」
「なら、よかったです……」
ほっと胸を撫で下ろしている。そんなに気にしなくてもいいのに。
「この調子なら、そのうち最初から最後まで一緒に演奏できると思います」
「そうか」
それはありがたい。《人間編》を実際に使える可能性が、それだけ上がるということだ。
「……楽しみですね」
フィーネが小さく笑う。
「そうだな」
俺も楽しみだ。
意味はたぶん、フィーネとは違うけど。
◇
練習を終えて廊下へ出た俺は、そのまま図書館へ向かうことにした。
昨日決めたことを、さっそく実行に移すためだ。
魔物を一匹、支配下に入れてみる。
そのためには、まず何を捕まえるか決めなければならない。
「カイル!」
図書館へ向かおうとしたところで、聞き慣れた声が飛んできた。振り向けば、白い髪を揺らしながらリリアが駆けてくる。
「練習終わった?」
「ああ」
「じゃあ行こ」
「どこに」
「みんな待ってるよ」
「聞いてないぞ」
「今言ったもん」
そういう問題じゃない。
「今日は無理だ」
「なんで?」
「調べ物がある」
「じゃあ私も行く」
「お前が?」
「うん。手伝う」
俺は思わずリリアの顔を見つめた。
「…………なに?」
「お前、本を開いて文字を追い始めたら十秒で眠くなるだろ」
「十秒もかからないよ?」
「なんで誇らしげなんだよ」
下手すれば悪化している。
「そんな奴が何を手伝うんだ?」
「カイルが読んで、私が聞く」
「それは手伝ってるんじゃなくて読み聞かせてもらってるだけだ」
「じゃあカイルが読むの手伝う」
「どうやって」
「隣にいる」
「帰れ」
「なんで!?」
なんでじゃない。
こいつを図書館へ連れていったところで、戦力になる未来がまったく見えない。むしろ俺が本を読んでいる横で暇になり、五分もしないうちに話しかけてくる姿まで簡単に想像できる。
「とにかく今日は一人で調べる。お前はみんなと行ってこい」
「カイルも一緒がいい」
「今日は無理」
リリアが不満そうに頬を膨らませる。
「じゃあ、終わったら来る?」
「早く終わったらな」
「絶対?」
「早く終わったら」
「絶対?」
「条件を消すな」
「むぅ……」
納得はしていないらしい。それでも本を読む手伝いという自分でも無理がある提案を押し通すのは諦めたようだった。
「じゃあ待ってるからね。ちゃんと来てね」
「早く終わったらな」
最後まで念を押してくるリリアを追い返し、俺は図書館へ向かった。
◇
魔物を一匹、支配下に置いてみる。
そう決めたはいいが、本当に何でもいいわけじゃない。どうせなら、今後役に立つ奴がいい。
図書館から何冊か魔物図鑑を持ってきて机の上に積み、俺は一冊目を開いた。
まず欲しいのは、移動手段だった。
今後も勇者武器を探すなら、学園が持っている情報だけに頼るつもりはない。必要なら自分で調べ、自分で探しに行く。そうなれば徒歩だけでは行動範囲に限界がある。
どうせ《魔物編》を試すなら、人を乗せられる魔物を支配してしまえばいい。
ただし、問題もあった。
俺が魔物を操れることを知られるわけにはいかない。そこから《死奏者の魔王マエストロ》に辿り着かれたら最悪だ。
人を乗せられること。移動に向いていること。俺でも捕獲できること。そのうえで、なるべく目立たないこと。
そんな条件を頭に置きながら図鑑をめくっていく。
「グランドリザード……違うな。でかすぎる」
人を乗せられ、力も強く、悪路にも強い。移動手段としては悪くないが、こんなものを連れ歩いていたら目立つなんてもんじゃない。
次。
「グリフォン……駄目だ。捕獲の難度が高すぎるな」
空を飛べて速く、人も乗せられる。移動能力だけで考えるなら文句なしだが、俺が捕まえに行ってどうにかなる相手じゃない。
蘇生できることは分かったが、だからといって死ぬ前提で挑む気はない。
死ぬのは痛い。
ものすごく痛い。
あれはできるだけ経験したくない。
その後もページをめくっていったが、なかなか条件に合う魔物は見つからなかった。危険すぎる、遅い、人を乗せられない、目立つ、そもそも捕まえられる気がしない。そんな理由で候補を一つずつ外していく。
そして、あるページで手が止まった。
「…………」
説明を一度読み、もう一度読む。大きさ、生態、能力、生息域まで順番に確認していくうちに、自然と口元が緩んだ。
「お。これならいける」
問題は、どうやって捕まえるかだ。
俺はそいつの生息域を確認すると、別の図鑑を引っ張り出した。今度は、その地域に生息する他の魔物を調べていく。
ページをめくり、時々戻る。別の図鑑も開いて比較し、気になった項目を何度か確認する。
やがて頭の中で一つの形が出来上がった。
「よし。これならいける」
図鑑を閉じる。
あとは必要なものを揃えるだけだ。
◇
数日後、俺は岩場の陰に座り、少し離れた場所に仕掛けた小さな箱罠を眺めていた。
中には餌として魔鉱石が入っている。俺の手元には厚手の革手袋、捕獲袋、救急用品など、必要になりそうなものを一通り用意してきた。
相手が弱いからといって油断するつもりはない。わざわざ一人で来ているんだ。何かあってから対処するより、何も起きないよう準備した方がいい。
あとは待つだけ。
「…………」
暇だ。
勇者なら、この辺りで魔物と格好よく戦っているのかもしれない。
俺は岩陰で箱を眺めている。
どれくらい経っただろうか。
ガタンッ!
突然、箱罠から音がした。
「お」
立ち上がって近づき、中を覗き込む。
魔鉱石を抱えた小さな魔物が、こちらを警戒していた。
《石喰いネズミ》。
「ヂュッ!」
「よし。ちゃんとかかったな」
箱が開かないことを確認してから、俺は笛を取り出した。
《魔物編》。
練習では何度も吹いたが、本物の魔物を相手にするのは初めてだ。譜面を確認して息を吸い、最初の音を鳴らす。
岩場に笛の音が響いていく。
フィーネに聞かせれば、まだ色々と直されるんだろう。それでも途中で止まることなく、最後まで吹き切った。
「…………」
笛を下ろして箱の中を見る。
石喰いネズミはそこにいる。
見たところ、何も変わっていない。
成功したのか?
確認する方法は一つしかない。
俺は右手を前へ出し、意識を集中する。手の中に《死奏者の魔王マエストロ》の指揮棒が現れ、その先を石喰いネズミへ向けた。
――伏せろ。
「ヂュ」
石喰いネズミが、ぺたりと腹を地面につけた。
今度は指揮棒を軽く動かす。
――立て。
すぐに立ち上がる。
「おお……効いてる」
《魔物編》は、本当に魔物を支配できる。
それが確認できたところで、俺は用意してきた残りの箱罠へ目を向けた。
「もう少し捕まえるか」
一匹だけで終わらせる理由もない。せっかくここまで来たんだ。
それからは同じ作業の繰り返しだった。罠を仕掛けて待ち、石喰いネズミがかかれば《魔物編》を聞かせて支配下に置く。
最初こそ一匹ずつ指揮棒で命令が通るか確認していたが、三匹目ともなると俺にも余裕が出てきた。
試しに指揮棒を右へ向けると、三匹がぞろぞろと右へ移動する。今度は左へ向ければ、そのまま揃って左へ。止まれと命じれば、三匹ともぴたりと止まった。
「おお」
ちょっと面白い。
もう一度右へ動かしてみる。
三匹がぞろぞろと移動する。
「…………何をやってるんだ、俺は」
遊びに来たわけじゃない。
気を取り直して捕獲を続けた。幸い、石喰いネズミはこの辺りでは珍しくなく、餌になる魔鉱石も多めに用意してある。
そうして最終的に、俺の前には五匹の石喰いネズミが並んでいた。
「これくらいでいいか」
全員がこちらを見上げている。
弱い。
どう見ても弱い。
一匹なら、たぶん俺でも勝てる。二匹でもいける。五匹は……ちょっと嫌だな。噛まれたら普通に痛そうだ。
まあ、戦うつもりはないけど。
――ついてこい。
指揮棒で命じると、五匹が一斉に俺の後ろへ集まった。
「よし。次だ」
◇
岩場を離れ、低い草木が増え始めた辺りまで移動する。
地面へしゃがみ込んで確認すると、草の食べられた跡と小さな足跡が残っていた。図鑑で見たものと比べても間違いない。
「いるな」
今度の相手には、さっきと同じ方法は使えない。
罠で捕まえられないわけではないが、石喰いネズミよりずっと警戒心が強く、何より素早い。俺一人で追いかけても、まず捕まらない。
だからこそ、先にこいつらを捕まえた。
俺は足元に集まった五匹の石喰いネズミへ指揮棒を向け、散開するよう命令する。自分は近くの木陰へ移動し、しばらく様子を窺った。
やがて草むらが揺れ、一瞬だけ長い耳が見えた。
《跳ね角兎》。
名前の通り、頭に短い角を持った兎型の魔物だ。大きさは普通の兎より一回り大きい程度だが、脚力が強く、危険を感じれば一気に跳ねて逃げる。
まともに追いかけるつもりはない。
俺が指揮棒を構えて待っていると、草むらの向こうから一匹の石喰いネズミが飛び出した。
「ヂュッ!」
跳ね角兎が即座に反対方向へ跳ぶ。
しかし、そちらにも一匹。
方向を変えれば、さらに一匹。
「よし」
一匹なら簡単に逃げられる。だが、五匹なら話は別だ。
捕まえる必要はない。
追い込めばいい。
俺は指揮棒を動かしながら、石喰いネズミたちへ次々と指示を出す。右、左、前、回り込め。跳ね角兎が逃げるたび、進行方向へ別のネズミを飛び出させる。
一匹一匹なら跳ね角兎の方が圧倒的に速い。それでも逃げる方向を限定することはできる。
やがて跳ね角兎が、こちらへ向かって駆けてきた。
正確には――俺があらかじめ置いておいた網へ向かって。
勢いよく草むらを抜け、そのまま網へ突っ込む。
「キュッ!?」
絡まって暴れ始めるが、もう逃げられない。
「よし!」
俺は十分に距離を取ったまま笛を構え、《魔物編》を演奏する。最初は網の中で暴れていた跳ね角兎も、演奏そのものを止めることはできない。
最後まで吹き切ったところで笛を下ろし、指揮棒を握った。
――動くな。
跳ね角兎の動きが、ぴたりと止まる。
「よし。成功」
石喰いネズミだけじゃない。別の魔物にも《魔物編》は効く。
なら、ここで一匹だけ捕まえて終わる必要もない。
◇
二匹目は、一匹目より簡単だった。
当然といえば当然だ。
さっきまで俺の手駒は五匹だったが、今は石喰いネズミ五匹に跳ね角兎一匹が加わっている。
しかも跳ね角兎は速い。石喰いネズミでは回り込むのが間に合わなかった場所にも先回りできる。
逃げ道を塞ぎ、方向を変えさせ、その先へ石喰いネズミを配置する。網へ追い込んだら《魔物編》を聞かせ、指揮棒で命令が通ることを確認する。
同じ要領で三匹目を捕まえ、さらに四匹目。
「さすがにこれだけいれば十分だろ」
俺の前には、五匹の石喰いネズミと四匹の跳ね角兎が集まっていた。
合計九匹。
朝ここへ来たときには俺一人だったはずなのに、随分と大所帯になった。
「まあいい。まだ終わりじゃない」
指揮棒でついてくるよう命じると、九匹の魔物が一斉に俺の後を追い始める。
これはちょっと目立つな。
人に見られたらどう説明しよう。
野生の魔物に懐かれました。
無理がある。
俺は周囲に人がいないことを確認しながら、さらに奥へと進んだ。
◇
しばらく歩くと、地面の様子が変わってきた。
土があちこち掘り返され、低木が折れている。木の幹には、何かが身体を擦りつけたような跡もあった。
「この辺りか」
今度の相手は、俺が直接どうにかできる大きさじゃない。
少し高くなった岩場へ登り、周囲を確認する。ここなら、いきなり突っ込んでこられる心配は少ない。逃げ道もある。
「探すか」
石喰いネズミと跳ね角兎を散開させ、自分は岩の上から周囲を見張る。
しばらくすると、一匹の跳ね角兎が戻ってきた。
俺の前で止まる。
こいつに出しておいた命令は、見つけたら戻ってこい。
なら。
「案内しろ」
指揮棒を振ると、跳ね角兎が走り出した。
その後を追って少し進んだところで、低い唸り声が聞こえてくる。
「ブフッ」
いた。
《甲殻猪》。
石喰いネズミや跳ね角兎とは比べものにならない巨体を持つ猪型の魔物で、頭から肩にかけて硬い甲殻に覆われている。
正面から突進されたら――。
「…………死ぬな」
たぶん。
少なくとも試したくはない。
だから十分に距離を取る。
こいつと戦うのは俺じゃない。
指揮棒を上げると、まず四匹の跳ね角兎が甲殻猪の周囲へ散った。一匹が近づけば甲殻猪がそちらを向き、追おうとすれば別の一匹が反対側から姿を見せる。
「ブオッ!」
苛立った甲殻猪が何度も向きを変える。
そこへ石喰いネズミたちも加えた。
跳ね角兎へ注意を向けた隙に足元へ飛び込み、甲殻猪が反応すればすぐに散る。別方向からまた兎が近づき、今度はそちらへ意識を向けさせる。
完全に怒っている。
だが、狙いを一つに絞れていない。
九匹が代わる代わる注意を引きつけ、一匹を追おうとすれば別の奴が動く。
「いける」
俺は笛を取り出した。
ここからなら音は十分に届く。しかも甲殻猪の注意は、完全にあいつらへ向いている。
息を吸い、《魔物編》の演奏を始める。
甲殻猪が暴れ、跳ね角兎が逃げ、石喰いネズミが散る。その動きを指揮棒で制御しながら――。
「…………あ」
無理だ。
笛を吹きながら指揮棒は振れない。
慌てて演奏を止める。
今のままでは、演奏している間に新しい命令を出せなくなる。
少し考えて、すぐに答えが出た。
「なら、先に命令しておけばいいのか」
指揮棒を構え、跳ね角兎たちには俺が演奏を終えるまで攻撃を避けながら注意を引き続けるよう命令する。石喰いネズミには近づきすぎず、甲殻猪をこの場から逃がさないよう命じた。
それから指揮棒を消し、改めて笛を構える。
今度は途中で止めない。
俺が新しく指示を出さなくても、魔物たちは命令された通りに動き続ける。跳ね角兎を追えば逃げられ、向きを変えれば石喰いネズミが現れる。
その間にも笛の音は続き、最後の一音まで吹き切った。
すぐに指揮棒を出し、甲殻猪へ向ける。
――伏せろ。
「ブフッ」
巨体が、その場に腹をつけた。
「よし」
成功だ。
近づいて改めて見ると、やはりでかい。石喰いネズミとは比べるまでもなく、跳ね角兎より遥かに力もある。
「これも何匹か欲しいな」
一匹捕まえられた。
なら、二匹目はもっと楽になる。
◇
その予想は正しかった。
二匹目の甲殻猪を見つけた俺は、さっきと同じように石喰いネズミと跳ね角兎を配置した。
ただし、今回はそれだけじゃない。
俺の隣には、さっき捕まえた甲殻猪がいる。
――あいつを押さえろ。ただし殺すな。
指揮棒で命令した瞬間、甲殻猪が走り出した。
巨体から想像するより遥かに速い。
「ブオッ!?」
野生の甲殻猪も気づいて身構える。
次の瞬間、二つの巨体が正面から激突した。
ドンッ!
鈍い音が響く。
「うわ」
俺が食らったら間違いなく死ぬ。
二匹の甲殻猪がほぼ互角の力で押し合うが、そこへ横から跳ね角兎が飛び出した。
野生の甲殻猪が一瞬だけそちらへ反応する。
力が緩んだ。
その隙に、俺の甲殻猪が一気に押し込む。
さらに足元へ石喰いネズミたちが飛び込み、野生の甲殻猪は完全に体勢を崩した。
押し返そうにも正面には同じ甲殻猪。左右では跳ね角兎が動き回り、足元には石喰いネズミがいる。
「よし。これならいける」
今度は演奏を始める前に、俺が吹き終わるまでそいつを逃がさないよう全員へ命令しておく。
指揮棒を消し、《魔物編》を演奏する。
さっきより遥かに安定していた。
野生の甲殻猪が逃げようとしても、正面から俺の甲殻猪が押し返す。横へ逃げようとすれば跳ね角兎が邪魔をし、後ろへ下がろうとすれば石喰いネズミが動く。
俺は演奏に集中するだけでいい。
最後まで吹き切り、再び指揮棒を出す。
――伏せろ。
「ブフッ」
二匹目の甲殻猪が、その場に伏せた。
「…………楽になったな」
最初の一匹とは大違いだ。
そして二匹になれば、三匹目はさらに楽だった。
◇
すべての捕獲を終え、俺は改めて自分の前に並んだ魔物たちを眺めた。
石喰いネズミ、五匹。
跳ね角兎、四匹。
甲殻猪、三匹。
合計十二匹。
「増えたな」
「ヂュ」
「キュッ」
「ブフッ」
朝は一人だった。
それが今では十二匹の魔物を引き連れている。
試しに指揮棒を右へ振れば、十二匹が一斉に右を向く。左へ振れば、今度は全員が左を向いた。
前へ進め。
十二匹がぞろぞろと進む。
止まれ。
ぴたりと止まった。
「…………」
壮観。
かどうかは分からない。
ネズミと兎と猪だし。
でもまあ、魔物は魔物だ。しかも全員、俺の命令に従う。
となると。
「魔王の配下……」
口に出してから、改めて十二匹を見る。
石を食うネズミ。
角の生えた兎。
甲殻を背負った猪。
「…………思ってた魔王軍と違うな」
もっとこう、ドラゴンとか巨人とか、見るからに凶悪そうな魔物とか。魔王軍というなら、そういう連中を従えているものじゃないのか。
「ヂュ」
一匹の石喰いネズミが俺を見上げた。
「…………まあいいか」
最初からドラゴンを捕まえられるわけもない。
こいつらは、俺が初めて自分で支配した魔物たちだ。
それなら記念すべき最初の連中ということでいいだろう。
俺は十二匹を見渡した。
「よし。お前ら、魔王軍団一期生な」
「ヂュ」
「キュッ」
「ブフッ」
返事なのかは分からない。
たぶん違う。
魔王軍団一期生。
石喰いネズミ五匹。
跳ね角兎四匹。
甲殻猪三匹。
華々しさは一切ない。
だが、俺はこいつらを揃えるためにここまで来たわけじゃない。
森のさらに奥へ視線を向ける。
これだけ揃えば、ようやく次へ進める。
「行けるな」
指揮棒を向け、ついてくるよう命じる。
十二匹の魔物が一斉に動き出した。
さて。
本命を捕まえに行こう。
残存勇者武器:98
確保?:1




