第14話 初遠征
第14話 初遠征
「みんなでロスト武器を探しに行こう!」
新生No.1《始まりの勇者》パーティが結成されて、まだ数日。放課後、初めて六人揃って集まった席で、リリアは開口一番そう宣言した。
「ロスト武器?」
「うん。せっかくパーティも完成したんだし、何かみんなでやりたいでしょ?」
カイルとしても、提案そのものに異論はなかった。むしろロスト武器探索なら歓迎したいくらいだ。学園には行方不明となった勇者武器について、過去の目撃証言や調査記録が集められている。それらを利用すれば、誰にも怪しまれることなく堂々と勇者武器を探せる。
すでにNo.63《杭の勇者》は、この制度を利用した探索の末に発見し、破壊することに成功していた。
「いいんじゃないか?」
「ほんと?」
「ああ。どうせ何かやるなら――」
そこまで言って、カイルは気づいた。
(……いや待て。なんで俺、普通にこのパーティで活動する前提になってるんだ?)
ここは抜ける。
なるべく早く、波風を立てず、怪しまれないように抜ける。その方針は何一つ変わっていない。何しろNo.1《始まりの勇者》は、自分という魔王かつ使徒が存在するからこそ目覚めた勇者だ。正体が露見した時、そのパーティの中に討伐対象本人がいるなど冗談ではない。
(……まあ、ロスト武器は別だけど)
情報は欲しい。現物ならもっと欲しい。未覚醒の状態なら、No.63と同じように破壊できる可能性がある。
「それで? もう候補は決めてるのか?」
「これ!」
リリアから一枚の依頼書を渡された。
「もう選んでるのかよ」
「昨日見つけた」
「パーティ完成したの昨日だぞ」
「だから昨日見つけたの」
「行動が早い!」
若干の不安を覚えながらも、カイルは依頼書へ目を通した。
学園から北西へ数日の距離にある山岳地帯。かなり古いものではあるが、「岩場で奇妙な金属製の武器を見た」という証言が複数残っている。年代には多少のずれがあるものの、目撃地点はおおむね一致していた。
(……これ、結構当たりなんじゃないか?)
思わず身を乗り出す。目撃情報の確度は悪くない。誰かに持ち去られていなければ、まだ残っている可能性は十分ある。
そして、その下。
カイルの目が止まった。
危険度――高。
「…………」
「どう?」
リリアが期待に満ちた顔で覗き込んでくる。
「どう、じゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
絶叫が響いた。
「なんで結成したばっかりのパーティで危険度・高に突っ込むんだよ!」
「でも、六人いるよ?」
「六人いれば何でもできると思うな!」
「戦力なら問題ない」
セシルが淡々と口を挟んだ。
「魔物なら刺せる」
「お前は何でも刺せば解決すると思うな!」
「俺も皆さんを守ります」
「ボルクは頼もしい! でも問題は戦闘だけじゃない!」
「いっぱい撃てます」
「ミレイユはとりあえず杖を下ろそうか!」
「危険度が高いなら、負傷者も期待――」
「ノア、今なんて言おうとした?」
「いえ、何も」
「目を逸らすな!」
昨日、自分たちで選んだ四人である。能力については疑っていない。セシルは槍を使う優秀な前衛、ボルクは大盾を使う防御役。ミレイユは初級魔法しか使えない代わりに、その一発の軽さを異常な連射速度で補う。そしてノアは外傷治療、止血、解毒、軽度の疲労緩和まで扱える。
戦力だけなら、かなりバランスがいい。
自分で選んだのだから当然なのだが、それと遠征の準備は別問題だった。
「じゃあ聞くぞ。目的地まで何日かかる?」
沈黙。
「途中でどこに泊まる?」
沈黙。
「移動手段は?」
沈黙。
「六人分の食料と水は?」
沈黙。
「…………」
カイルは額を押さえた。
「何も考えてねぇ」
「カイルがいるから大丈夫かなって」
「俺を何だと思ってるんだ!?」
「頼りになる幼なじみ」
即答だった。
「そういうことを真顔で言うな! 断りづらくなるだろ!」
「断るの?」
「…………」
もう一度、依頼書を見る。
危険度――高。
その上には、ロスト武器らしき目撃情報。
「……行く」
「やった!」
(ロスト武器が悪い)
カイルは自分に言い聞かせた。
(俺は悪くない。こんな美味しそうな情報があるのが悪い)
◇
こうして、カイルの遠征準備が始まった。
目的地までは途中まで乗合馬車を利用し、最後の村から徒歩。途中の町では六人分の宿を確保し、山へ入ってからは野営になる。食料と水は紛失に備えて分散させ、全員に最低限の非常食を持たせる。
ロープ、簡易工具、雨具、毛布、火起こし道具、予備の光源、地図、方位磁針、予備の水袋。必要なものを書き出しては重量を計算し、優先度の低いものを削る。
治療用品だけはノア本人を呼んで相談した。
「包帯はもう少し欲しいですね」
「そんなに使うか?」
「危険度・高ですから」
「……増やすか」
「骨折した場合の固定具も」
「それも入れよう」
「大量出血への備えも――」
「ノア」
「はい?」
「ちょっと楽しそうじゃない?」
「気のせいです」
笑顔だった。
「お前を選んだの間違いだったかな……」
「傷つきますよ」
「治せるだろ」
「心の傷は専門外です」
そんなことを続けているうちに、カイルの部屋には六人分の遠征用品が並んでいた。
「…………俺、勇者武器を壊したいだけなんだけどな」
やっていることは完全に勇者パーティの遠征担当だった。
しかも困ったことに、こういう作業は嫌いではない。起こりそうな問題を考え、そのために必要なものを揃え、重量と重要度を比較して荷物を組む。サポート専攻で学んできたことが、そのまま形になっていく。
(達成感を覚えるな。違うぞ俺)
魔王である。
不滅の使徒でもある。
人類側からすれば討伐対象である。
そんな男が現在、No.1《始まりの勇者》御一行の宿を予約している。
「……絶対抜けよう」
◇
出発当日。
集合場所に現れた五人を見て、カイルはまず荷物を確認した。
「セシル。何持ってきた?」
「槍」
「それは見れば分かる。ほかは?」
「着替え」
「以上?」
「以上」
「お前、山を舐めてるだろ」
追加の荷物を押しつける。
「ボルク」
「着替えと食料、水、それから雨具を」
「おお……!」
「え?」
「まともだ……!」
「まだ二人目ですよ?」
「ミレイユ」
「杖、着替え、お菓子」
「二人目いたわ」
「糖分は重要です」
「否定はしない。でも主食を持ってこい」
ノアは治療用品をきちんと揃えていた。
そして最後。
「リリア」
「完璧!」
自信満々に鞄を開く。
着替え。
財布。
お菓子。
「…………」
「どう?」
「ミレイユと同レベル」
「えっ」
「なんで驚くんですか?」
ミレイユが少し傷ついた顔をした。
結局、カイルがあらかじめ用意していた物を全員へ振り分けることになった。
◇
旅の前半は、思ったより穏やかだった。
馬車に揺られているうちに、昨日までほとんど知らなかった四人とも自然に会話が増えていく。
「そういえば、お二人は本当に昔から一緒なんですよね?」
ノアがカイルとリリアを交互に見た。
「うん。家が隣だから」
「家族ぐるみだな」
「小さい頃は毎日のように遊んでたよ。カイルが木から落ちて泣いた時も――」
「待て」
「何?」
「その話はいらない」
「何歳?」
セシルが食いついた。
「五歳くらい」
「泣いてねぇ! 痛くて涙が出ただけだ!」
「それを泣いたと言う」
「セシル、お前どっちの味方だ!」
「事実の味方」
ボルクが吹き出した。
その横でミレイユがお菓子を食べながら二人を見る。
「付き合ってるんですか?」
「違う!」
カイルは即答した。
「違うよ。ただの幼なじみ」
「そうそう」
「でもカイルは私がいないと駄目だから」
「逆だろ! 昔からお前の後始末してるの俺だろ!」
「そんなことないよ」
「去年、川に落ちたの誰だ!」
「カイルが引っ張り上げてくれた」
「ほら!」
「それなら、リリアさんがカイルを必要としているのでは?」
ノアが首を傾げる。
「そういう結論に持っていくな!」
馬車の中に笑いが広がった。
その直後、カイルは車輪から混じる小さな異音に気づいた。
馬車を止めてもらって確認すると、固定部品が緩みかけている。少し先には長い下り坂があった。
「ボルク、悪い。少し車体を持ち上げられるか?」
「やってみます」
「セシルは馬を頼む。リリア、俺の荷物から工具箱」
「これ?」
「それ」
「私は?」
ミレイユが聞いた。
「待機」
「撃たなくていいんですか?」
「何を撃つんだよ」
「車輪?」
「壊すな!」
御者にも手伝ってもらいながら応急処置を終える。
「これなら次の町までは大丈夫」
「カイルって何でもできるんだね」
「何でもじゃない。必要になりそうな道具を持ってきただけだ」
「それができるのがすごいんじゃない?」
「頼りになる」
セシルまで続ける。
「やめろ」
「なぜ?」
「抜けづらくなる」
「何から?」
「こっちの話!」
◇
山へ入ってからは、街道の旅と同じようにはいかなかった。
前日の雨で道が潰れていれば事前に調べた迂回路へ回り、天候が崩れれば雨具を出す。セシルが一人で先行しようとすれば止め、ミレイユが焚き火へ火炎魔法を連射しようとすれば止めた。
「一発でいい!」
「火が小さいです」
「ここから薪に燃え移らせるんだよ!」
「あと十発くらい撃てば早いですよ?」
「森を焼く気か!」
そうしたやり取りを繰り返すうちに、五人も少しずつカイルの指示を聞くようになった。
山中で二度目の野営をした夜には、セシルの方から地図を覗き込んできた。
「明日は?」
「ここから目撃地点の周辺に入る。依頼書で危険度・高に指定されてるのもこの辺からだな」
焚き火の周りに五人が集まる。
「足場も悪いし、魔物の目撃も多い。何か見つけても勝手に近づかない。それと俺が止まれと言ったら、理由を聞く前に止まってくれ」
「分かった」
セシルが即答した。
「……ずいぶん素直になったな」
「ここまで、カイルの判断は正しかった」
「…………」
「だから聞く」
「私も」
ミレイユが手を挙げる。
ボルクとノアも頷いた。
「私は最初からカイルの言うこと聞いてるよ?」
「お前が一番聞いてねぇよ」
「ええ?」
笑いが起きた。
カイルもつられて笑いながら、ふと焚き火の向こうにいる五人を見た。
(……まずいな)
思っていたより、楽しい。
それぞれ癖は強いが悪い奴はいない。それどころか、能力の組み合わせまでかなりいい。
まあ、自分で選んだ四人なのだから当然なのだが。
(だから困ってんだよなぁ……)
このまま馴染む前に抜けなければならない。
◇
翌日の昼前。
危険度・高という評価が、ようやく環境だけを指しているのではないことを知った。
「……来る」
先頭を歩いていたセシルが槍を構えた。
木々の向こうで何かが動いた。
一つ。
二つ。
さらに奥にもいる。
低い唸り声が重なり、茂みの中から魔物が次々と姿を現した。
「多いな……」
カイルはすぐに周囲を確認した。
前方だけではない。右手の斜面にも動く影がある。こちらを囲もうとしている。
「ボルク、前! 道を塞いでくれ!」
「はい!」
大盾が地面へ叩きつけられる。
「セシルはボルクより前に出すぎるな! ミレイユはまだ撃つな!」
「まだ?」
「味方ごと撃つなよ!?」
「それくらい分かります」
「ならよし!」
リリアがカイルを見る。
「カイル!」
「全員集まれ! リリアの周りへ!」
散りかけていた六人が一度まとまる。
「今だ、リリア!」
「うん!」
リリアがポールフラッグを地面へ突き立てた。
直後、カイルは自分の身体が一気に軽くなるのを感じた。
「――っ!?」
ガルドとの実演でも強化は経験している。
だが、あの時とは違う。
今ここには六人いる。
「すご……」
思わず声が漏れた。
ボルクが前方から突っ込んできた魔物を大盾で受け止めた。激突音が響いたが、その巨体はほとんど後ろへ動かない。
「止めました!」
「そのまま頼む! セシル、右から回れ!」
「分かった」
セシルが飛び出す。
速い。
普段から高い身体能力が、さらに跳ね上がっている。ボルクの盾へ意識を向けていた一体の横へ一瞬で回り込み、槍で突き飛ばした。
「ミレイユ、ボルクの正面! 今なら撃てる!」
「待ってました」
初級魔法が飛んだ。
一発。
二発。
三発。
そこで終わらない。
次から次へと同じ魔法が放たれ、一発ごとの威力では倒れなかった魔物が連続して攻撃を浴びせられ、たまらず後退する。
「おお……!」
思わず見入ってしまった。
審査会で見た時にも分かっていた。
だが実戦で見ると、意味が違う。
一発が弱いなら、何発も当てればいい。
単純だが、ここまで徹底されると立派な火力だった。
「カイル!」
リリアの声で我に返る。
横から一体が回り込んできていた。
「うおっ!?」
慌てて飛び退く。
自分でも驚くほど身体が動いた。
その目の前へリリアが割り込み、ポールフラッグを振るう。まともに食らった魔物が横へ吹き飛んだ。
「ぼーっとしない!」
「悪い!」
「カイルは戦う人じゃないんだから後ろ!」
「分かってる!」
そうだ。
強化されたからといって、自分まで前へ出る必要はない。
カイルは戦場全体を見る。
ボルクが正面を止める。
その脇から抜けようとする魔物をセシルが潰す。
ミレイユが遠距離から数を削る。
リリアは穴が開きそうな場所へ走り、その都度押し返す。
ノアは――。
「ボルク、腕を!」
「え?」
「少し切れてます」
「これくらいなら――」
「治せる怪我を放置しないでください」
盾の陰で素早く治療している。
(……ちゃんと噛み合ってる)
なら、自分がやるべきことも決まっている。
「セシル、右に二体!」
「見えた」
「ミレイユ、そっちはセシルに任せろ! 正面を削って!」
「はい」
「ボルク、少し左! 抜けられる!」
「分かりました!」
「リリア、後ろ!」
「うん!」
声を飛ばすたび、誰かが動く。
しかも今度は、誰も「なぜ」と聞かなかった。
カイルが見つけた穴を、五人が埋めていく。
やがて最後の一体が逃げ出し、セシルが追おうとした。
「セシル、追うな!」
ぴたりと止まる。
「……分かった」
残った魔物が木々の向こうへ消えていった。
静かになった。
しばらく誰も口を開かなかった。
「……終わった?」
ミレイユが杖を下ろす。
「たぶんな」
カイルは周囲を見回してから、ようやく息を吐いた。
大きな怪我人はいない。
全員いる。
初めての実戦だったというのに、想像以上に上手くいった。
「強いな……」
無意識に呟いていた。
「誰が?」
リリアが聞く。
「俺たち」
答えてから、カイル自身が少し驚いた。
俺たち。
自然にそう言っていた。
リリアは嬉しそうに笑った。
「でしょ? カイルが選んだんだよ」
「…………」
そうだった。
セシルも、ボルクも、ミレイユも、ノアも。
自分で選んだ。
(……なんで俺、自分を殺すかもしれないパーティをこんな綺麗に完成させてんだ?)
今さらながら頭が痛くなった。
◇
魔物との戦闘からしばらくして、山道はさらに険しくなった。
昨日の雨の影響も残っている。足元には湿った土が多く、斜面側には崩れた跡もあった。
カイルは歩きながら何度も地面を見る。
そして。
「止まれ!!」
叫んだ。
五人全員が、その場で足を止めた。
誰一人、理由を聞かなかった。
直後。
前方の地面が崩れ落ちた。
「――っ!」
岩と土砂が轟音を立てながら谷底へ消えていく。
あと数歩進んでいたら、誰かが巻き込まれていた。
「……なるほど」
セシルが崩れた場所を見る。
「だから止まれと」
「足元が妙だった。まだ崩れるかもしれない。下がろう」
今度は説明を待たず、全員が動いた。
その瞬間。
地面の奥から、嫌な音がした。
「走れ!!」
亀裂が一気に広がった。
セシルが跳ぶ。ボルクがノアの身体を押し出し、ミレイユも残った足場へ飛び移った。
カイルも走る。
振り返った。
リリアの足元が消えた。
「リリア!」
考えるより先に身体が動いていた。
腕を掴み、残った足場へ引き戻す。
「カイル!?」
リリアの身体が地面へ転がった。
その反動で、踏み込んだカイルの足元が崩れる。
「――あ」
「カイル!!」
伸ばされた手は届かなかった。
身体が落ちる。
風が耳元で唸り、岩壁が迫った。
激突。
「がっ――!」
息が消えた。
身体が岩から跳ね、さらに落ちる。
痛い。
次の衝撃で、どこかが折れた。
それでも止まらない。
もう一度岩へぶつかった時には、何がどこへ当たったのかさえ分からなかった。
(……死ぬ)
妙に冷静に、その言葉だけが浮かんだ。
怖い。
まだ死にたくない。
勇者武器だって一つしか壊していない。
フィーネに音楽を教わる約束だってしたばかりだ。
(こんなところで――)
最後に空が見えた。
そして、何もなくなった。
◇
痛みがない。
音もない。
身体の感覚もない。
それなのに、思考だけは残っていた。
(…………)
最後に覚えているのは、岩へ叩きつけられた衝撃だった。
(俺……死んだのか?)
そう考えた直後。
何もない場所に、文字が浮かんだ。
《蘇生しますか?》
蘇生する
死ぬ
(…………は?)
カイルはしばらく意味を理解できなかった。
(選ぶの?)
《不滅の使徒ガイア》。
その力を持っていることは知っていた。だが、死んだ後に何が起きるのかまでは知らなかった。
ましてや、もう一方の選択肢は――。
(死ぬって……もう死んでるだろ)
突っ込みかけて、やめた。
たぶん、そういう意味ではない。
ここで終わるか。
それとも戻るか。
その選択なのだ。
そして、ガイアの最期が頭をよぎった。
海底へ沈められ、蘇っては窒息し、また死ぬことを繰り返した不滅の使徒。最後にはガイア自身が死を受け入れ、《不滅》は止まった。
(……これを、何回見たんだ?)
考えたくもなかった。
自分は一度死んだだけで、もう十分だった。
だが、今は戻れる。
(蘇生する)
選んだ。
「――っ、はぁっ!!」
肺へ空気が飛び込んできた。
心臓が激しく鳴る。
音が戻り、冷たい地面の感触が背中へ伝わってきた。
「はっ……はぁ……!」
何度も呼吸する。
手を握る。
動く。
足も動いた。
「…………」
カイルは震える手を開き、もう一度握った。
「……生きてる」
確かに死んだ。
それなのに、今は心臓が動いている。
「……マジで、生き返った」
その言葉が自分の口から出た直後だった。
「カイルぅぅぅぅぅ!!」
「……え?」
聞き慣れた声に、カイルは顔を上げた。
空から幼なじみが降ってきた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
落下してくるリリアの手にポールフラッグが現れる。崖壁へ突き立てて勢いを殺すと、残りの高さを飛び降り、危なげなく着地した。
「カイル!」
「…………」
カイルは胸を押さえた。
「危なっ……」
「え!?」
「今ので二回目死ぬところだった……!」
「何言ってるの!?」
生まれて初めて死んで、生まれて初めて生き返った直後、空から幼なじみが降ってきた。
心臓への負担が大きすぎる。
だが、駆け寄ってくるリリアを見ているうちに、別の疑問が浮かんだ。
「……お前」
「何!? どこか痛いの!?」
「今みたいに降りられるなら……」
「え?」
「俺、助けなくてもよかったんじゃね?」
「そうだよ!!」
怒鳴られた。
「私、あれくらいなら自分でなんとかできたよ!」
「……ですよね」
「なのになんでカイルが落ちるの!」
「咄嗟だったんだよ!」
「昔からそう!」
「何が!?」
「私のことになると考える前に動く!」
「そんなこと――」
「ある!」
即答された。
言い返そうとして、やめた。
今まさに自分がそれを証明したばかりだった。
「……でも、お前も飛び降りてきたじゃん」
「カイルが落ちたからでしょ!」
「ほら同じじゃねぇか!」
「私は大丈夫だもん!」
「俺だって――」
言いかけて、止まった。
一回死んでいる。
「俺だって……まあ……」
「何?」
「なんでもない」
危ない。
自分から正体を暴露するところだった。
リリアはまだ何か言いたそうだったが、ふいに表情が崩れた。
「……本当に大丈夫?」
「ああ」
「途中から見えなくなったし、呼んでも返事しないし……」
声が少し震えていた。
そこでようやく、カイルは気づいた。
本気で怖かったのだ。
「……悪かった」
「どこも怪我してない?」
「大丈夫」
「そんなわけないでしょ。あそこから落ちたんだよ?」
「途中で木に引っかかった」
即答した。
「木?」
「そう。運よく」
「どの辺?」
「……途中」
「途中のどこ?」
「必死だったから覚えてない!」
苦しい。
だが他に説明のしようがない。
「と、とにかく上に戻ろう! みんな待ってる!」
「カイル」
「何?」
「次はやめてね」
「何を?」
「私を庇って落ちるの」
「俺だって好きで落ちたんじゃねぇよ!」
◇
上へ戻ると、四人が待っていた。
ボルクはカイルの姿を見るなり大きく息を吐き、ミレイユはその場に座り込んだ。セシルも普段と変わらない顔をしているように見えて、真っ直ぐカイルのところまで歩いてくる。
「無事だったか」
「なんとかな」
「診せてください」
ノアが割り込んできた。
「大丈夫だって」
「診せてください」
「いや、本当に――」
「診せてください」
「分かったよ!」
結局、全身を確認された。
「……怪我がありませんね」
「運がよかったんだよ」
「擦り傷もほとんどない」
「木に引っかかったから」
「ずいぶん優しい木ですね」
「そういう木もあるんだよ!」
「初めて聞きました」
「俺も今日初めて知った!」
押し切るしかない。
ノアは明らかに納得していなかったが、代わりにセシルが口を開いた。
「カイル」
「今度は何だよ」
「お前も勝手に突っ込んだ」
「…………」
「私に一人で行くなと言った」
「言ったな」
「同じ」
「いや、あれは――」
「同じ」
「…………」
「次から勝手に行くな」
まさか自分が言われる側になるとは思わなかった。
「……分かったよ」
「約束」
「分かったって」
するとボルクも頷いた。
「俺たちも、もっと周りを見ます。カイルさん一人に頼りすぎてました」
「いや、俺はサポート専攻なんだから、それくらいは――」
「サポートする人を、誰かがサポートしてはいけないんですか?」
「…………」
何も言えなかった。
「いいこと言いますね」
ノアが感心したように頷く。
「では、次にカイルが怪我した時は僕が」
「怪我しない方向で考えろ!」
「残念です」
「何が!?」
笑いが起きた。
その横で、リリアだけはしばらくカイルの服の裾を掴んだままだった。
◇
目的地へ辿り着いてからは、ようやく本来のロスト武器探索が始まった。
古い地図と現在の地形を照らし合わせ、目撃地点を一つずつ回っていく。「岩の隙間に金属が見えた」という証言が残っている場所では、崩落した岩の周囲まで調べた。
「カイル、すごいやる気だね」
「当たり前だろ」
「危険度・高って分かった時はあんなに嫌がってたのに」
「発見したら報酬三倍だからな」
「カイル、お金好きだったっけ?」
「今日から好きになった」
(勇者武器の方がな)
何時間も探した。
人工物らしき破片を見つけた時には、カイルが真っ先に飛びついた。
違った。
土に埋まった金属を見つけた。
掘った。
ただの古い道具だった。
「…………」
「カイル?」
「なんでもない」
翌日も探した。
目撃情報の周辺まで範囲を広げた。
それでも見つからない。
情報が間違っていたのか、すでに誰かが持ち去ったのか、それともまだどこかに埋もれているのか。
分からない。
これ以上滞在を延ばせば帰りの予定にも影響する。
「……帰るか」
カイルは肩を落とした。
「カイル、すごく残念そう」
「そりゃな」
今回の遠征を思い返す。
六人分の準備をした。
馬車が壊れかけた。
雨にも降られた。
魔物の群れと戦った。
崖が崩れた。
一回死んだ。
生き返った直後に幼なじみが空から降ってきた。
そして肝心のロスト武器は――ない。
「……俺、何しに来たんだろ」
「初遠征?」
「そうだったな……」
◇
帰り道。
六人の空気は、来た時とは明らかに変わっていた。
「セシル」
「何?」
「先見てきてくれ。ボルクと」
「分かった」
「ミレイユ」
「撃っていいですか?」
「まだ何も出てない」
「予約です」
「却下」
「ノア、水は?」
「予定通りです。全員の体調も問題ありません」
「了解」
「カイル」
「なんだ、リリア」
「荷物、半分持つ」
「いいよ」
「駄目」
「なんで」
「六人なんだから」
言いながら、リリアが勝手に荷物を奪っていく。
ボルクも別の荷物を引き受け、セシルは前方を確認しながら時折後ろを見るようになった。ミレイユも勝手に魔法を撃たなくなり、ノアは全員の歩き方まで確認している。
そしてリリアは、カイルが崖側へ寄るたびに服を引っ張った。
「おい」
「何?」
「引っ張るな」
「落ちるから」
「落ちねぇよ!」
「一回落ちた」
「不可抗力だ!」
リリアは手を離さない。
カイルはため息をついてから、ほかの四人を見た。
悪くない。
認めたくはないが、かなりいいパーティになりつつある。
戦えば役割が噛み合った。
危険を知らせれば、全員が迷わず止まった。
自分が落ちれば心配され、戻ってくれば怒られた。
出発した時より、明らかに六人の距離が近くなっている。
「今回、ロスト武器は見つからなかったけどさ」
リリアが振り返った。
「来てよかったね」
「……そうか?」
「うん。みんなのこと、前より分かったし」
「悪くなかった」
セシルが頷く。
「俺もです。次はもっと上手く皆さんを守れると思います」
「次はもっと撃てます」
「次はもっと治療できます」
「お前ら、次がある前提なの?」
五人が揃ってカイルを見る。
「ないの?」
「…………」
間違いなく、パーティとしては成功している。
だからこそ。
(……絶対抜けよう)
出発前より、その決意は強固になっていた。
このまま馴染み続けたら、本当に抜けられなくなる。
それ以前に。
(俺、一回死んでるからな!?)
「次はどこに行こうか?」
「もう次の話してんの!?」
「今度は危険度・高じゃなくてもいいよ?」
「当たり前だ!」
「じゃあ危険度・中」
「低から始めろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
カイルの絶叫が山道に響いた。
新生No.1《始まりの勇者》パーティ、初めての遠征。
ロスト武器の発見には失敗した。
その代わり、六人の距離は出発前よりずっと近くなった。
カイルにとっては非常に不本意なことに。
初遠征は、大成功に終わった。
残存勇者武器:98
確保?:1




