第12話 音楽家への道
第12話 音楽家への道
覚醒済みの勇者武器を、どうやって壊すのか。
No.91《鋼鉄の勇者》を見て以来、その問題がカイルの頭から離れなくなっていた。
未覚醒だったNo.63《杭》は単純だった。見つけて、持ち帰って、壊す。実際には一晩中金槌を振り続ける羽目になったものの、手順そのものは分かりやすい。
しかし、覚醒済みとなると話が違う。
勇者武器は勇者の身体に刻まれたNo.へ格納できる。ガルドのNo.91も右胸の刻印から現れ、戦いが終われば再びそこへ戻っていった。
ならば奪ってしまえばいい――とは、どうにも思えない。
(そもそも、勇者以外でも使えるのか?)
そこからしてカイルは知らなかった。
勇者以外の人間でも覚醒済みの勇者武器を扱えるのか。勇者本人からどこまで離せるのか。そして、離れた場所にある勇者武器を刻印へ戻すことはできるのか。
分からないことだらけだ。
幸い、それを調べるための勇者武器なら身近にある。
◇
「フィーネ。ちょっと実験に付き合ってくれないか?」
「実験ですか?」
放課後。学園の練習室で、フィーネは首を傾げた。
「ああ。勇者武器について、ちょっと気になることがあってさ」
「いいですよ」
「まだ何するか言ってないけど」
「カイルさんなら大丈夫です」
「…………」
信頼が重い。
勇者武器を全部破壊しようとしている人間へ向けるものではない気がする。
「危ないことはしないから安心してくれ。まずNo.27を出してもらえる?」
「はい」
フィーネの身体に刻まれた《27》が淡く光り、その腕の中へハープが現れた。
No.27《ハープの勇者》。
フィーネに合わせて《アジャスト》された結果、戦闘能力を持たない代わりに、最高の音を奏でることへ極端に特化した勇者武器である。
「これ、俺が持ってもいい?」
「どうぞ」
差し出されたハープを慎重に受け取る。
――持てた。
弾き飛ばされることもなければ、突然持ち上げられないほど重くなることもない。
「普通に持てるな」
「持てますね」
「じゃあ……」
カイルは一本の弦へ指を掛けた。
フィーネが普段しているのを真似て、軽く弾く。
弦が震えた。
しかし――。
「…………」
何も聞こえない。
「……あれ?」
もう一度。
今度は少し強めに弾いてみる。
弦は確かに震えている。
なのに、音は出なかった。
「フィーネ。ちょっと弾いてみて」
「はい」
ハープを返す。
フィーネがカイルと同じ弦へ指を掛け、軽く弾いた。
ポロン――。
先ほどまでの沈黙が嘘のように、澄み切った音色が練習室へ響き渡った。
「…………なるほど」
もう一度借りて弾いてみる。
無音。
フィーネへ返す。
美しい音。
「何してるんですか?」
「確認」
「何のです?」
「……勇者武器って、本当に勇者専用なんだなって」
「ああ」
フィーネは納得したように頷いた。
カイルも頷く。
(持つことはできる。でも、使えない)
これは重要だった。
例えば強力な勇者武器を持つ勇者から武器を奪い、それを使って別の勇者武器を破壊する――そんな方法は使えない。
勇者武器を武器として使えるのは、それに選ばれた勇者だけ。
「じゃあ、次だな」
カイルは再びNo.27を受け取った。
「このまま持って離れてみる。フィーネはここにいてくれ」
「分かりました」
No.27を抱えたまま練習室を出る。
一歩、二歩。
何も起こらない。
そのまま廊下を進んでいく。
十メートル。
二十メートル。
やがて廊下の端まで来ても、No.27が消える様子はなかった。
(持ち主から離すこと自体はできる、と)
もっと遠くならどうなるかは分からない。別の校舎、学園の外、街の外まで持っていけば何か起きるのかもしれない。
だが、まず確認したいのは別のことだ。
「フィーネー!」
廊下の向こうへ声を張る。
「そのままNo.27を格納してみてくれ!」
「分かりましたー!」
直後。
「うおっ」
腕の中から重みが消えた。
つい先ほどまで確かに抱えていたNo.27が、跡形もなく消えている。
カイルは練習室へ戻った。
「できた?」
「はい。ちゃんと戻せました」
「距離が離れてても格納できるんだな」
「みたいですね」
カイルは頷く。
「……じゃあ、盗まれる心配はないな」
「はい」
フィーネも安心したように頷いた。
(まあ、俺も盗めなくなったが)
これで二つ。
他人が奪って使うことはできない。
そして、奪って逃げても勇者本人が格納できる。
(覚醒済みを盗んで、家でゆっくり金槌ってわけにはいかないか)
どうやらNo.63と同じ手段は通用しそうにない。
なら、どうする。
カイルは腕を組んだ。
勇者武器を使えるのは勇者本人だけ。
盗んでも呼び戻される。
だったら――。
(勇者本人に使わせればいい?)
そこで、一つの考えが浮かんだ。
勇者武器を破壊するために、別の勇者武器を使う。
それを扱えるのが勇者だけなら、その勇者本人に攻撃させればいい。
問題は、どうやって。
「…………」
ある。
一つだけ、心当たりがあった。
「フィーネ。もう一個いい?」
「はい?」
「ちょっと見てもらいたいものがあるんだ」
カイルは鞄の中から、一枚の楽譜を取り出した。
《死奏者マエストロ》が残した譜面。
――《洗脳の音楽・人間編》。
もちろん、そんな名前をフィーネに教えるつもりはない。
《獣編》はすでに試している。
フィーネの演奏を聞いた獣はカイルの命令に従った。廃坑ではリスへかなり複雑な指示を与えることにも成功している。
ならば《人間編》は。
もし、その名のとおり人間を操れるのなら。
そして、それが勇者にも通用するのなら。
(勇者に、勇者をぶつけられる)
カイル自身が強力な勇者と戦う必要はない。
勇者武器を破壊するために、別の勇者武器を使わせる。
もちろん本当に勇者へ効くかは分からないし、仮に使えたとしても多用は危険だ。
何の理由もなく勇者同士が争う事件が何度も起きれば、当然調べられる。《死奏者マエストロ》は過去に存在した以上、同じような事件を繰り返せば、いつかその存在へ辿り着く者が出てくるかもしれない。
使えるとしても、切り札。
だが選択肢として持っておく価値はある。
「これなんだけどさ」
「楽譜ですか?」
「ああ。俺じゃ見てもよく分からなくて。演奏できそう?」
「見てみますね」
フィーネは楽譜を受け取り、目を通し始めた。
カイルには、そこに並ぶ記号の意味などほとんど分からない。
マエストロから継承したのは指揮棒と譜面だけ。
演奏する技術も、作曲する技術も、楽譜を読み解く知識すら受け継いではいない。
「……あ」
「どうした?」
「これ、二重奏ですね」
「にじゅうそう?」
「二つのパートを一緒に演奏する曲です。この曲の場合、二つの楽器が必要ですね」
「……二つ?」
「はい」
「じゃあ、フィーネ一人じゃ無理?」
「無理ですよ。私、腕は二本しかありませんから」
「そりゃそうだ」
そう答えて――。
引っかかった。
「……腕?」
「はい?」
以前、《死奏者マエストロ》について図書館で調べた時に読んだ文献。
そこに記されていた特徴を思い出す。
――多腕。
人間とは明らかに異なる、複数の腕を持つ存在。
「…………」
「カイルさん?」
(二つの楽器が必要)
(マエストロは多腕)
まさか。
(あいつ、一人で二つの楽器を演奏してたのか……?)
確証はない。
だが、多腕なら不可能ではない。
そして当然ながら、カイルには真似できない。
腕は二本。
しかも、その二本で一つの楽器すら演奏できない。
(もう一人、演奏できる奴を探すか?)
いや。
それはできれば避けたい。
ただでさえフィーネには、この楽譜の本当の効果を隠している。事情を知らない演奏者をさらに増やせば、それだけ秘密が漏れる可能性も増える。
(だったら――俺が弾けばいい)
フィーネと自分。
二人で二つの楽器を演奏すればいい。
(……でも俺、何も弾けないぞ)
なら、覚えればいい。
楽譜も読めるようになった方がいいだろう。
それに、いつまでもマエストロが残した曲をそのまま使うしかないというのも困る。
もし自分で作曲できるようになれば、一つの楽器でも成立する曲を作れるかもしれない。あるいは今後、まったく別の効果を持つ曲を生み出せる可能性だってある。
(演奏と作曲……)
どちらか。
――いや。
(結局、両方できた方がいいよな)
そこまで考えて、カイルは顔を上げた。
目の前にはフィーネがいる。
No.27《ハープの勇者》。
少なくともカイルより遥かに音楽に詳しく、実際にハープを演奏できる少女。
「…………」
「?」
フィーネが首を傾げる。
(先生、いるじゃん)
「フィーネ」
「はい?」
「俺に音楽、教えてくれない?」
「……え?」
「楽譜の読み方とか、楽器の弾き方とか。できれば、そのうち作曲も覚えたい」
「カイルさんが、ですか?」
「うん」
カイルはフィーネが持っている楽譜を指差した。
「俺、この二重奏をフィーネと演奏したいんだ」
「…………」
フィーネが止まった。
「だから俺がもう一つのパートを弾けるようになれば――」
「やります!」
「うおっ!?」
「教えます! 私が教えます!」
「お、おう。頼む」
「いつから始めますか!?」
「え? まあ、まずは何の楽器をやるか決めないと――」
「決めましょう!」
「今?」
「今です!」
妙に食い気味だった。
だが、やる気があるならありがたい。
「じゃあ、初心者でも比較的覚えやすいやつがいいな。あと持ち運びやすくて、ハープと一緒に演奏しても変じゃないやつ」
「それなら、笛はどうですか?」
「笛?」
「はい。小さくて持ち運びやすいですし、初心者でも比較的始めやすいですよ。ハープとも合わせられます」
「じゃあ笛」
「即決ですね」
「難しいの選んでも仕方ないだろ。必要なのはフィーネと一緒にこの曲を演奏できるようになることなんだから」
「…………」
「フィーネ?」
「笛にしましょう!」
「なんでさっきより嬉しそうなんだよ」
「なんでもありません!」
フィーネは満面の笑みだった。
カイルには、その理由がよく分からない。
ただ、これでやるべきことは決まった。
楽譜を読めるようになる。
笛を覚える。
フィーネと二重奏できるようになる。
その先では作曲も覚える。
そうすれば、《死奏者マエストロ》が残した譜面をただ利用するだけではなく、自分自身でその力を扱う道が開けるかもしれない。
(……よし)
覚醒済み勇者武器への対抗策を探していただけのはずだった。
それなのに。
(なんで俺、音楽の勉強を始めることになってんだ?)
魔王にして使徒。
百の勇者武器を破壊しようとする少年は――。
今日から笛を習うことになった。
残存勇者武器:98
確保?:1




