Part 2
ジミーの家には離れに倉庫がある。一昨年まではコンビニに置くものを保管していたそうだが、食料品をたくさん扱うようになって、ほとんどの商品が直接店へ配達されるようになった。スペースが大きく空いたため、古いソファを置いたり、エアコンを付けたりして、セカンドハウス…というより僕らのたまり場になっていた。
出頭を命じられたのは僕だけじゃなく、同じクラスのジャニーンとミア、ランディ、それとひとつ下のジャニーンの弟、ブルックもだ。リックを入れて、それぞれが親友と呼べる間柄の仲間達だ。
ジミーがまず自分の…空になったバースデーボトルをローテーブルの上に置いた。それを囲むソファやカウチにだらしなく座りつつも、みんなが注目した。
「俺はリックの事だけを願って飲み干した。その時の気持ちに一片の曇りもなかったと断言する。事実、それ以降俺には何もいい事が起きていない。相変わらず成績は体育以外Cだらけだし、メイジーとは一向に仲良くなれないし、ケビン・グレンジャーとのケンカで歯が折れちまった」
そう言って口の中に人差し指を入れて、下の歯が抜けている部分を見せつけた。
「それなのにリックはアメリカを追い出されてしまう。やはり法律を乗り越える程の望みを叶えるには、俺一人が望むだけじゃ無理なんだ。だから仲間達に、お前らに協力を願った。皆がひとつの事を願えば、きっとリックは助かる! そう思ったからだ。ランディ、ミア、ジャニーン、そしてブルックも賛同してくれた。ミアはその時もう誕生日を過ぎていたけれど、ずっと飲まずに取っておいたものを使ってくれた。冬にバレエの発表会があるから、そのためにずっと残していたっていうのに…」
ジミーが力強くミアを指さした。長い金髪の先を人差し指に巻きつけながら、ミアは照れた。
「だが残念ながら、そんな熱い友情で繋がれた俺たちの中から、裏切り者が出てしまった」
芝居がかったように言って、ジミーは僕を睨んだ。
「裏切り者って、そんな大げさな…」
笑ったが、だれも弁護してくれない。
「アレック、ボトルを出すんだ」
言われた通り、リュックからHOPEのボトルを出して、ジミーのボトルの横に並べた。
倉庫内を照らす少し赤みがかったランプの光が、グレープソーダを色鮮やかに輝かせた。
「問題なのは、このアレックの裏切りが、俺に更なる疑念を抱かせてしまった事だ」
そう…僕以外の4人も、皆リュックやカバンを持って来ているのだ。
「俺は皆の目の前でHOPEを飲み干したが、他の者はすべて口頭での報告のみで、俺はそれをすべて信じていた」
4人がそれぞれ顔を見合わす。僕のボトルを見てだれも非難の声をあげなかった事で、真実は既に露呈してしまっている。
「だがアレックだけが間違いを犯したのか、ここできちんと確かめておく必要がある。 ジャニーン、ブルック、自分たちのボトルを見せるんだ」
ブルックが担いできたリュックから、ボトルを2本取り出す。ジャニーンはオレンジ、ブルックは僕と同じグレープのフレーバーだ。
そう、フレーバーが分かるという事は、中身が残っている事を意味する。僕のボトルの隣に並べたジャニーンのボトルは2目盛り半、その隣のブルックのボトルもまた、2目盛り程度残っている。
アフリカ系のジャニーン&ブルック・ジェイムソン姉弟。父親は消防士で、母親は町役場で働いている。2人はいつもイカれた…いやイカしたファッション(今はダボダボのTシャツとカーゴパンツ、安物のネックレスや指輪をたくさん身に付けている)で、ヘッドフォンで音楽を聴いては人前で創作ダンスを踊り、それをSNSにあげていたりする。本人たちは最高にカッコイイつもりだろうが、まだまだ未熟なので滑稽なものが多く、周囲にちょっとバカにされる時もある。気のいいリッキーはよく2人に請われて、一緒に踊って、一緒にバカにされていた。
ジミーの怒りを滲ませたため息を聞いて、ジャニーンはわざとそっぽを向き、いくつもの三つ編みをぶら下げた頭にヘッドフォンを被せた。
「ランディ」
つい先月誕生日だったランディ・アルバートソン・マキシムは、僕と同じアングロサクソンで、父親も僕のパパと同じように町の外でサラリーマンをやっている。母親は離婚しているので違う町に住んでいて、たまにそっちの方に行っていて学校を休む事がある。いつもTシャツとジーンズを着た、野球が得意な気のいいナイスガイで、僕らのグループ内では、リックと共に癒しの存在だ。
ランディのボトルはオレンジフレーバー…つまり残っている。だがわずかひと目盛りを切るくらいだ。
「ランディ、お前まで…」
「ごめん! でも俺、 国語がマジでヤバいんだよ!」
ランディは両腕を広げ、泣きそうな表情で懇願した。
「俺だってお前以上にヤバいんだ! それでもリックの方がよっぽど大切だ。おまえはそうじゃないのか?」
「いや、そりゃリッキーの方が大切だよ。 悪かった、今すぐ飲むから…」
「待て! そんな不安定な気持ちのまま飲むんじゃない! もっと気持ちを整えて、リックの事を本気で思いながら…」
「いい加減にしてよ!」
そう大声をあげて立ち上がったのはクルーの、いや僕らのクラスのホワイトプリンセス、ミア・クライスラーだ。金髪のロング、ブルーアイズ、白い肌に少しのそばかすがある美女。だが性格はジミーよりきつく、今のようにスシがプリントされたTシャツとショッキングピンクのミニスカートを着る豪胆さを備えた、怒らせるととても厄介な存在だ。
「Ouch, プリンセスがお怒りだよ、 準備して!」とヘッドフォンをしたまま、ジャニーンがからかう様に言った。
「Set, Hut!」
掛け声と同時に、皆がソファや床の上に伏せて、全身が痙攣するふりをした。
ミアが怒って、ジャニーンが号令をかけ、皆が這いつくばって震える…クラスメイト全員や先生まで従う、僕らのクラス&ブルック+グエンと僕の両親のお約束事だ。
「はいはい、それもう飽きたわ、面白くない」
「そう思ってんのはプリンセ~スだ~け~♪」
的確に相手をイラつかせる調子は、ジャニーンの得意技だ。
ミアはジャニーンにソファの上にあった汚いクッションを投げつけた。
「話を戻すぞ」
ジミーが起き上がってソファに座ると、皆も元の位置に戻り、ミアもまた座った。
「ミア、いい加減にしろとは?」
「ジミー、本気でHOPEを飲んで、リッキーがアメリカに残れるようになるなんて、思っていないでしょう?」
「そういう問題じゃない、これは友情の問題だ」
「みんな悲しんでいるのは同じよ。本当に効くのなら、重油だって飲んであげるわ」
「面白い、やって見せろ」
「よせよジミー」と、ランディが諫める。
「望みが叶うなんて誰も本気で思っちゃいないわ。それでもみんな願ったのよ。みんなほんの少し、自分の望みにほんの少しだけ使いたい分を残して、残りを全部リッキーのために使ったのよ。その願いは本物なの。でなければみんな自分の願いだけ言って、とっくに全部飲んでしまっているわよ! 残しているという事は、飲んだ分はみんな本気でリッキーに使った、という事を、友情を証明しているのよ! 分かってんの?」
「…それで、お前はどれだけ残しているんだ?」
「わたし?」
「お前しか残っていない」
「ふん、見せてあげるわよ!」
ミアは自分の背の後ろに隠していた赤色のショルダーバッグを取って、アップルフレーバーのボトルを取り出し、堂々とテーブルの真ん中、ジミーの目の前に置いた。
プリンセスに相応しい、宝石のように輝く琥珀色の液体が、ジミーの顔を黄金に照らした…ように見えた。それくらい、中身がたっぷりなのだ。
ジミーはボトルを手に取って、「お前これ、一度もキャップを開けてないだろう!?」と問う。
「ご推察通りよ!」 ミアは両腕を前に組んで、開き直った。
「よくそんな態度をとれるものね、このダークプリンセス」 ジャニーンは汚いクッションを放って返したが、ミアはそれを片手で払いのける。クッションは隣にいるランディの顔面に当たった。
「悪は中途半端が一番始末に悪いのよ、あんた達のようにね!」と、僕らを指さす。
ミア、さっきと言っている事が違うよ。
ジミーはミアのボトルを静かにテーブルの上に戻した。
「お前はリックがアメリカを追い出されても、ぜんぜん気にしないって言うんだな」
ミアは返事をしない。
「俺だって…ソーダを飲んで望みが叶うなんて、本気で思っちゃいないさ。だがこれは俺たちの、聖なる儀式なんだ」
「儀式?」と僕が問うと、ジミーは僕をまっすぐ見つめた。それからゆっくりと全員の顔に視線を移していく。
「皆のHOPEを確認して、お互いの意志を確認しあう儀式だ。俺たちはまだ小学生だ、なんの力も持っちゃいない。でもこのアメリカが俺たちの親友を、あんないいヤツを、善良な家族を追い出すような国でいいと思うか? この国は白人だけのものか? 黒人のもの? ネイティブアメリカンのものでもないだろう? 他にもヒスパニック、イタリアン、ジャーマン、エイジャン… 腐るほどいる…この国は他民族国家だろう? 特定の人種だけの国にするべきじゃない。それはこの国の成り立ちそのものを否定することになる」
口笛を吹いて「熱いね」とジャニーンが少し茶化すように言ったが、ブルックに諫められ、すぐにバツの悪そうな表情になった。
「…でも、売人や泥棒を追い出すことは必要だ」 僕はパパを代弁するような事を、小さい声で言った。
「悪人だけを排除する方法を考えるべきなんだ。 どれだけ複雑で困難でも、時間がかかっても、金がかかっても、手を抜かず、丁寧にやらなくちゃならない。善人を追い出す事は未来への大きな損失に繋がる。俺はそういう意識を、俺と同じ気持ちを、一緒に育っていくクラスメイトが、親友のお前たちが持ってくれているか確かめたかった。 迷惑に思うか? アレック」
僕だけじゃなく、みんなが顔を伏せて、真剣に考えた。熱すぎるきらいはあるが、ジミーが頼れる僕らのリーダーである事を、それぞれが改めて認識したんだ。
「…ジミー」
「なんだ?」
「ミアはリッキーとキスをしていた」
「なに!?」
「なんだって!」「Wow!」「これはトップニュースだ!」とランディ、ジャニーン、ブルックがそれぞれ沸いた。
「アレック! どうして言うのよ! っていうか、どうして知っているのよ!」
「ごめん、かげで見ちゃったんだ」
ミアはまた立ち上がった。
「ち、違うのよ! パパと大ゲンカして落ち込んでいた時に慰めてもらって、つい…」
「みんな待って! キスがどうこう言いたいんじゃないんだ」
「じゃあ言わないでよ…」 一旦僕を睨んで、ミアはまた座った。
「ミアはリッキーの事を大切に思っていると言いたいんだ。自分だけの望みのために、ソーダをずっと取っておいたとは思えない」
「ミア」 ジミーが気持ちを問うように、彼女を見つめた。
「アレックの誕生日が過ぎるのを待っていたのよ」
「どういう意味だ」
「アレックのHOPEが空になっても無理だったなら、最後にわたしが飲もうと思ってた」
「もしもアレックがうまくいったなら、自分のために使えるからか?」
「違うわよ! 確かめてからにしたかったの」
「何を?」
「…みんな、HOPEを飲んだ時、リックの事だけ願ったの?」
「どういう意味?」と僕が問う。
「だって、リックの事だけ願ったって、そんなの叶えられるはずないんじゃない? リックだけ残るなんてあり得ないでしょう? だからリックのご両親やお兄さんの事も一緒に願わなくちゃ! 他にも善人はいっぱいいるわ。 だから誰かを特定するんじゃなく、法律が変わりますように、って願わなくちゃならないんじゃないかと…、いや、もっと根本的に、あのわがままなセクハラデブが…」
「Hey! 気をつけな!」 「俺たちも同じような気持ちだが、ここは南部だぜ」
ジェイムソン姉弟が変なポーズをとりながら、ミアを指さした。
「ジミーはリックと彼の家族の事を願ったわよね、ジャニーンは?」
「あたしもそう」
「ブルック」
「俺はこう言った、善人が報われますように、と」
「それいいね、ブルックが正解だ! いいヤツは全員アメリカ人にな~れ!」
そう声高に言うと、ランディは自分のボトルを手に取り、残りを一気に飲み干した。
「ランディ!」と、みんなが声を揃えて突っ込む。
「望みが大きすぎる! それじゃあ叶いっこない!」とジミーが言って、ジャニーンが同意した。
「根本を、法を直させるように願わないと!」とミアが喚く。
「みんな間違っているぜ、神に願う様にするんだよ」とブルックがメンター気取りで言う。
やれやれ、みんなすっかりHOPEを信じてしまっているじゃないか。
僕は自分のボトルを取って言った。
「この町に住むリカルド・ボルガス、その両親のエンヅォとマリア、お兄さんのエミリオの4人全員が、ずっとアメリカで暮らせる事を望む!」
そしてグレープフレーバーのソーダを飲み干した。
その様子を見たジャニーンもボトルを取って
「あたしも! 今さっきアレックが言った事と同じ事を望む!」
ブルックもまた
「俺はまた自分の言葉で言う、善人が報われますように! ああ、ことわっておくが、リックとその家族は全員善人だぜ」
と言って、それぞれ飲み干した
ミアが自分のボトルを取って、キャップを開封する。
「わたしは…アメリカが、正義を取り戻すことを望む!」
そう言って、ぐいとアップルソーダを一気に飲み干・・・せなかった。さすがに10歳の女の子が、20オンスのソーダをひと息で飲めるはずない。4度中断し、むせてべとべとにしてしまった口の周りと鼻水を、ジャニーンから手渡されたハンカチで拭き取りつつ、3分かけてなんとか飲み切った。(その後もしばらくの間、げっぷで苦しんでいた)
ミアが飲み切ってしばらく経った後、ジミーがスマートフォンでリッキーにメールを送ってみた。2分待っても返信がないので、今度は電話をかけてみる。なかなか出ないけれど、コール音に連動しているような…ウーン、ウーンという振動音が、シャッターの隣にある出入口の方から聞こえてくる。
ジミーは出入口に近づいて行って、ドアを開けた。
次で終わります




