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秘密を明かして

 急いで医師が呼ばれ、景炎の手当が行われる。

 

「いいから、さっさとやってくれ」


 一瞬意識を失いかけたものの、景炎はここまで自分の足で歩いてきた。今も床の上に腰を下ろし、医師が手当をするのに、完全に任せている。


「――さすがに、痛いな」


「痛いなですませないでください」


 蘭珠の声の方が湿っている。医師が傷口を縫い合わせている間も、景炎はかすかに眉間に皺を寄せただけだった。


「皇太子妃に何かあったのか」


「い……いいえ、そうではないんです」


 どこから話したものかと蘭珠はためらったけれど、結局最初から話すことにした。


 翠楽の様子がおかしかったこと。


 それだけではなく、翠楽が口を滑らせたことから何かあるのではないかと思いいたったこと。


「伝令を走らせてくれたらよかったんだ。とはいえ――この陣も襲撃を受けていたから、間に合わなかったかもしれない。それに、俺の剣にも細工がされていたみたいだ」


 蘭珠達がこちらに向けて馬を走らせていた頃、景炎の陣が襲撃されたそうだ。なんとか敵を退けたところで、剣を予備に変えた。


 日頃持ち歩いている一番の剣は、手から手放さないけれど、こういう場では予備の剣が必要になることもある。


 景炎の話によれば、あまりにも簡単に根元から綺麗に折れたために何かあったのではないかと疑っていたのだという。


「お前が剣を投げてくれたから助かったが、戦場で同じ状況だったらどうだろうな」


 それを思うと、蘭珠はぞっとするような気がした。


 ――私のせいで。


 蘭珠がこちらに駆けつけてくるような無茶をしなければ、景炎が怪我をするようなこともなかった。自分のせいでと責める気持ちが大きくなる。


「すまないが、お前達は外してくれないか――」


 手当を終えた天幕には、血の臭いが立ちこめている。医師達が血にまみれた布や薬箱を持って立ち去り、天幕の中には蘭珠と景炎、それと端に鈴麗だけが残された。


「鈴麗、俺も限界だから見張っていてくれないか」


「誰も近づけないように、外で見張っております」


 剣を手にした鈴麗が天幕の入り口へと向かう。


「――すまないな」


「景炎様――景炎様、死んじゃだめ!」


 慌てて景炎の身体を抱きとめる。


「死んじゃだめ――あなたが死ぬのは、まだ十年以上先なんだから!」


 思わず自分の知る事実を口にする。


 劉景炎が死ぬのは、今から十年以上先。これから出会う、林雄英をかばってのこと。


「――お前、今、何を言った?」


「あ、ええと、その」


 意識を失いかけていたはずの景炎に睨まれて、背筋が凍るような気がした。


 鋭い目で問われて、凍り付いたような気分になる。


 ――全てを、話してしまえば? 信用されなかったとしても、それでいいじゃない。どうせ、ここを去らなければならないのなら、全てを話してから去った方が……。


「……景炎様、怪我……は……?」


 その言葉に、彼は肩をすくめただけだった。


 ――私の口を開かせるために、わざと……?


 そう気づいてしまったら、後はとまらなかった。


 それは、甘えなのかもしれなかった。秘密を一人で抱えているのが耐えられないから、だから、今、目の前にいる景炎に全てを話してしまえと。


「……言え」


「気づいたのは、あなたと初めて会った日のことでした。……きっと、信じてもらえないだろうけれど、その時――私は、自分が、違う世界で生きていたことを不意に思い出したんです」


 生まれ変わりという概念は、この国にも存在する。だから、景炎にもわかる言葉で伝えようと思った。


「前世の記憶と言ったら、わかりやすいですか?」


 時折、生まれる前の記憶があるという人間もいるから、景炎も蘭珠の言葉を信じてくれた。


「でも、私の是背では、私が生きているこの世界のことが物語として語られてました。これから先、何が起こるのか――わかって、しまったんです」


 ますますわけのわからないと言った様子で、景炎は蘭珠の言葉に耳を傾けている。どうにかして、彼を説得したいけれど、難しいだろうか。


「――信じられない、ですよね?」


「そうだな。それで、その物語では何が語られている?」


 彼の言葉は単純明快で、それゆえに蘭珠を安心させてくれる。視線を落とし、膝の上に置かれた自分の手に重ねられた景炎の手を見つめた。


「実を言うと、物語として詳しく語られていたのは――今から十年くらい後のことなんです。その時、この大陸は戦にみまわれていて――信じられないでしょう?」


「そうだな、信じられない――が、とにかく続けろ」


「私の知っている物語では、『蘭珠公主』は『景炎皇子』の妻となっていましたが、――後宮で生活してはいませんでした。国境の警備にあたる景炎皇子に同行していたんです」


 その言葉に、景炎が身体を揺らした。わずかにこちらの方へと身を乗り出し、真剣に蘭珠の言葉に耳を傾ける体勢になる。


「――続けろ」


 彼が命じるから、蘭珠は素直に続けた。国境警備にあたっていた景炎が、林雄英という少年に出会うこと。滅びた王族の血を引く彼が、戦乱を統一する鍵になると見越して、彼を鍛え始めたこと。


 蘭珠の語る、未来にそうなるかもしれない物語に景炎は面白そうに耳を傾けてくれる。


「その物語は、どうなった?」


「……まだ、途中だったので。ただ、林雄英は、大陸を統一するであろう若き覇者として認められつつあるところでした」


「――そうか。面白い話だった。途中までしか聞けないのは残念だ」


「気持ち悪くないですか? 私……」


 自分の言っていることが、常識外れであろうことくらい理解できる。


 信じてもらえなくてもいい、彼に伝えておきたかったというのが自分の我儘でしかないことも理解していた。


 蘭珠の経験を、常人に理解しろと言う方が無理なのだ。だって、この世界ではありえないことなのだから。


 けれど、景炎は笑っただけだった。


「お前の言っていることを完全に信じたわけではないが、俺のために必死になってくれたことはわかる」


 それだけで安堵した。信じてくれなくてもいい。


「それで、お前は何のためにそんなことをしたんだ?」


「ええとですね……それを言ってしまっていいのかどうか」


 景炎が首を傾げるから、蘭珠はふっと息をついた。それから、彼の手に自分の手を重ねる。


「何を言っても、驚かないって約束してください」


「今の話を聞いて驚いてない方がどうかと思うが」


「――それでも、です」


「……わかった」


 ――今なら、景炎様も私の言葉を信じてくれるかもしれない。


 一度咳払いをして、気持ちを落ち着けてから口を開いた。


「今から十年以内に、あなたは死にます――というか物語の中では死にました」


 景炎の喉が妙な音を立てる。


「私の知っている世界では、これから大陸が荒れます。嵐が大陸中を吹き荒れることになる。あなたの力が必要だと思ったのも本当のことだけど……」


 ちらりと視線を落とした。


「私……あなたに死んでほしくなかった。だって、まだ途中なんです、あなたのやろうとしていたことは」


 林雄英を一人前に育て、大陸を統一する。その志半ばで倒れた彼の無念。


 そう言えば聞こえはいいけれど、結局蘭珠は彼に生きていて欲しかったのだ。それが蘭珠の我儘でしかなかったとしても。


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