襲撃
――この人は、何か隠している。
「――景炎様に、何をしたんですか」
「な、何もしていない……わ。私はね」
そう言いながらも、翠楽の視線が泳ぐのを蘭珠は見逃さなかった。
「では、何を計画しているんですか」
一歩、前に出ると、翠楽は驚いたようにその場で棒立ちになった。蘭珠は手を伸ばし、翠楽の腕を掴んで引き寄せる。
「何を、計画しているのかと聞いているんです!」
「……別に。戦地では後ろから切られることもあるというだけの話よ」
そう――戦地では、後ろから切られるのも、珍しい話ではない。
――だから、皇太子はここに来た……?
蘭珠の頭の中で、何かがぴたりとはまったような気がした。
――皇太子は……ここで、景炎様を殺すつもり……?
「それだけではないでしょう!」
翠楽を脅そうとしたわけではないけれど、大きな声が上がる。脅えたように目を見開いて、翠楽は一歩後ずさった。
「わ、私は……何もしていないわ! ただ、多数に囲まれたなら、さすがの景炎皇子と言えど、どうかしらね。全ての方向から来る敵を一人で相手をするわけにもいかないでしょう」
翠楽の表情が醜く歪む。
「まさか……襲撃……を……?」
目の前が真っ暗になったような気がして、剣を掴み、家の外へと飛び出す。すかさず、鈴麗が後に続いた。
「鈴麗! 景炎様の元へ――急いで!」
この村にいるであろう百花の者を探している時間も惜しい。蘭珠の叫びに気づいた鈴麗が馬を引き出し、蘭珠は馬に飛び乗った。
「ま……間に合わないわよ!」
蘭珠を追いかけ、慌てて後を追ってきた翠楽が叫ぶ。けれど、蘭珠は彼女にはかまわなかった。
「私が先に行くわ! 鈴麗も――お願い!」
とりあえず景炎のもとへ向かわなければ。暗い中馬を走らせるのは難儀なことだったけれど、よく躾られた馬は蘭珠の命令をよく聞いてくれた。
もう一頭の馬を引き出した鈴麗が、後から追いついてくる。そして、彼女は途中で蘭珠の前に立ってくれた。
暗い中、馬を走らせるのは、緊張する――それ以上に、早く景炎の元に行かねばという思いの方が強かった。
「――景炎様の陣まであともう少しです!」
先を行く鈴麗の声にほっとする。
翠楽を一人残してきてしまったけれど、その点については悪いとは思わなかった。だって、蘭珠の目的は、景炎を守ることで翠楽のことにまで気を向けられない。
けれど、あともう少しというところで行く手を阻まれてしまう。行く手に立ち塞がったのは、いかにも質の悪そうな男達だった。
「な――何者!」
彼らが身に着けているのは、軍装ではなく、そのあたりで雇われたといった風体だ。
「――どきなさい!」
蘭珠の声に笑った男達が剣を抜く。
「鈴麗! 行けるとこまで行くわよ!」
「はいっ!」
この人数では囲まれた方が不利だ。剣を抜き、目の前にいた男を一刀両断に切り捨てる。
「走って!」
馬を叩いて合図すれば、そのまままっすぐに前進する。目の前にまた現われた男に切りつけ、鐙から外した足で馬上から蹴り落とす。
前を行く鈴麗も一人を馬から蹴り落とした――けれど、ようやく一団を抜けたかと思ったら、また新たな男達が目の前に立ち塞がる。
――こいつら、どこから来たの!
心の中で悲鳴を上げるけれど、平静を装う。
剣を打ち合わせる度に、暗い中に火花が散る。
「――そこで何をしている!」
不意に向こう側から来た男の声に、襲いかかってきた者達が顔を見合わせた。誰からともなく「引け!」と声をかけるが、向こうから来た男達はそうさせなかった。
蘭珠と鈴麗の目の前で、入り乱れる新たな戦いが始まる。血のにおい、うめき声、馬のいななき。
呆然として蘭珠がその場に止まっていると、馬を寄せてきた鈴麗がささやいた。
「蘭珠様、今のうちです――行きましょう!」
「ええ……」
争いの隙に乗じてその場を逃げだそうとするけれど、男達が二人を見逃してくれるはずもなかった。
「どこへ行く?」
「逃がすな!」
――あと、もう少しなのに!
援護も駆けつけて来てくれた。それなのに、その援護から切り離されて、鈴麗と二人敵の真ん中に取り残されてしまう。
「……こんなところで……!」
――きっと、景炎様なら気づいてくれる。そんな思いもどこかにあった。
「蘭珠!」
迫る刃の中、聞こえてきた声の方に目を受ける。
「こっちだ!」
鈴麗と目を合わせ、もう一度剣を振う。目の前に立ち塞がる男を切り伏せ、囲みを抜けた。
「景炎様! ご無事で――」
馬を寄せてきた景炎は、蘭珠がここにいるということに驚いた様子だった。
「どうした」
「……その、翠楽様が」
素早く事情を説明しようとするものの、逃げ出しかけた蘭珠達に気がついた男達がこちらへと寄ってくる。
「――蘭珠、鈴麗、離れてろ!」
景炎がそう叫ぶなり、二人をかばうように立ち塞がる。
男の剣を景炎が受け止め、上段から斜めに切り下ろす。悲鳴と共に男が馬から転がり落ちた。さらに新たな敵に斬りかかるも、そこで異変が発生する。
剣を打ち合わせたとたん、景炎の剣が根元からぽきりと折れた。
とっさに腰に下げていた短剣を抜いて応じるも、圧倒的に不利な状況にあるのがわかる。
「――景炎様!」
蘭珠は自分の持っていた剣を、彼に向かって投げつけた。きっと彼なら、今の声が何を意味しているのかわかる。
果たして彼は、蘭珠の方には見向きもせず、ちらりと目をやったかと思うと蘭珠の投げた剣を右手で取った。
――間に合って!
祈るような気持ちで、両手を胸の前で組み合わせる。
景炎は流れるような仕草で、目の前の男に切りつける。二人目の男が馬から転がり落ちる。
――景炎様……!
祈りを捧げながら、蘭珠は景炎を見ていた。
蘭珠の剣は、特別注文したものだから彼が普段使っているものより細く軽く短い。その剣の不利を彼はものともせずに目の前の男達と互角の戦いを繰り広げている。
「蘭珠!」
最後の男を切り伏せたかと思うと、景炎は蘭珠の方へと振り返った。
「……あっ」
今まで一人どこかに隠れていたらしい。せめても――と蘭珠を殺しに来たようだ。
「――無茶をする。何があった。皇太子妃は無事か」
「え、ええと……」
どこから何を話せばいいのかわからない。大きく目を見開いていると、景炎の身体がぐらりと揺れた。
「――失敗した、な」
「景炎様!?」
蘭珠の前で、景炎が膝をつく。彼の背中に、その時切られた後があるのに気がついて、蘭珠は悲鳴を上げた。




