宴、そして続く初めての夜
――あとは、宴を乗り越えれば。
正直なところ、もう、帰ってこの重い衣装を脱いでしまいたい。そんなわけにいかないのもわかるけれど。
また、下りてきた長い階段を歩いて上り、広間へと入る。長い儀式の間に、そこはすっかり片付けられていて、宴の用意がなされていた。
正面に座るのは皇帝夫妻。その脇に景炎と蘭珠の席が設けられている。蘭珠達と向かい合う位置に、皇太子龍炎と皇太子妃翠楽が並んでいた。
――できることなら、もう会いたくないんだけど、そういうわけにもいかないんだろうな。
翠楽はこちらをじっと見つめている。龍炎との仲があまりよくないと聞いているからか、なんだか不幸が衣をまとってそこに座っているみたいだ。
春華公主の席は、皇太子の後ろの位置に用意されていた。春華の並びに、異母弟妹の席が用意されているが、顔と名前が一致しない人も多い。
「玲綾国から、こうして花嫁を迎えることができた。高大夫、祝いの品を届けてくださったこと、ありがたく思うぞ」
皇帝の言葉に、高大夫が一礼する。
国許から届けられた品は、半分は蘭珠のものだけれど、残りは皇帝への献上品として皇帝の倉へと収められる。父である国王がだいぶ気合いを入れて用意したという話だったから、皇帝の機嫌がいいのもわからなくはない。
「では、あとは自由にやってくれ」
皇帝の言葉をきっかけに、呼ばれた楽士達が曲を奏で、華やかな衣装に身を包んだ舞妓達が曲に会わせて見事な舞を披露する。
――たしかに、見事な舞ではあるけれど。
蘭珠の前にも酒が用意されているが、うかつに手をつけたら大変なことになりそうだ。背後に控えていた鈴麗に茶を持ってきてもらう。
景炎の前には、次から次へと大臣達がやってきて、酒を注いだり注がれたりと、景炎に顔を繋ぐのに忙しいみたいだ。
――皇太子は、このことをどう思っているんだろう。
ちらりと見上げたら、やはり面白くない様子で、次から次へと杯を重ねている。
「……蘭珠、引き上げるぞ」
景炎がそう言い出したのは、宴が始まってから一刻――およそ二時間――が過ぎたあとのことだった。
「もう、引き上げてしまっていいんですか」
「あとは、皆好きにやればいい。俺は疲れた。蘭珠もそうだろう」
朝から忙しかったから、それには完全に同意だった。景炎が、建物の裏からこっそり抜け出すのに蘭珠も従う。
「お先に行って支度しておきますね。後はお願い」
鈴麗は、他の侍女達に蘭珠を任せ、大急ぎで走って行ってしまう。
「あそこまで急ぐ必要もないだろうに。いい娘だな」
「はい。鈴麗はとても頼りになるんです」
朝早くから婚儀の準備で忙しかったけれど、もう真夜中に近い。空を見上げれば、月が静かに光っている。
「つらかったら、先に寝ててもかまわないんだぞ」
寝支度をするために、左右に分れる瞬間、彼はそう言ったけれど、気持ちが昂ぶっていて眠れそうもない。
重い花嫁衣装や飾りを取り去り、侍女達の手を借りて入浴をすませる。頭がくらくらするような濃厚な花の香りのする油を髪にも身体にも塗り込められて、今夜が特別な夜なのだと否応なしに自覚させられた。
「蘭珠様……さすがに今夜はお側にいられないのですが……」
「ええ、それは必要ないと思うわ。あなたも、ゆっくり休んで」
「どうか、ご無事で!」
がっしりと蘭珠の手を握りしめた鈴麗が涙目になる。いくらなんでも大げさだと思ったけれど、そっと鈴麗を押しやって寝所に入った。
「やはり時間がかかったな」
「髪を解くのにも一苦労で」
編み込みを作ったり、輪を作ったり、髪を幾重にも交差させたり、蘭珠にも今日の髪型がどうやって作り上げられたのかはよくわかっていない。
結うのにも時間がかかったけれど、解くのにも同じくらい時間がかかった。
「そうか。それは――しかたない、な」
薄く笑った彼の手元には、酒の杯がある。あれだけ大臣達から注がれていたのに、酔っている気配などまるでなかった。
「――蘭珠」
こわごわと側に寄ったら、いきなり手を掴んで引き寄せられた。上がりかけた悲鳴を懸命に呑み込む。
これから先起こることについて、それはもういろいろな知識を詰め込まれている。というか、前世ではものすごい量の情報が入ってきた。
前世でも今生でも未経験ではあるけれど、その分、様々な知識が一気に押し寄せてきて目の前がちかちかしてくる。
「うひゃあっ」
妙な声が上がったのは、あっという間に寝台に組み敷かれていたからだ。
――こういう時は……どうするんだった……?
蘭珠の目に映るのは、赤と金の房飾りで飾り付けられた寝台と、寝台の周囲を囲うように天井から下げられた紗。
――ええと、羊を数えているうちに終わ……って、それ眠れない時だし!
おろおろとしていたら、上にいる景炎がこらえきれないように笑い出した。
「な、何か……?」
「いや、表情がころころ変わるから面白くて」
「……知りません」
いたたまれなくなって、顔を横にそむける。蘭珠が、何を考えているのかなんて、きっと彼は知らない。
彼の手が頬を撫でて、額に口づけられる。それから鼻の頭にもう一つ。
壊れ物に触れるようにして、さらに唇が重ねられる。彼の手が首筋から、胸元と撫でてきて蘭珠は息をつめた。
「――あぅ」
妙な声が上がって、蘭珠を押し倒した景炎が笑う。
「優しくするから、そう固くなるな」
もう一度、優しく口づけられて蘭珠の身体から力が抜ける。
その日、いつになく景炎との距離が近くなったような気がして――今までよりさらに強く幸せを覚えた。




