第17部:永遠の幸い
(まったく……それで、この有様だからなぁ)
クリスマス。
『――いつか2人で、この日にお祝いしようね』
ずっと昔に約束した日。
今では、祝うことなど冗談でも言えない状態だ。
目の前の数メートル先すらマトモに見えているか怪しいし、周りに誰もいないのに、すぐ近くから物音や、ぶつぶつと何かを呟くような囁き声が聞こえる。
数時間前、かつて〝約束〟を交わした青年がやってきたが、何も見えず、聞こえない〝演技〟をしてみせたが、実際に、感覚は完全におかしくなっていた。
脳みそを火搔き棒でかき混ぜられたように痛い。
思考も、霞んでいまいちはっきりしない。
あと一週間ともたないだろう、とブリスは推測する。
〝演技〟で騙したのだから、もう彼が来ることは無いだろう。
もし再会できるとしたら、それは自分が共同墓地に葬られる時くらいか。
(泣いちゃうだろうなぁ、アイン)
膝から崩れ落ちて、這いつくばって、ボロボロと涙を零すだろう。
唐突に、叫び出すかもしれない。
全ての幸せが消え去ったような表情で、泣き叫ぶのだろう。
死んだ後に、〝親切な友達〟が彼に、プレゼントを渡す。
受け取った彼は、全てを理解するだろう。
彼を想い、自分だけが約束を果たしてしまうことを知るだろう。
(あぁ、――楽しみだ)
楽しみだ、楽しみだと、心の中で反芻する。
私は、私の最も好きな人の心に大きな跡を残して、消えることができる。
彼は、それを抱えたまま生きていくだろう。
彼のことだ、決して忘れることはしないだろう。
(ずっと、ずっと、)
彼は、背負い続けてくれる。
私のことを、想い続けてくれる。
(ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと、いつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも、彼に想ってもらえるんだ)
これは、自分の、一つの愛の形だ。
この行動そのものが、死への恐怖が駆り立てた凶行なのかもしれない。
だけど、それは自分の愛が生み出した結果だ。
幸せだ。
幸せ、なのだ。
生きている中ではほとんど手にすることのなかったモノが、死ぬことで、ようやく手にすることができる。
だから。
だから、だから、
「泣いちゃ、いけないんだよぉ……っ!」
気づけば、頬を濡れた感触が走っていた。
(なんで? なんでなんでなんでなんでなんでどうして!?)
連続する疑問符の中で、ズタボロの感覚と混濁する意識の中で、それでも自分が涙を流しているということは分かってしまう。
(全部、全部、私が決めたことなのに。後悔なんてしたって意味はないのに!)
この仕事を始めたのも、〝薬〟に手を出したのも、最期に至るための計画を練ったのも、全部自分の意志によるものだ。
だから、苦には思わない。
思ってはいけないって、分かってる。
それなのに……、
(怖いよぉ……っ)
あ、とも、う、ともつかない声が漏れた。
止めどなく溢れだし、それは嗚咽として喉を鳴らす。
死ぬのが、怖い。
一人で死ぬのが、怖い。
忘れられるのが、怖い。
人の死なんて、一瞬だ。
最初は悲しいけれど、時と共に薄れてしまう。
そして、それはアインにとっても同じであるだろう。
永遠に忘れない、なんてことは在り得ない。
そこから――ブリスは、目を逸らしていたのだ。
目を逸らし続け、いざそれと目を合わせた瞬間、どうしようもない恐怖が背を伝って思考を侵している。
「嫌だ……怖いよぉ、」
呻くように、請うように、
「 」
口にしたのは、短い単語。
続いて、
「――ブリス!」
ドアを蹴破る音と叫び声が、同時に響いた。
「え……?」
突然のことに驚き、ブリスは音のした方に目を向ける。
そして、掠れた視界の中、開かれたドアの前に立つ影を捉え、
「もう……どうして、来ちゃうかなぁ、」
フッと、浮かんだのは小さな笑み。
そして、その名を、ひどく優しげな声で呼ぶ。
「――アイン」




