第11部:失くした彼女の独白劇場
○
ねえ、覚えてる?
ほら、アインが私に会った時のこと。
5年ぶりに会って、すごく驚いてた時のこと。
あの時に私は、自分が売られたって言ったよね。
あれはね、嘘。
ホントは、お屋敷から逃げる途中で私がアインとはぐれちゃった後、盗賊の人たちに捕まらないで、逃げきれたんだ。
この街に来てからアインがいないことに気付いて、ご飯も寝る場所も自分でどうにかしなきゃいけないって分かって、たくさん焦って、走り回って、生きていくためにお仕事探したんだよ。
それで見つけたのが、このお店。
知らない男の人に触られるのは怖かったし、いろいろと大変なこともあったけど、たくさんお金が貰えたし、何より、昔みたいに鞭でぶたれることはなかった。
私ね、がんばったんだ。
アインともう一度会った時、一緒に暮らせるように。
2人で、おいしいご飯が食べられるようにって。
他の友達と一緒に入ったパブでアインを見つけたのは、この街に来てからだいたい3年経ったくらいの時かな。
店の中をバタバタと走り回ってお料理を運んでいたり、お酒を出したり、オヤジさんと笑いながら話していたりしてるのを見て、がんばってるなぁ、なんて思った。
本当は、すぐに声をかけようとしたんだ。
だけど、気づいてやめちゃった。
私が、アインと一緒にいられるような人間じゃなくなってることに、気づいちゃった。
たくさんの男の人に抱かれて、手段も何も考えないでお金をたくさんもらってた私には、アインは眩しすぎたんだ。
いっぱい汚くなっちゃった私には、綺麗すぎたんだ。
もう、近づけない。
声も、かけられない。
急いで帰って、シャワーを浴びて、石鹸を使っていっぱい体を擦ったし、いい匂いのする油も塗ったりしたけど、それでも染みついた臭いがとれないように思えて、ああ、もう私は触れないんだって思った。
おクスリを始めたのも、だいたいその頃から、かな。
いけないって、体に悪いって分かってたんだけど、少しでもアインから遠ざかりたくて、知り合いの売人さんから買って、使ってみたの。
そうしたら、ほら、今みたいに、アインが目の前に立ってる。
そのアインはね、君は悪くないって、十分綺麗だよって言ってくれて、それが嘘だって分かってても嬉しかった。
お金はあったから、たくさん使って、たくさんアインと会った。
たまにアインと、その……えっちなことをしたこともあったし、その度に、私は何やってるんだろって思ったりもしたけど、それでも、現実を見てるよりはずっとマシだった。
そんな時に、本物のアインは、私と会ったの。
悲しかったな……ずっと知られないでいようって思ったのに、アインは私を見つけちゃうんだもん。
あの時、アインはすごく怒って、私を止めようとしてくれたよね。
それで、私は色々言って、誤魔化して、帰っちゃった。
今の生活も悪くないって、
でも、本当はあれ、嘘なんだ。
身の上話も嘘、平気だっていうのも嘘。
だってさ、アイン、心配性でしょ?
私のことをすごく気にかけてくれて、何でも背負おうとしちゃうでしょ?
笑って、大丈夫だって、今以上にがんばろうとするでしょ?
……え? そんなことないって?
ううん、あの時のアインは、そういう顔してた。
だから、笑っちゃった。
お金も、力も無いのに、どうするのって。
現実を知ってるのに、それでも夢を見ようとしたアインが、あの時の私にはちょっぴり嬉しくて、だけど……すごく、妬ましかった。
私が、これだけ苦しんでるのに。
悩んで、クスリを使ってまでアインを避けたのに。
それでも貴方は何も気づかないで、私に近づこうとして、さ。
だから、イジワルなことを言ったの。
それでも生きていたいの、って。だけどアインは答えられなかったね。
嘘を吐くこともできたのに、簡単に答えられたのに、それでも何も言わなかった。
そうか、って私は思ったよ。
そうか、やっぱり私とアインは違うんだ、って。
アインは、やっぱり綺麗なままだった。
あのお屋敷から逃げ出して、不幸の掃き溜めみたいなここに流れ着いても、やっぱり綺麗なままだったんだ。
だから、私は言い出せなかった。
苦しいとも、痛いとも、言えなかった。
別に、アインが悪いんじゃなくて、単なる私の自己満足。
アインを哀しませたくなくて、楽しいフリをしていたの。
ねえ、アイン。
あの約束、覚えてる?
ずっと昔、まだお屋敷にいた頃の約束。
もう10年以上前の今日、残飯を分け合いながら交わした約束。
ねえ、覚えてる?
久しぶりに会ってアインに訊かれた時は、嬉しかったなぁ。
はぐらかしちゃったけど、私もずっと覚えてたんだ。
2人で過ごそうって。
一緒にお祝いしようって。
ごめんね、アイン。
約束したのに、できなくなっちゃって。
ごめんね、アイン。
本当のアインには言いたかったこと、結局言わずじまいになっちゃった。
――本当に、私ってバカみたいだ。
何もかもが空回りで、何一つ成功しなくて。
やっぱり、ごめんねってしか言えないや。




