↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢なのに慕われる!?~令嬢たちが放っておいてくれません~  作者: ねぎとろ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
95/99

第98話 エマに届いた手紙

 学院祭が終わった翌朝。

 ヴィオレッタ・アルバレスは、いつもより少し遅い時間に目を覚ました。

「……んん」

 柔らかな布団の中で寝返りを打つ。

 窓の向こうからは、秋の穏やかな日差しが差し込んでいた。

(……あれ? もう朝?)

 ぼんやりと天井を見つめていると、控えめなノックの音が聞こえてきた。

「ヴィオレッタ様、お目覚めでしょうか」

「あ、エマ……おはよう」

「おはようございます。よくお休みになれましたか?」

「うん……すっごく」

 ヴィオレッタは布団から顔を出し、少しだけ笑った。

「昨日、楽しかったなあ……」

「ふふ。学院祭のことでございますね」

「そう! みんなで頑張った劇も成功したし、セレスのお菓子屋さんも美味しかったし、カトレアの作品も可愛かったし!」

「それは何よりでございます」

 エマは微笑みながら、窓辺のカーテンを開いた。

 朝の光が部屋いっぱいに広がる。

「それにしても、昨日のヴィオレッタ様は本当に素敵でしたね」

「えっ?」

「銀の王子様のお姿です。私も拝見したかったです」

「あ、そっか。エマは見られなかったんだよね」

「はい。ですが、学院祭からお戻りになったヴィオレッタ様のお話だけでも、十分に楽しさが伝わってまいりました」

「えへへ。今度、衣装を着て見せようか?」

「まあ、本当ですか?」

「うん! リリがすっごく頑張って作ってくれたんだよ」

 ヴィオレッタは嬉しそうに笑った。

 エマも、そんな彼女を見て柔らかく目を細める。

「楽しみにしておりますね」

 いつもと変わらない朝。

 いつもと変わらない、二人のやり取りだった。


◇


 身支度を整えたヴィオレッタは、エマと一緒に朝食の準備を進めていた。

「そういえば、今日はお休みだったよね?」

「はい。学院祭の翌日ですので、授業はございません」

「やった! じゃあ、今日は何しようかなあ」

 ヴィオレッタは椅子に腰掛けながら、楽しそうに考え始めた。

「リリたちとお茶するのもいいし、カトレアと手芸の続きをするのもいいし……」

「ふふ。相変わらずお忙しそうですね」

「だって、やりたいことがいっぱいあるんだもん」

 エマは小さく笑い、紅茶を注いだ。

 その時、扉が静かに叩かれた。

「失礼いたします」

 入ってきたのは、屋敷の使用人の一人だった。

「エマ様。お手紙が届いております」

「私に、ですか?」

「はい。今朝、屋敷に届けられたものです」

 差し出された封筒を見た瞬間、エマの表情がわずかに変わった。

「……ありがとうございます」

 受け取った封筒には、古びた家紋の封蝋が押されていた。

 ヴィオレッタは首を傾げる。

「エマ、お手紙?」

「……はい。実家からのようです」

「実家?」

「ええ。私の生まれた家でございます」

「へえ……!」

 ヴィオレッタは少し驚いた。

 そういえば、エマの家族については、あまり詳しく聞いたことがない。

 エマは幼い頃からずっとそばにいてくれた。

 だからこそ、彼女にも自分の知らない家族や故郷があることを、普段はあまり意識していなかったのだ。

「久しぶりのお手紙なの?」

「……そうですね。しばらく連絡はございませんでしたので」

 エマは封筒を見つめたまま、少しだけ間を置いた。

「後ほど、確認いたします」

「うん!」

 ヴィオレッタはそれ以上尋ねず、朝食へと視線を戻した。

 けれど、エマが封筒を引き出しにしまう時、その指先がほんの少し震えていたことには気づかなかった。


◇


 午前中、ヴィオレッタは自室で学院祭の思い出を振り返っていた。

 机の上には、劇の台本と、リリアーナが作ってくれた王子の衣装の一部が置かれている。

「……ふふ」

 台本を開くと、昨日の舞台が鮮やかによみがえってきた。

 月の姫と銀の王子。

 最後に二人で手を取り合った場面では、客席から大きな拍手が起こった。

(リリ、本当に綺麗だったなあ)

 ドレス姿のリリアーナを思い出し、ヴィオレッタは嬉しそうに微笑んだ。

 セレスもカトレアも、たくさん褒めてくれた。

 アリアとミレーヌも、舞台の成功を心から喜んでくれていた。

(……みんなで頑張ってよかった)

 そんなことを考えていると、扉の外から声が聞こえた。

「ヴィオレッタ様、お茶をお持ちいたしました」

「あ、エマ! ありがとう!」

 エマが盆を持って入ってくる。

 いつものように紅茶と小さな焼き菓子を並べ、静かに一礼した。

「本日は、少し甘めのお菓子をご用意いたしました」

「わあ、美味しそう!」

 ヴィオレッタは嬉しそうに笑った。

 けれど、ふと気づく。

 エマの表情が、どこか硬い。

「……エマ?」

「はい?」

「何かあった?」

 エマは一瞬だけ目を見開いた。

「……いえ。何もございませんよ」

「本当?」

「はい。どうぞ、お茶が冷めないうちに」

 そう言って微笑むエマ。

 けれど、その笑顔はいつもより少しだけぎこちなかった。

(……気のせいかな?)

 ヴィオレッタは首を傾げた。

 エマはいつも、穏やかで優しい。

 忙しい時でも、困った顔をすることはほとんどない。

 だからこそ、今日の彼女には何か違和感があった。

「エマ、疲れてる?」

「……え?」

「昨日もお仕事だったでしょ? 今日は少し休んでもいいんだよ?」

 エマは驚いたようにヴィオレッタを見つめた。

 そして、ふっと表情を緩める。

「……ありがとうございます、ヴィオレッタ様」

「ううん! いつも頑張ってくれてるもん」

「ですが、私は大丈夫です」

「そっか……」

 ヴィオレッタは少しだけ考えたあと、笑顔を浮かべた。

「じゃあ、あとで一緒にお茶しない?」

「……私と、ですか?」

「うん! 今日はお休みだし、ゆっくりお話ししたいなって」

 エマは一瞬、言葉を失った。

 それから、いつもの優しい笑顔を浮かべる。

「……喜んで、お付き合いいたします」

「やった!」

 ヴィオレッタは嬉しそうに笑った。

 エマも微笑み返したが、その胸の奥には、朝から消えない重苦しさが残っていた。


◇


 午後。

 ヴィオレッタが読書をしている間、エマは自分に与えられた小さな部屋へ戻っていた。

 机の上には、朝届いた封筒が置かれている。

 古い家紋。

 見慣れた筆跡。

 エマはしばらくそれを見つめていた。

「……まさか、今になって」

 小さく呟き、ゆっくりと封を切る。

 中には、一枚の便箋が入っていた。

 書かれていたのは、短い文章だった。

『エマへ。

 近頃、我が家にとって重要な話が持ち上がっている。

 お前にも関わることゆえ、近いうちに詳しく知らせる。

 その際には、必ずこちらの指示に従うように。

 父より』

 エマは便箋を握りしめた。

「……重要な話、ですか」

 胸の奥に、嫌な予感が広がる。

 実家からの連絡は、いつも突然だった。

 そして、その内容が自分にとって嬉しいものであったことは、ほとんどない。

 エマは静かに目を閉じた。

 幼い頃の記憶が、ふとよみがえる。

 広いだけの古びた屋敷。

 厳しい父親の声。

 母親の冷たい視線。

 そして、姉たちが家のために嫁いでいった日のこと。

(……私は、もうあの家には戻りたくない)

 そう思っていた。

 アルバレス公爵家に仕えるようになってから、九年。

 ここには、自分の居場所がある。

 毎日忙しくても、誰かの役に立てる喜びがある。

 そして何より――。

「……ヴィオレッタ様」

 エマは小さく名前を呟いた。

 あの方のそばで、これからも働いていたい。

 その願いは、決して贅沢なものではないはずだった。

 けれど、便箋に書かれた父親の言葉は、そんなささやかな願いさえ許さないように思えた。

 エマは手紙を丁寧に折り畳み、引き出しの奥へしまった。

「……まだ、何も決まったわけではありません」

 自分に言い聞かせるように呟く。

 そして、鏡の前でいつもの笑顔を作った。

 ヴィオレッタ様に、心配をかけてはいけない。

 そう思いながら、部屋を後にした。


◇


 夕方。

 ヴィオレッタは窓辺の椅子に座り、エマと一緒に紅茶を飲んでいた。

「ねえ、エマ」

「はい、ヴィオレッタ様」

「エマって、いつからうちに来たんだっけ?」

 突然の質問に、エマは少し驚いたように瞬きをした。

「……私が十五歳の頃でございます」

「十五歳?」

「はい。ちょうど、今のヴィオレッタ様と同じ年頃ですね」

「ええっ! そんなに若かったの!?」

 ヴィオレッタは目を丸くした。

「すごいなあ……私なんて、まだ何もできないのに」

「ふふ。そんなことはございませんよ」

 エマは柔らかく微笑んだ。

「ヴィオレッタ様は、私が十五歳だった頃よりも、ずっと多くのことを考えていらっしゃいます」

「そうかなあ?」

「ええ。少なくとも、あの頃の私は、自分がこれからどうしたいのかさえ、よく分かっておりませんでした」

 その言葉に、ヴィオレッタは少しだけ首を傾げた。

「……エマは、どうしてうちに来たの?」

 エマの指が、紅茶のカップに触れたまま止まった。

 ほんの一瞬。

 けれど、ヴィオレッタはその変化を見逃さなかった。

「……実家の意向でございます」

「実家の?」

「はい。私は地方の小さな男爵家の三女として生まれました。貴族の娘が上位の家に仕え、礼儀や作法を学ぶことは、珍しいことではございません」

「へえ……」

「私も、その一人だったのです」

 エマは穏やかに答えた。

 けれど、その声にはどこか寂しさが混じっていた。

「……エマ」

「はい?」

「うちに来て、よかった?」

 エマは驚いたように顔を上げた。

 ヴィオレッタは、少し不安そうに笑っていた。

「だって、私、小さい頃はすっごくわがままだったでしょ? エマにも、いっぱい迷惑かけたと思うし……」

「……ヴィオレッタ様」

「だから、嫌じゃなかったかなって」

 エマはしばらく黙っていた。

 そして、ゆっくりと首を横に振った。

「……いいえ」

 その声は、とても優しかった。

「私は、こちらに来られて、本当によかったと思っております」

「……本当?」

「はい。心から」

 ヴィオレッタはほっとしたように笑った。

「……よかった!」

 エマも微笑んだ。

 その表情を見て、ヴィオレッタは安心したように紅茶を口に運ぶ。

「そうだ! 今度、エマも一緒にお菓子を作らない?」

「お菓子、でございますか?」

「うん! 昨日、セレスのクラスで食べたタルトがすっごく美味しくて。私も作ってみたいんだ」

「ふふ。それは楽しそうですね」

「でしょ? エマ、作り方知ってる?」

「簡単なものでしたら、お教えできると思いますよ」

「やった! じゃあ、今度教えてね!」

「かしこまりました」

 エマはいつもどおり、穏やかに微笑んだ。

 ヴィオレッタも嬉しそうに笑い、さっそくどんな果物を使おうかと考え始める。

 そんな彼女の姿を見つめながら、エマはそっとカップを持ち上げた。

 先ほどまで胸の奥にあった重苦しさが、少しだけ和らいでいる。

(……本当に、不思議なお方です)

 何気ない言葉で、いつも自分の心を温かくしてくれる。

 エマは紅茶を一口飲み、静かに微笑んだ。

 けれど、自室の引き出しにしまった手紙のことだけは、まだヴィオレッタに話すつもりはなかった。

 今はただ、こうして穏やかな時間を過ごしていたかったから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。