第9話 交流会~前編~
侯爵家主催の児童交流会当日、ヴィオレッタは朝から少し憂鬱だった。
(交流会かぁ……)
馬車の窓に頬を寄せながら空を見上げる。
晴天、交流会日和である。
だからこそ逃げられない。
(お茶会は好きなんだけどなぁ)
最近は友達も増えた。
リリアーナとも仲良くなったし、知らない令嬢と話すことも以前ほど苦ではない。
(ただ……)
交流会という名前が良くない。
なんだか学校のグループワークみたいな響きがする。
前世の記憶が嫌な予感を告げていた。
「お嬢様」
「なに?」
「顔に出ています」
「えっ」
「出ています」
エマは容赦ない。
ヴィオレッタは慌てて姿勢を正す。
公爵令嬢たるもの、交流会が面倒だなどと思ってはいけない。
思っていても顔に出してはいけない。
(難しいんだよなぁ……)
◇
会場となる侯爵家の庭園は広大だった。
前回のお茶会とは比べ物にならない。
噴水、花壇、東屋、芝生の広場。
まるで小さな公園だ。
「すご……」
思わず声が漏れる。周囲には既に多くの令嬢たちが集まっていた。
知っている顔もあれば、知らない顔もある。
リリアーナの姿も見えた。
「あっ、ヴィオレッタ様!」
こちらに気付いて駆け寄ってくる。
少し前なら考えられなかった行動だ。
随分と明るくなったものだとヴィオレッタは思った。
「今日は参加者が多いですね」
「そうみたい」
「王都からも来ているそうです」
「へぇ」
そこでふと思い出す。
エマが言っていた少し変わった令嬢。
(どんな子なんだろう……)
◇
交流会が始まろうとしていたその時、
「お嬢様ぁぁぁぁぁ!?」
突然、庭園の反対側から悲鳴が聞こえた。
令嬢らしからぬ悲鳴だった。
周囲がざわつき、ヴィオレッタも思わず振り返った。
そして、
「えっ」
少女がいた、令嬢だった。
綺麗な銀髪、整った顔立ち、高価そうなドレス。
どう見ても上級貴族の令嬢・・・なのだが、木に登っていた。
(なんで!?)
ヴィオレッタの思考が停止する。
令嬢、木、登る、繋がらない。全然繋がらない。
「お嬢様! 降りてくださいませ!」
「あと少しだから待って!」
「待てません!」
下では侍女たちが半泣きだった。
少女は枝の上で何かを探している。
「あった!」
ぱっと顔を輝かせた次の瞬間。
枝が嫌な音を立てる。
ミシッ
(あっ)
バキッ
「きゃあああああ!?」
悲鳴、落下、混乱。
しかし、少女は無事だった。
途中の枝に引っかかり、地面まで落ちなかったのだ。
ただ、非常に格好悪い状態だった。
木からぶら下がっている。
令嬢、侍女たちが固まる。
本人だけが困った顔をしていた。
「うーん」
「これはちょっと困ったかも」
(ちょっとじゃないと思う)
ヴィオレッタは心の中で突っ込んだ。
気付けば足が動いていた。
近くまで歩いていき、そして見上げる。
「大丈夫?」
少女がこちらを見る。鮮やかな翡翠色の瞳。
そこで初めて少女は笑った。
「ええ!」
びっくりするほど明るい声だった。
「たぶんね!」
(たぶんかぁ……)
「降りられる?」
「降りられない!」
無駄に元気な返事に思わず吹き出した。
少女も笑い、なぜか二人だけ笑っている。
「お嬢様!」
後ろからエマの声。
「笑っている場合ではありません!」
「ごめん」
「ごめんなさい!」
なぜか木の上の少女も謝った。
◇
十分後、
無事救出された少女は、応接用の東屋で正座のような姿勢を取っていた。
侍女たちに囲まれており、完全にお説教タイムだ。
「……」
「……」
少し離れた席で見ていたヴィオレッタとリリアーナは顔を見合わせた。
「何というか、すごい人ですね……」
リリアーナが小声で言う。
「うん」
ヴィオレッタも頷く。
本当にすごい、色々な意味で。
説教が終わったらしく、銀髪の少女がこちらへ歩いてきた
そして、にこりと笑った。
「さっきはありがとう!」
「いや、何もしてないけど」
「声をかけてくれた」
少女は胸を張る。
「だからありがとう!」
(あっ……)
思い出した、エマが言っていた評判の令嬢。
「私はセレスティア・ルミナス!」
満面の笑みにどこか誇らしげな表情。
「ルミナス侯爵家の長女です!」
そう言って右手を差し出した。
「セレスティア様、よろしくね。私はヴィオレッタ・アルバレス――」
自己紹介を終え、リリが見守る中、ヴィオレッタは差し出された手を握り返した。




