第8話 一緒に頑張ろう
ヴィオレッタはエヴァンズ男爵家を訪れていた。
目的はもちろん、リリアーナとのマナー練習である。
……もっとも、
(なんで私が先生役なんだろう)
という疑問は未だに消えていなかった。
馬車を降りながらも考えてしまう。
(絶対エマの方が詳しいよね)
実際詳しいし、間違いなく詳しい。
というかプロだ。だがリリアーナはヴィオレッタに頼んできた。
(どうして私なんだろ・・・)
◇
「ヴィオレッタ様!」
玄関に出迎えに来たリリアーナは、いつもより少し元気そうだった。
以前なら緊張していたはずだが、最近は会うたびに表情が柔らかくなっている。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
そう答えながらヴィオレッタは思う。
(いや、本当にこちらこそだよ)
練習するの私もだから。
会場は男爵家の小さな応接室だった。
テーブルにはティーセットに焼き菓子。
そして数冊の礼儀作法の本。
「本格的だ……」
「頑張ろうと思って」
リリアーナが少し照れたように笑う。
その様子を見てヴィオレッタも笑った。
「じゃあ一緒に頑張ろう」
「はい!」
◇
最初は挨拶の練習だった。
「ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう」
「もう少しゆっくり?」
「ごきげんよう」
「そんな感じ!」
(よし・・・意外とボロをだせずにやれてる・・・)
順調だった、少なくとも最初は。
「では、お茶を注ぐ練習を」
侍女がポットを用意し、リリアーナは丁寧に紅茶を注いだ。
完璧だ。
(リリ、上手すぎない?教えること何もないよ・・・)
「リリ、すごいよ。完璧じゃん」
「本当ですか?」
「うん」
ヴィオレッタは素直に感心する。
(私より上手い。間違いなく上手い・・・私なんてこの前も少しこぼした気がするし)
それなのに、
「ヴィオレッタ様もどうぞ」
「えっ」
嫌な予感がした。額に汗が流れる。
三十秒後、予感は的中した。
「あっ」
ぽたり。紅茶が受け皿に落ちた。
部屋が静かになり、リリアーナが目を丸くする。
侍女たちも目を逸らした。
(やっちゃったぁ・・・・)
ヴィオレッタは心の中で頭を抱える。
(先生役が失敗したー)
「す、すみません!」
思わず謝ると、リリアーナが吹き出した。
「ふふっ」
「え?」
「ご、ごめんなさい」
慌てて口元を押さえるが、口元は笑っている。
「ヴィオレッタ様でも失敗するんですね」
「するよ!?」
即答だった。
「めちゃくちゃするよ!?」
「そうなんですか?」
「うん」
ヴィオレッタは何度も頷く。
「昨日もダンスの練習で転んだし」
「えっ」
「一昨日は歴史の授業で寝たし」
「ええっ」
「その前は――」
「もう大丈夫です!」
リリアーナが慌てて止めた。
◇
しばらくして、二人は庭園で休憩していた。
「少し安心しました」
リリアーナがぽつりと言った。
「ん?」
「ヴィオレッタ様も失敗するんだなって」
ヴィオレッタは苦笑した。
「むしろ失敗ばっかりだよ」
「そうは見えません」
前世の知識があるとはいえ、貴族としてはまだまだ未熟だ。
毎日勉強して、毎日失敗。それを繰り返している。
「そう見えないだけだよ・・・でもね、」
ヴィオレッタは少し考えてから言った。
「失敗してもいいと思う」
「え?」
「もちろん失敗しないように頑張るけど」
前世のことを思い出す。
テスト、部活、友達付き合い、失敗なんて数えきれない。
「だって最初から全部できる人なんていないし」
リリアーナは静かに聞いていた。
「だから一回くらい失敗しても大丈夫」
ヴィオレッタは笑う。
「次にできればいいんだよ」
リリアーナはしばらく黙っていた。
「……はい」
小さく頷くと、どこか肩の力が抜けたようだった。
◇
その日の帰り際、男爵夫人がヴィオレッタに頭を下げた。
「娘がお世話になりました」
「いえ」
「最近のリリアーナは本当に明るくなりまして」
ヴィオレッタは少し照れた。
(私のおかげじゃないと思うけどなぁ)
リリアーナ自身が頑張っているだけだと思う。
「リリが頑張っているからですよ」
◇
帰宅後、エマがお茶を淹れてくれる。
「本日はどうでしたか?」
「楽しかった」
ヴィオレッタは素直に答えた。
「リリ、すごく頑張ってたし」
「そうですか」
「私も頑張らないと」
そう言いながらクッキーを口に運ぶ。
「そういえば」
エマが思い出したように言った。
「来月の侯爵家主催の児童交流会ですが」
「うん?」
「参加者が増えたそうです」
「へぇ」
ヴィオレッタは気軽に返事をした。
「最近、王都で評判のご令嬢も参加されるとか」
「評判?」
「はい」
エマが頷く。
「お嬢里と同じく、少々変わった方だそうですが」
(変わった令嬢?)
ヴィオレッタは首を傾げる。
エマの言い方に少し引っ掛かりを覚えるも、少しだけ興味が湧いた。




