第7話 初めてのお願い
リリアーナの誕生日会から数日後。
ヴィオレッタは屋敷の庭を歩いていた。
春も終わりに近づき、花壇には色鮮やかな花々が咲いている。
「綺麗だなぁ……」
思わず足を止める。
前世では花なんてほとんど気にしたことがなかった。
道端に咲いていても素通りしていたし、名前なんて一つも知らない。
でも今は違う・・・そう・・
(この世界には娯楽が少ない!!)
スマホもなければ動画もない。
だからこそ、こういう小さなものに目が向くようになった。
(人間、環境が変わると変わるものだなぁ)
などと8歳らしくないことを考えていると。
「ヴィオレッタ様!」
聞き覚えのある声がした。
振り返るとそこにはリリアーナがいた。
「リリ!」
思わず笑顔になる。
最近は手紙ばかりだったので久しぶりだ。
リリアーナも嬉しそうだった。
◇
応接室へ移動し、お茶が運ばれてくる。
しかし。
いつものリリアーナと少し様子が違う。
落ち着かず、そわそわしている。
カップを持つ手も少し硬い。
(どうしたんだろう?)
ヴィオレッタは首を傾げた。
(何か相談かしら・・・?)
「リリ?」
「は、はい!」
やっぱり変だ。
「何かあった?」
「えっ」
「悩み事?」
リリアーナが固まる。
数秒後、観念したように肩を落とした。
「……分かりますか?」
「なんとなく」
ヴィオレッタは苦笑した。
前世でもいた。
悩みがあるとすぐ顔に出るタイプ。
リリアーナはどうやらそちら側らしい。
◇
「実は……」
リリアーナは小さく息を吸った。
「来月、お父様のお仕事の関係で少し大きな晩餐会に出席するんです」
「おお」
なんだか貴族っぽい。
いや、実際貴族なんだけど。
「でも私、そういう場が苦手で……」
声が小さくなる。
「また失敗するんじゃないかって」
ヴィオレッタは頷いた。
気持ちはよく分かる。
自分だって未だに貴族のマナーには自信がないし、むしろ毎日失敗している。
(昨日もフォークの順番間違えたし)
エマにめちゃくちゃ優しく修正された。
優しいけど恥ずかしかった。
◇
「それで……」
リリアーナが俯く。
「お願いがあるんです」
「うん」
「マナーの練習に付き合っていただけませんか?」
ヴィオレッタは瞬きをした。
「・・・・私が?」
「はい」
リリアーナは頷く。
「ヴィオレッタ様は堂々としていらっしゃるので……」
(えっ)
ヴィオレッタは内心で固まった。
(私!?)
堂々としている?誰が?自分が?
前世は普通の女子高生だったのに?
というか、ついこの前まで辺境伯と侯爵の違いすら曖昧だったのに?
(完全に人選ミスでは……)
だが、リリアーナの瞳は真剣だった。
期待、信頼、それが伝わってくる。
(くっ・・・こんな瞳を向けられたら・・・)
「いいよ」
気付けばそう答えていた。
リリアーナの顔がぱっと明るくなる。
「本当ですか!?」
「も、もちろん!」
ヴィオレッタは引きつった笑みを浮かべる。
「私も勉強中だから、一緒に頑張ろう」
◇
リリアーナが帰った後。
ヴィオレッタは自室でベッドに倒れ込んだ。
「やってしまった……」
枕に顔を埋めると隣でエマが首を傾げた。
「何がですか?」
「私、マナーの先生みたいなこと引き受けちゃった」
「よろしいことではありませんか」
「いやいやいや」
ヴィオレッタは勢いよく起き上がる。
「私だよ?」
「はい」
「わ・た・し!」
「・・・はい」
「エマ!私が先生役をやる意味!ホントにわかってる!?」
エマは数秒沈黙した。
そして――
「少々・・・不安がないと言えば噓になりますね」
「でしょ!?」
初めて意見が一致した。
(どうしよう……今から勉強して間に合うかな……)
一抹の不安を胸に抱え、ヴィオレッタは瞼を閉じた。




