第59話 三人目の招待者
「……来た」
翌朝、セレスティア・ルミナスは自分の机の上に置かれた封筒を見つめ、ぽつりと呟いた。
寮の自室に届けられていたそれは、深い青色の封蝋で閉じられていた。
星と花を組み合わせた、小さな模様。
ヴィオレッタとリリに届いたものと、まったく同じ印だった。
「……本当に、私にも来るなんて」
セレスティアは封筒を手に取り、慎重に封を切った。
中に入っていたのは、一枚の便箋。
『セレスティア・ルミナス様
本日、放課後。
旧温室にて、お待ちしております。
どうか、お一人でお越しください。
あなたに、お伝えしたいことがございます』
文面まで、ほとんど同じだった。
けれど。
「……ん?」
セレスティアは便箋の下の方に、もう一行書き添えられていることに気付いた。
『あなたなら、きっと来てくださると信じています』
「…………」
セレスティアは眉をひそめた。
(……何それ)
まるで、自分の性格を知っているような書き方だった。
確かに、気になることがあれば自分で確かめたくなる性分ではある。
けれど、それとこれとは話が別だ。
「……勝手に決めないでほしいんだけど」
セレスティアは小さく呟き、手紙を封筒へ戻した。
そして、迷うことなく立ち上がった。
向かう先は、旧温室ではない。
ヴィオレッタたちのいる教室だった。
◇
「……やっぱり、セレスにも届いたんだ」
朝の教室。
セレスティアから手紙を見せられたヴィオレッタは、思わず眉を寄せた。
「うん。しかも、こんなことまで書いてあるの!」
セレスティアは最後の一文を指差した。
「『あなたなら、きっと来てくださると信じています』って! 何だか腹が立たない?」
「うーん……確かに、ちょっと決めつけてる感じはするね」
「でしょ!?」
セレスティアは頬を膨らませた。
「私だって、何でもかんでも飛び込んでいくわけじゃないんだから!」
「……それは、ちょっとだけ心配だったけど」
「ヴィオレッタまで!?」
思わず笑ってしまうヴィオレッタ。
その隣で、リリもほっとしたように微笑んだ。
「でも、こうしてすぐにご相談くださって、安心しました」
「もちろん! だって、二人にも届いてるんでしょ? 私だけ勝手に動くわけにはいかないよ」
セレスティアは胸を張った。
ヴィオレッタはその言葉に、少しだけ目を細めた。
(……セレス、ちゃんと考えてるんだな)
少し前までなら、気になることがあれば勢いで動いていたかもしれない。
けれど、今のセレスティアは違う。
自分で考え、周りに相談してから行動している。
「……セレス、えらいね」
「えっ?」
「ちゃんと相談してくれたから」
ヴィオレッタが微笑むと、セレスティアは一瞬きょとんとした。
それから、嬉しそうに頬を緩める。
「……えへへ。もっと褒めてくれてもいいよ?」
「もう、調子に乗らないの」
「えーっ!」
そんなやり取りに、リリがくすりと笑った。
すると、アリアがノートを手に近づいてきた。
「皆様、少しよろしいでしょうか?」
「あ、アリア。どうしたの?」
「昨日の資料について、新しく分かったことがあります」
その言葉に、三人の表情が引き締まった。
◇
昼休み。
ヴィオレッタたちは、食堂の少し奥まった席に集まっていた。
アリアは持参したノートを開き、昨日調べた内容を説明し始めた。
「旧温室は、かつて『星花の庭』と呼ばれていたそうです。そして、そこでは春に招待会が開かれていました」
「招待会?」
セレスティアが首を傾げる。
「はい。詳しい内容までは分かりませんでしたが、記録にはこうありました」
アリアはノートに書き写した一文を指差した。
『招待を受けた者は、次の招待者を選ぶこと』
「……次の招待者?」
ヴィオレッタは思わず呟いた。
「じゃあ、私の次がリリで、その次がセレスなのも……」
「はい。偶然ではない可能性があります」
アリアは慎重に頷いた。
「ただし、誰が選んでいるのか、どのような基準なのかは分かりません」
カトレアが腕を組んだ。
「つまり、昔の招待会を誰かが再現しようとしているのかもしれない、ということかな」
「その可能性はあると思います」
「……何のために?」
リリが小さく尋ねる。
けれど、その問いに答えられる者はいなかった。
ヴィオレッタは考え込んだ。
(……昔の学院の行事を、今になってわざわざ?)
しかも、招待されているのは自分たちばかりだ。
何か理由があるのだろうか。
すると、セレスティアが勢いよく顔を上げた。
「だったら、私たちで調べてみようよ!」
「セレス?」
「もちろん、勝手に旧温室へ行くわけじゃないよ! でも、何もしないで待ってるだけっていうのも嫌だし!」
セレスティアは真剣な顔で続けた。
「誰かが私たちのことを知ってて、勝手に招待状を送ってるんでしょ? それなら、何のためなのかくらい知りたいよ」
ヴィオレッタは少し考えてから頷いた。
「……そうだね」
カトレアも微笑む。
「調べられる範囲なら、私も協力するよ」
「ありがとうございます」
アリアは小さく頭を下げた。
「それでしたら、私の方で引き続き学院の記録を確認してみます。皆様は、手紙が届いた時の状況などを整理していただけると助かります」
「分かった!」
セレスティアが元気よく答える。
ヴィオレッタはそんな友人たちを見ながら、少しだけ安心した。
一人では何も分からなくても、みんなで考えれば何か見えてくるかもしれない。
そう思えたからだ。
◇
その日の放課後。
ヴィオレッタたちは、学院の許可を得て、旧温室の外観を確認することになった。
もちろん、立ち入りが認められたのは建物の手前までで、内部へ入ることはできない。
古い石畳の小道を進むと、木々の向こうにガラス張りの建物が見えてきた。
「……わあ」
ヴィオレッタは思わず声を漏らした。
旧温室は、想像していたよりもずっと美しかった。
長い間使われていないため、壁には蔦が絡まり、窓ガラスの一部は曇っている。それでも、曲線を描く鉄骨や、天井近くの装飾には、かつての華やかさが残っていた。
「何だか、絵本に出てきそうだね」
「うん! ちょっと秘密の庭みたい!」
セレスティアが目を輝かせる。
カトレアは建物を見上げながら、静かに頷いた。
「昔は、ここでお茶会でも開いていたのかな」
「そうかもしれませんね」
リリも興味深そうに周囲を見回した。
その時だった。
「……あれ?」
ヴィオレッタが足を止めた。
旧温室の扉の前に、一輪の白い花が置かれていたのだ。
「……花?」
セレスティアが首を傾げる。
ヴィオレッタは近づこうとしたが、すぐに足を止めた。
「……先生に見てもらった方がいいよね」
「うん。触らない方がいいと思う」
カトレアが頷く。
すると、アリアが静かに口を開いた。
「……皆様。あちらをご覧ください」
指差した先は、扉の上部だった。
蔦に半ば隠れるようにして、小さな金属製の飾りが取り付けられている。
星と花を組み合わせた模様。
「……封蝋と同じだ」
ヴィオレッタが呟いた。
アリアは頷いた。
「はい。やはり、この建物と招待状には関係があるようです」
セレスティアは腕を組んだ。
「でも、ここに来てほしいなら、どうして一人でって書くんだろう?」
「……確かに」
ヴィオレッタも考え込む。
もし単なる昔の行事の再現なら、もっと普通に誘えばいいはずだ。
わざわざ差出人を隠す必要も、一人で来るよう指定する必要もない。
その時、カトレアがふと何かに気付いたように目を細めた。
「……待って」
「どうしたの?」
「扉の下、何か挟まっていないかい?」
全員が視線を向けた。
確かに、古い扉の下から、小さな紙片が覗いている。
ただ、ここからでは文字までは読めない。
「……先生を呼んでこようか」
ヴィオレッタがそう言うと、アリアが頷いた。
「はい。その方がよろしいと思います」
しばらくして、同行していた教師が紙片を確認した。
それは、薄い便箋を小さく折り畳んだものだった。
教師は内容を読み、わずかに眉をひそめた。
「……これは」
「先生、何と書いてあるんですか?」
セレスティアが尋ねる。
教師は少し迷った後、静かに答えた。
「『三人目も来なかった』と書かれています」
「……三人目?」
ヴィオレッタは息を呑んだ。
自分。
リリ。
そして、セレスティア。
確かに、三人だ。
「……やっぱり、私たちのことだ」
セレスティアが小さく呟いた。
教師は表情を引き締めた。
「皆さん、今日はもう寮へ戻ってください。この件は学院側で確認します」
「……はい」
ヴィオレッタたちは頷いた。
けれど、帰り道でも、誰もすぐには口を開かなかった。
◇
その夜。
ヴィオレッタは寮の自室で、昼間の出来事を思い返していた。
(……三人目も来なかった、か)
つまり、差出人は本当に自分たちが旧温室へ来るのを待っていたのだ。
何のために?
どうして、自分たちなのだろう。
考えても答えは出ない。
ヴィオレッタは小さく息をつき、机の上に置いた本へ手を伸ばした。
その時、扉が控えめに叩かれた。
「お嬢様、少しよろしいでしょうか」
「エマ? どうしたの?」
扉を開けると、エマが一通の封筒を手に立っていた。
「先ほど、寮の係の方からこちらをお預かりしました」
「……手紙?」
「はい。お嬢様宛てとのことです」
ヴィオレッタは封筒を受け取った。
そして、その瞬間、思わず目を見開いた。
深い青色の封蝋。
星と花の模様。
「……また?」
エマが心配そうに顔を覗き込む。
「お嬢様?」
「……ううん。大丈夫」
ヴィオレッタは封を切った。
中には、これまでと同じように一枚の便箋が入っていた。
けれど、そこに書かれていた文章は、今までとは違っていた。
『ヴィオレッタ・アルバレス様
三度の招待に、お応えいただけなかったことを残念に思います。
ですが、どうかご安心ください。
次は、こちらから参ります』
「…………」
ヴィオレッタはしばらく、便箋を見つめていた。
(……こちらから、参ります?)
嫌な予感がした。
そして、その予感は、最後の一文を読んだ瞬間に確信へと変わった。
『明日の昼休み、あなたの大切なご友人の前で、お会いしましょう』
ヴィオレッタはゆっくりと顔を上げた。
窓の外では、学院の庭園が月明かりに照らされている。
そのどこかで、見知らぬ誰かが明日の準備を進めているのかもしれない。
(……いや、ちょっと待って)
ヴィオレッタは思わず額に手を当てた。
(私、ただ普通に学院生活を送りたいだけなんだけど!?)
けれど、その願いとは裏腹に。
星花の庭をめぐる出来事は、静かに次の段階へ進もうとしていた。




