↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢なのに慕われる!?~令嬢たちが放っておいてくれません~  作者: ねぎとろ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/95

第51話 お嬢様と侍女の夜

 春季交流会が終わり、ヴィオレッタが寮の自室へ戻った頃には、窓の外がすっかり茜色に染まっていた。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 扉を開けると、エマがいつもの穏やかな笑顔で迎えてくれた。

「ただいま、エマ」

「交流会はいかがでしたか?」

「うん、楽しかったよ。……でも、ちょっと疲れたかな」

「ふふっ、お嬢様がそのようにおっしゃるのは珍しいですね」

「だって、本当に色々あったんだもん」

 ヴィオレッタはそう言いながら、ソファへ腰を下ろした。

 エマは慣れた手つきで紅茶を淹れ始める。湯気とともに柔らかな香りが広がると、ようやく一日の終わりを実感できた。

「今日はお茶会だったんでしょう?」

「そう。三十人も集まったんだよ」

「まあ、それは賑やかだったでしょうね」

「賑やかだったよ。特にセレスがね」

「セレスティア様が?」

「剣術の話で盛り上がってるところに飛び込んできて、危うくお茶会が剣術談義の会になるところだったんだから」

 エマがくすりと笑う。

「それは、セレスティア様らしいですね」

「カトレアまで話に乗りそうになってたし……二人とも剣のことになると夢中なんだから」

「お嬢様が間に入られたのですか?」

「うん。でも、私が何かするより、みんなで笑ってるうちに自然と落ち着いた感じかな」

 ヴィオレッタは差し出されたカップを受け取り、一口飲んだ。

「……おいしい」

「ありがとうございます」

 エマは嬉しそうに微笑み、向かいの椅子へ腰を下ろすよう促されて、少しだけ遠慮がちに座った。

「それでね、リリが作った花飾りがすごく好評だったんだよ」

「リリアーナ様が?」

「うん。最初は三十個も作れるか心配だったみたいだけど、装飾班のみんなと協力して、ちゃんと完成させたの」

「それは素晴らしいですね」

「でしょ? リリ、最近どんどん頼もしくなってる気がする」

 ヴィオレッタは嬉しそうに話した。

 エマはそんな彼女を、穏やかな目で見つめている。

「お嬢様も、随分と変わられましたね」

「……え?」

 思いがけない言葉に、ヴィオレッタはカップを持つ手を止めた。

「昔のお嬢様でしたら、他の方の成長をこれほど嬉しそうにお話しになることは、あまりありませんでしたから」

「……そうかな」

「はい」

 エマは微笑んだ。

「もちろん、今のお嬢様が一番素敵だと思っております」

「……エマ、そういうことさらっと言うよね」

「本心ですので」

 ヴィオレッタは少し照れくさくなり、視線を逸らした。

(……昔の私、そんなにひどかったのかな)

 幼い頃の自分を思い出せば、否定できないところがある。

 転生前の記憶を取り戻す以前は、我が儘で、周囲を振り回してばかりいた。

 エマにも、きっと随分迷惑をかけたはずだ。

「……ねえ、エマ」

「はい、お嬢様」

「昔の私って、やっぱり大変だった?」

 エマは一瞬、驚いたように目を瞬かせた。

 それから、少し考える素振りを見せる。

「そうですね……」

「そこ、迷うんだ」

「正直に申し上げてもよろしいですか?」

「うん」

「……大変でございました」

「即答!」

 ヴィオレッタが思わず声を上げると、エマは楽しそうに笑った。

「お気に召さないお菓子が出ると、厨房まで作り直しを命じに行かれたこともございましたし」

「……うん」

「お気に入りのリボンが見つからず、屋敷中の使用人を探し回らせたことも」

「……うん」

「それから――」

「ちょっと待って! まだあるの!?」

「もちろんでございます」

「……もう十分です」

 ヴィオレッタが両手で顔を覆うと、エマはとうとう声を立てて笑った。

(……穴があったら入りたい)

 自分でも覚えていることと、覚えていないことが混ざっているのが、余計につらい。

「ですが、お嬢様」

 ひとしきり笑った後、エマは柔らかな声で続けた。

「今のお嬢様は、誰かのために一生懸命になれる方です」

「……エマ」

「今日のお話を聞いて、それがよく分かりました」

 ヴィオレッタはしばらく黙っていた。

 褒められるのは、まだ少し苦手だ。

 けれど、エマにそう言ってもらえるのは、素直に嬉しかった。

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 エマは微笑み、空になりかけたカップに紅茶を注ぎ足した。

◇

 夜。

 湯浴みを終えたヴィオレッタは、鏡台の前に座っていた。

 エマが銀色の髪を丁寧に梳かしていく。

 櫛が髪を通るたび、静かな音が部屋に響いた。

「ねえ、エマ」

「はい」

「今日ね、ちょっと嬉しいことがあったんだ」

「どのようなことでしょう?」

「交流会で、最初は緊張してた子たちが、最後には楽しそうに話してたの」

 鏡越しにエマを見る。

「身分も違うし、普段はあまり話さないような子たちだったんだけど……好きな本の話とか、花の話とかで盛り上がっててね」

「それは素敵ですね」

「うん。私、ああいうのがもっと増えたらいいなって思った」

 エマは櫛を動かす手を止めず、静かに耳を傾けていた。

「でも、学院の中だけで簡単に変えられることばかりじゃないんだろうね」

「……そうかもしれません」

「公爵令嬢って立場も、便利なことばかりじゃないし」

 ヴィオレッタが苦笑すると、エマは鏡越しに目を合わせた。

「ですが、お嬢様だからこそ、できることもあると思います」

「……そうかな」

「はい。今日のお話を聞いて、そう感じました」

 ヴィオレッタは少し考え、それから微笑んだ。

「そっか。じゃあ、できることからやってみようかな」

「それがよろしいかと」

 エマは最後に髪を整え、そっと櫛を置いた。

「はい、終わりました」

「ありがとう、エマ」

「お嬢様、本日は早めにお休みくださいね」

「うん。さすがに今日は眠いかも」

 立ち上がったヴィオレッタは、ふと振り返った。

「エマ」

「はい?」

「いつもありがとう」

 エマは少し驚いたように目を丸くした。

 それから、いつもの穏やかな笑顔を浮かべる。

「……こちらこそ、お嬢様」

 ヴィオレッタは照れくさくなって、そそくさと寝台へ向かった。

(……なんだか、改まって言うと恥ずかしいな)

 けれど、たまにはちゃんと言葉にしてもいいだろう。

 窓の外では、春の夜風が静かに木々を揺らしている。

 学院で過ごす毎日は賑やかで、楽しいことばかりではないけれど、帰ってきた時にこうして迎えてくれる人がいる。

 それだけで、明日も頑張れそうな気がした。

 ヴィオレッタは毛布を引き寄せ、そっと目を閉じた。

 長い一日が、ようやく終わった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。