第50話 春のお茶会、その後で
春季交流会のお茶会は、結局のところ、なかなかの盛況だった。
途中、席札の名前を直したり、会話に入り損ねた生徒を別の話題へ誘ったりと、小さな出来事はいくつかあったものの、最後にはどの卓からも楽しげな声が聞こえていた。
ただし、四つ目の卓だけは少々事情が違った。
「ですから、あの場面では踏み込みを一歩遅らせるべきだったと思うんです!」
「いや、相手が退くと分かっているなら、先に間合いを詰める方がいい」
熱心に議論する二人の生徒を前に、ヴィオレッタは困ったように微笑んでいた。
(剣術の話を終わらせに来たはずなのに、どうして私まで聞き役になってるんだろう)
隣に立つカトレアも、同じような表情を浮かべている。もっとも、彼女の場合は話の内容が気になるらしく、時折うっかり頷いていた。
「カトレア様はどう思われますか?」
とうとう一人の生徒が尋ねた。
「私かい? そうだね、相手の構えにもよるけれど――」
「カトレア」
ヴィオレッタがそっと袖を引く。
カトレアは一度瞬きをしてから、事情を思い出したように笑った。
「おっと、いけない。私たちは皆が楽しめる話題を探していたんだったね」
「そうだよ。危うく剣術講義が始まるところだったんだから」
「それはそれで楽しそうだけど」
「楽しそうなのは分かるけど、今はお茶会でしょ?」
そんなやり取りをしていると、少し離れた席から明るい声が飛んできた。
「剣術の話? 何それ、私も混ぜて!」
セレスティアだった。
(増えた!)
ヴィオレッタが思わず目を見開くと、カトレアは口元に手を当てて笑いをこらえている。
「セレス、あなたまで加わったら収拾がつかなくなるよ」
「えー、なんでよ! 私だってちゃんと話せるって!」
「その自信が一番心配なんだけど」
「ちょっと、失礼じゃない!?」
周囲に笑い声が広がった。先ほどまで黙っていた生徒まで楽しそうに笑っているのを見て、ヴィオレッタは肩の力を抜く。
剣術の話題そのものが悪いわけではない。興味のない人が置いていかれなければ、それでいいのだ。
「では、せっかくですから皆さんに伺ってもいいですか? 剣術以外にも、最近夢中になっていることはありますか?」
そう問いかけると、一人が読書を、もう一人が温室で育てている花のことを話し始めた。
そこから話題は思いがけず広がり、最後にはセレスティアが花の名前をほとんど知らないことまで判明した。
「薔薇くらい分かるわよ!」
「セレス、それはさすがに誰でも分かると思うよ」
カトレアの穏やかな一言に、また笑いが起こる。
こうして、少々賑やかすぎる最後の卓も、無事にお茶会らしい雰囲気へ落ち着いたのだった。
◇
「皆様、本日はご参加いただき、ありがとうございました」
カトレアの挨拶に続いて、ヴィオレッタも一礼する。
窓から差し込む午後の日差しは柔らかく、テーブルに並んだ花飾りを明るく照らしていた。
参加者たちは名残惜しそうに言葉を交わしながら、少しずつ会場を後にしていく。
「アルバレス様!」
声をかけてきたのは、エミとマリアンヌだった。
「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「私もですわ。リードさんとは、次の授業でもお話しする約束をしましたの」
「それはよかったです。お二人とも楽しそうで何よりです」
ヴィオレッタが微笑むと、二人は嬉しそうに顔を見合わせた。
エミの手には、あの青い花飾りがある。
「これ、持ち帰ってもいいと伺ったので……大切にします」
「作った方たちも、きっと喜ぶと思います」
二人を見送ったところで、背後から声がした。
「アルバレス様、お疲れ様でした」
クラリッサが立っていた。
「クラリッサさんも。今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ。予定どおりに進まないこともありましたが、皆様が楽しんでくださったようで安心いたしました」
そう言って、クラリッサは会場を見渡した。
空になった菓子皿、少しずれた椅子、何度も注がれた紅茶のポット。準備した時とは違う光景だが、不思議と悪い気はしない。
「私、最初は少し心配していたのです」
「何をですか?」
「親しい方同士で固まってしまえば、交流会の意味が薄れてしまうのではないかと。だから、席順もできるだけ公平に決めるべきだと思っておりました」
「ええ」
「ですが、知らない方ばかりでは緊張してしまうという、アルバレス様のご意見も確かでしたね」
クラリッサは少し笑った。
「どちらか一方だけでは、今日のようにはならなかったかもしれません」
ヴィオレッタも頷く。
「私も、クラリッサさんがきちんと考えてくださったおかげで、安心して進められました」
「そう言っていただけると嬉しいですわ」
少し照れたような表情を見せたクラリッサに、ヴィオレッタはふと思い付いた。
「そうだ。次に何か行事があった時も、ぜひ一緒に考えていただけませんか?」
「私が、ですか?」
「はい。クラリッサさんは私が気付かないことにも気付いてくださるので」
クラリッサは一瞬驚いた後、姿勢を正した。
「お役に立てるのでしたら、喜んで」
「ありがとうございます」
「ただし、アルバレス様」
「はい?」
「次回は、もう少し早い段階でご相談くださいませ。直前の変更は、できれば避けたいものですから」
ヴィオレッタは思わず笑った。
「ふふっ、気を付けます」
クラリッサもつられるように微笑む。
意見が違うことは、きっとこれからもあるだろう。それでも、一緒に考えていける。
今は、それで十分だった。
◇
「お疲れ様ーっ!」
放課後、装飾班が使っていた小教室に、セレスティアの元気な声が響いた。
机の上には、余った焼き菓子と紅茶が並んでいる。交流会の片付けを終えた後、リリアーナたち装飾班の面々が開いた、ささやかな打ち上げだった。
「セレスティア様、まだ全員揃っていません……!」
リリが慌てて声をかける。
「えっ、そうなの? じゃあ、もう一回やり直そう!」
「掛け声をやり直す必要はないと思うよ」
カトレアが笑う。
「セレスは今日一日、ずいぶん元気だったね」
「そりゃそうでしょ! 交流会は大成功だったんだから!」
「その成功に、剣術の話を長引かせたことも含まれるの?」
ヴィオレッタが尋ねると、セレスティアはぴたりと動きを止めた。
「……あれは、みんなが熱心だったから仕方ないでしょ」
「セレスもずいぶん熱心だったよね」
「ちょっと、ヴィオレッタまで何言ってるのよ!」
教室に笑い声が広がる。
やがて装飾班の生徒たちも揃い、改めて全員で紅茶のカップを掲げた。
「皆様、本当にお疲れ様でした」
リリの挨拶に、拍手が起こる。
ヴィオレッタは隣に座る彼女を見つめた。
少し前まで、大勢の前で話すことに緊張していたリリが、今は装飾班の仲間に囲まれ、自然な笑顔を浮かべている。
「リリ、今日は本当にありがとう。あの花飾り、みんなすごく喜んでたよ」
「ありがとうございます、ヴィオレッタ様。でも、私一人ではとても間に合いませんでした」
リリは仲間たちを振り返った。
「皆さんが手伝ってくださったおかげです」
「リリアーナさんが仕事を分けてくれたからですよ」
「そうそう。最初は三十個なんて無理かと思いましたもの」
「でも、最後は綺麗に揃いましたわね!」
装飾班の生徒たちが口々に話す。
リリは少し頬を赤くしながら、嬉しそうに笑った。
(本当に、いい仲間ができたんだね)
ヴィオレッタは胸が温かくなるのを感じた。
自分がいないところでも、リリはちゃんと新しい関係を築いている。少しだけ寂しいような、けれどそれ以上に誇らしいような、不思議な気持ちだった。
「そういえば、ヴィオレッタ様」
リリがこちらを向く。
「エミさんの席札、無事に直せたと伺いました」
「うん。予備の札があって助かったよ」
「よかったです。もしもの時のために用意しておいて正解でした」
「本当だよ。リリ、すごく頼りになったね」
「そ、そんな……」
リリが照れたところで、アリアがにこにこと口を挟んだ。
「でも、リリアーナ様がいらっしゃらなかったら、私たち大変だったと思います」
「アリアさんまで……!」
「事実だよ。もっと胸を張っていいと思う」
ヴィオレッタも笑うと、リリは困ったように俯いた。
その耳が赤くなっているのを見て、セレスティアが楽しそうに身を乗り出す。
「もう、リリってば可愛いんだから!」
「セレスティア様!」
「そういえば、カトレアも今日の花飾り、すごく気に入ってたよね?」
突然話を振られたカトレアが、目を瞬かせた。
「うん。とても綺麗だったよ」
「じゃあ、今度はカトレアの部屋にも飾ってもらったら?」
「……セレス?」
「ふふっ、絶対似合うと思うんだけど!」
カトレアは少し考えてから、穏やかに微笑んだ。
「それは嬉しいね。できれば淡い色の花がいいな」
「……えっ」
今度はセレスティアが驚く番だった。
ヴィオレッタは思わず吹き出しそうになる。
(セレス、自分から振っておいて驚いてる)
以前のカトレアなら、こんなふうに素直に好みを口にすることは少なかったかもしれない。けれど今は、周囲の視線を気にすることなく、好きなものを好きだと言えるようになっている。
「カトレア様、でしたら今度、私が作ってみてもよろしいでしょうか?」
リリが尋ねる。
「もちろん。楽しみにしているよ」
「はい!」
嬉しそうに頷くリリの横で、セレスティアが何やら考え込んでいた。
「ねえ、私にも作ってもらえる?」
「もちろんです、セレスティア様。どんな色がお好きですか?」
「そうね……」
セレスティアは真剣な表情で悩み始めた。
「赤もいいけど、青も捨てがたいのよね。いっそ両方……」
「セレス、まさか二つとも付けるつもり?」
ヴィオレッタが尋ねる。
「だって、どっちも素敵じゃない!」
「それはそうだけど……」
「じゃあ、ヴィオレッタも付けようよ!」
「どうしてそうなるの!?」
教室に再び笑い声が響いた。
その時、扉が控えめに叩かれた。
「失礼いたします」
顔を覗かせたのは、クラリッサだった。
「あ、クラリッサさん」
ヴィオレッタが立ち上がる。
「どうかしましたか?」
「片付けの確認を終えましたので、ご報告に……」
そこまで言って、クラリッサは机の上のお菓子と、賑やかな室内を見渡した。
「お取り込み中でしたか?」
「いいえ。ちょうど打ち上げをしていたところです」
リリが立ち上がり、微笑む。
「ベルモンド様も、よろしければご一緒にいかがですか?」
「私も?」
「はい。今日はたくさん助けていただきましたから」
クラリッサは少し驚いたようだった。それから、ヴィオレッタへ視線を向ける。
ヴィオレッタは笑顔で頷いた。
「ぜひ。まだお菓子もありますし」
「では、お言葉に甘えて」
クラリッサは少し照れくさそうに微笑み、空いている椅子へ腰を下ろした。
その隣にいたセレスティアが、早速話しかける。
「ねえ、クラリッサさんはどんな花が好き?」
「花、ですか?」
「うん! 今、みんなで花飾りの話をしてたの!」
「そうですわね……白い花が好きですけれど」
「白かぁ、いいね! リリ、白も追加で!」
「セレスティア様、まだ何も決まっていません……!」
リリが慌てる。
クラリッサは目を瞬かせ、それから小さく笑った。
ヴィオレッタも、その様子を見て微笑む。
意見が違うこともある。考え方が合わないこともある。けれど、こうして同じ机を囲んで笑えるのなら、きっとそれでいい。
(うん。悪くないね)
春の午後、窓の外では柔らかな風が花々を揺らしていた。
長かった交流会の準備も、少しばかり慌ただしかったお茶会も、これでようやくおしまい。
そして、フィオラ女学院での毎日は、明日からも続いていく。
賑やかで、少し騒がしくて、きっと退屈する暇もない。
ヴィオレッタは紅茶を一口飲み、楽しそうに笑う友人たちを見渡した。
その輪の中には、今日から少しだけ近しくなった、新しい顔もあった。




