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悪役令嬢なのに慕われる!?~令嬢たちが放っておいてくれません~  作者: ねぎとろ


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第37話 悪役令嬢と生徒会長

「……私、何かしたっけ?」

 生徒会室へ向かう廊下を歩きながら、ヴィオレッタは今日何度目か分からない自問を繰り返していた。

 入学してからの自分の行動を思い返してみる。

 アリアが絡まれていたところへ首を突っ込み、昼食へ誘い、図書室へ行こうとして迷子になったところを本人に助けてもらい、その図書室では生徒会について調べた挙げ句「アリアさんなら入れるんじゃない?」などと余計なことまで言った。

(……思ったより色々してるな)

 ただし生徒会長に呼び出されるような悪事を働いた覚えはない。

 むしろ今のところ善良な学院生活を送っているはずなのに、どうしてこうも嫌な予感がするのだろう。

「ヴィオレッタ様」

「ん?」

 隣から聞こえた声に顔を向けると、リリアーナが心配そうにこちらを見ていた。

「やはり私も生徒会室までご一緒しましょうか?」

「大丈夫だよ。呼ばれたの私だけだし」

「ですが……」

「リリ」

「……はい」

「ほんとに大丈夫だから」

 そう言って笑うと、リリアーナはまだ何か言いたそうにしていたものの、最後には小さく頷いた。

 昼休みが終わる前、教師から「放課後に生徒会室へ」と伝えられたヴィオレッタを待っていたのは、何故か自分たちもついていく気満々の三人だった。

 特にセレスティアなど「呼び出しなら私も行く」と当然のように言い出し、リリアーナまで賛成しかけたところをカトレアが「呼ばれたのはヴィオレッタなんだから、全員で押しかけたら生徒会長も困るよ」と止めてくれたのだが、そのカトレア本人も「途中までは一緒に行く」と譲らなかった。

「本当に何かあったら呼んでよ」

 セレスティアが念を押す。

「何かって何」

「分かんないけど」

「じゃあ大丈夫だって」

「ヴィオレッタはそういうところあるから心配なの」

「どういうところ!?」

「なんか知らないうちに巻き込まれてるところ」

「…………」

 否定しようとして、できなかった。

 九歳の誕生日には家宝紛失事件へ巻き込まれ、学院へ入ってからは主人公を見つけ、迷子になった翌日には生徒会関連の物語まで動き始めている。

(私、もしかして巻き込まれ体質?)

 嫌な可能性に気付いてしまった。

「ほら、着いたよ」

 カトレアの声で顔を上げると、生徒会室へ続く廊下の手前まで来ていた。

「じゃあ私たちはここまでだね」

「うん」

「終わったら待ってるから」

 セレスティアが言う。

「え、待つの?」

「待つよ」

「先帰ってていいよ?」

「待つ」

「……はい」

 意思が強い。

「私もお待ちしています」

「リリまで?」

「はい」

 こちらも笑顔だが、帰る気はなさそうだった。

「カトレアは?」

「私だけ帰ったら薄情みたいじゃない?」

「いや別にそんなこと――」

「待ってるよ」

「…………はい」

 三対一。

 勝てるわけがない。

「じゃあ行ってくる」

「うん」

「いってらっしゃいませ、ヴィオレッタ様」

「何かあったら呼んでね」

「だから何かって何なの」

 三人に見送られ、ヴィオレッタは一人で廊下を進んでいく。

 その背中が見えなくなったところで、セレスティアがぽつりと呟いた。

「……大丈夫かな」

「大丈夫だと思うよ」

 カトレアが答える。

「エレノア様は変な噂のある方じゃないし、生徒会長としても評判はいいから」

「分かってるけどさ」

 セレスティアはヴィオレッタが消えた廊下の先を見る。

「ヴィオレッタ、なんか今日ずっと変だったじゃん」

「そうですね……」

 リリアーナも同じ方向を見つめた。

「アリアさんから生徒会長のお名前を聞いた時も、随分驚いていらっしゃいましたし」

「何か知ってるのかな」

「どうだろうね」

 カトレアも少しだけ考えるような顔をしたが、やがて小さく息を吐いた。

「ヴィオレッタが話したくなったら話してくれるよ。それまでは待っていよう」

「……うん」

「そうですね」

 納得した二人にカトレアは微笑んだものの、やはり自分も気になるのか、視線だけはヴィオレッタが消えた方向へ向いたままだった。

◇

「失礼します。ヴィオレッタ・アルバレスです」

「どうぞ」

 扉の向こうから聞こえた声に、ヴィオレッタは一度だけ息を整えてから生徒会室へ入った。

 最初に目に入ったのは、広い室内に並ぶ大量の書類と机、その奥に座っている一人の少女だった。

 艶のある濃い茶髪に、落ち着いた灰色の瞳。

(いた)

 その顔を見た瞬間、記憶が完全に繋がった。

(やっぱり会計の人だ!!)

 間違いない。

 ゲームでは何度も見た顔であり、王子ルートでは主人公へ仕事を教えてくれる場面もあった。

 ただし画面越しに見ていた時より大人びて見えるし、何より本来王子が座っていたはずの場所にエレノアがいるという光景が妙に落ち着かない。

「初めまして、アルバレス様。お呼び立てして申し訳ありません」

「いいえ。初めまして、グランツ様」

 ヴィオレッタも公爵令嬢として礼を返す。

 するとエレノアが僅かに目を細めた。

「……なるほど」

「?」

「失礼しました。どうぞお掛けください」

「はい」

 勧められた椅子へ腰を下ろしながら、ヴィオレッタの警戒心は一気に高まった。

(今の『なるほど』何!?)

 怖い。

 人を観察するような目だった。

 こちらが悪役令嬢だと知っているわけではないはずなのに、何かを見透かされているようで落ち着かない。

「それで……今日はどのようなご用件でしょうか」

「単刀直入に申し上げますと、少しお話をしてみたかったのです」

「私と?」

「ええ」

「…………」

(なんで?)

 余計に分からなくなった。

「最近、あなたのお名前をよく耳にするものですから」

「私、何かしましたか?」

 反射的に聞き返してしまい、エレノアが一瞬だけ目を丸くした。

「……随分と素直に聞かれるのですね」

「え?」

「いえ、失礼しました」

 口元に僅かな笑みが浮かぶ。

「悪い意味ではありませんよ。むしろ逆です」

「逆?」

「入学早々、平民の特待生が一部の生徒から心ない言葉を向けられていたところへ、アルバレス公爵家のご令嬢が間に入ったと聞いています」

(もうそこまで知られてるの!?)

「それから、その特待生と昼食を共にするようになり、ルミナス侯爵令嬢やエヴァンズ子爵令嬢、さらには二年生のアイゼンベルク侯爵令嬢まで同じ輪に加わっているとも」

(情報が早い!!)

 学院の噂網が怖い。

「何か問題がありましたか?」

 思わず少し身構えてしまう。

 もし平民であるアリアと高位貴族が親しくすることを問題視されているのなら、さすがに黙ってはいられない。

 ヴィオレッタの表情から何かを感じ取ったのか、エレノアはすぐに首を横へ振った。

「いいえ。むしろ感謝しています」

「……感謝?」

「この学院では家柄による差別を認めていませんが、規則と生徒個人の感情は別です。残念ながら、平民の生徒が肩身の狭い思いをすることはあります」

 エレノアの声に苦いものが混じる。

「特にフォスターさんは今年の首席であり、特待生でもある。本人には何の非もありませんが、それを面白く思わない生徒が出てくることは予想していました」

「だったら――」

 言いかけて、ヴィオレッタは止まった。

 学院側が何とかすればいい。

 そう言おうとした。

 けれどエレノアはそれを察したらしく、少しだけ困ったように笑う。

「もちろん明確ないじめや規則違反があれば学院として対処します。ただ、誰と昼食を取るか、誰に話しかけないか、あるいは本人に聞こえないところで何を囁くかまで、すべてを規則で縛ることはできません」

「……そうですね」

「そんな中で、アルバレス様が彼女と自然に接してくださっていることは、少なくともフォスターさんにとって大きな助けになっていると思います」

「私は別に、そんな大したことは……」

「そうでしょうね」

「え?」

 即答された。

「おそらくアルバレス様ご自身は、大したことをしているつもりがないのでしょう。それが分かったので、少し安心しました」

「…………?」

 何を安心されたのか分からない。

 ヴィオレッタが首を傾げると、エレノアはついに小さく笑った。

「噂で聞いていた印象と、随分違いますね」

「噂?」

「アルバレス公爵家のご令嬢は、非常に気位が高く、近寄りがたい方だと」

「…………」

 昔なら。

 その噂は正しかったかもしれない。

 八歳で前世の記憶を取り戻すより前のヴィオレッタなら、使用人に我儘を言い、身分の低い相手など見ようともしなかった。

「それから、氷のような美貌で睨まれたら動けなくなるとも」

「それは知らないです」

「ご自覚はないのですね」

「ないです」

「なるほど」

「またなるほどって言った」

「あら」

 言ってから気付いた。

(しまった)

 初対面の上級生、それも生徒会長に何を言っているのだろう。

「し、失礼しました」

「いえ」

 エレノアは少し驚いた顔をしたあと、堪えきれなかったように笑い始めた。

「ふふっ……申し訳ありません。やはり随分と印象が違います」

「そんなにですか?」

「ええ、とても」

 何だか恥ずかしい。

 ヴィオレッタが居心地悪そうに視線を逸らしていると、エレノアは笑いを収めながら机の上の書類へ目を落とした。

「実はフォスターさんを生徒会へお誘いするにあたって、少し気になっていたことがありました」

「気になっていたこと?」

「彼女が、アルバレス公爵家をはじめとした高位貴族の方々と急速に親しくなっていることです」

 ヴィオレッタの表情が変わる。

「……アリアさんが取り入ったとでも?」

 声が自然と低くなった。

 先ほどまでどこか落ち着かなかった雰囲気が消え、背筋が伸びる。

 エレノアが僅かに目を見開いた。

「いいえ。私はそう思っていません」

「なら、よかったです」

 それだけ言って、ヴィオレッタの表情が元に戻る。

 エレノアはしばらく彼女を見ていた。

(……今のが)

 噂に聞くアルバレス公爵令嬢なのだろう。

 ほんの一瞬だった。

 けれど自分のためではなく、友人を疑われたと思った瞬間に空気が変わった。

「ただ、生徒会へ入れば今まで以上に注目されるでしょうし、あなた方との関係を快く思わない者も出てくるかもしれません。それでも、彼女と今までどおり接するおつもりですか?」

「もちろんです」

 今度は迷わなかった。

「アリアさんが生徒会に入ることと、私たちが友達なのは関係ないですよね?」

「……友達」

「はい」

「フォスターさんを、そう思っていらっしゃるのですね」

「?」

 何を当たり前のことを聞くのだろう。

「友達ですけど」

 エレノアは数秒黙ったあと、穏やかに微笑んだ。

「分かりました。それを聞けただけでも、お呼びした意味はありました」

(どういう意味?)

 やっぱりよく分からない。

 ただ、怒られるわけではなかったらしいので、ヴィオレッタは密かに胸を撫で下ろした。

「お時間をいただき、ありがとうございました」

「いえ。それでは失礼します」

 立ち上がって一礼し、扉へ向かう。

「ああ、アルバレス様」

「はい?」

 振り返る。

「一つだけ」

 エレノアは少し楽しそうに笑った。

「フォスターさんから、図書室へ案内してもらったと伺いました」

「…………」

 嫌な予感がした。

「アルバレス様は図書室の場所をご存じなかったのですか?」

「…………失礼します!」

 逃げた。

 扉が閉まる。

 しばらく静寂が続いたあと、エレノアは一人で小さく笑った。

「本当に、噂というものは当てになりませんね」

◇

「ヴィオレッタ!」

 生徒会室から戻ってきた瞬間、セレスティアが駆け寄ってきた。

「どうだった?」

「……図書室で迷ったこと知られてた」

「そこ!?」

「なんで生徒会長まで知ってるの!?」

 真剣に頭を抱えるヴィオレッタを見て、セレスティアは一瞬呆気に取られたあと大笑いし、リリアーナも安心したように胸元へ手を当てる。

「何事もなかったのですね」

「うん。なんかアリアさんのこと聞かれただけ」

「アリアさんを?」

「友達なのかって聞かれたから、友達だって答えた」

「そうですか」

 リリアーナが嬉しそうに微笑む。

「それなら、よかったです」

「なんでリリが嬉しそうなの?」

「なんでもありませんよ」

「?」

 また分からない。

「帰ろう、ヴィオレッタ」

 カトレアが笑いながら声をかける。

「今日は私たちがちゃんと寮まで連れていくから」

「いや、帰り道くらい分かるよ」

「本当に?」

「分かるって!」

「じゃあ先頭歩いてみる?」

「…………」

「ヴィオレッタ?」

「……今日はみんなと一緒に帰りたい気分かな」

 カトレアが笑った。

「うん。じゃあ一緒に帰ろう」

 その言葉にセレスティアも当然のようにヴィオレッタの隣へ並び、リリアーナも反対側へ歩み寄る。

「だから近くない?」

「迷わないように」

「リリまで!?」

「念のためです」

「私への信用がない!」

 三人の笑い声が響く中、ヴィオレッタも結局は笑いながら歩き出した。

 ただ一つだけ。

 今日、生徒会長と話して分かったことがある。

(エレノア様は、たぶん悪い人じゃない)

 本編では会計だった人物が、この世界では生徒会長になっている。

 原作とは違う。

 けれど少なくとも今のところ、その違いが悪い方向へ進んでいるようには見えなかった。

(だったら……そんなに怖がらなくてもいいのかな)

 そう思いかけて。

 ヴィオレッタはすぐに首を振る。

(いやいや、油断は駄目! 私は悪役令嬢なんだから!)

 破滅回避。

 それだけは忘れてはいけない。

 ――もっとも。

 生徒会長から見た今のヴィオレッタは、悪役令嬢というより、友人を守ろうとすると急に怖くなり、図書室へ一人で辿り着けない少し変わった公爵令嬢だったのだが。

 本人だけが、それを知らない。


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