第23話 入学の日
十五歳の誕生日から一ヶ月。ついにその日がやってきた。
フィオラ女学院入学の日である。
アルバレス公爵家の馬車に揺られながら、ヴィオレッタは静かに窓の外を眺めていた。
表情だけ見れば落ち着いている。しかし内心は違った。
(来てしまった……)
学園、ゲームの舞台。しかも本編ではなくスピンオフ。
主人公がいて、攻略対象がいて。
そして自分は悪役令嬢。それだけは知っている。
(何が起きるんだろう……)
知らない。本当に知らない。
ストーリーもイベントも。結末も何も分からない。
分からないのに舞台だけは整っている。
(怖い……)
ヴィオレッタは小さく肩を落とした。
すると向かいに座っていたエマが微笑む。
「大丈夫ですよ」
「何が?」
「ヴィオレッタ様は昔から考え過ぎです」
「そんなことないよ」
「あります」
ヴィオレッタが少しだけむくれる。
エマは楽しそうに笑った。
◇
やがて馬車は学院へ到着した。
ヴィオレッタは窓の外を見て息を呑む。
大きな門に美しい校舎。
整えられた庭園。
まるで物語の世界のようだった。
いや、実際に物語の世界なのだが。
(本当に来ちゃった……)
馬車を降りる。
周囲には同年代の令嬢たち。
緊張した顔、期待に満ちた顔と様々だった。
そして、
「ヴィオレッタ!」
聞き慣れた声が響いた。
振り向くと、そこにはセレスティアがいた。
入学式だというのに元気いっぱいである。
「セレス」
「おはよう!」
「おはよう」
その後ろから。
「おはようございます、ヴィオレッタ様」
リリアーナがやって来る。
少し緊張しているようだ。
だが以前ほどではない。
「おはよう、リリ」
ヴィオレッタは自然と笑った。
見慣れた顔がいるだけで少し安心する。
すると。
「ようこそ、フィオラ女学院へ」
聞き慣れた声がした。
三人が振り向く。
そこには一人の少女が立っていた。
長い漆黒の髪、整った姿勢と柔らかな微笑み。
そして王子様のような雰囲気。
カトレア・アイゼンベルクだった。
すでに二年生になっている。
「カトレア!」
セレスが嬉しそうに駆け寄る。
カトレアは少しだけ笑った。
「皆を迎えることができて嬉しいよ」
その言葉だけで周囲の生徒たちがざわついた。
「アイゼンベルク様……」
「素敵……」
「やっぱり格好いい……」
ヴィオレッタは苦笑した。
(相変わらずだなぁ)
本人だけが気付いていない。
◇
四人で話していると学院の鐘が鳴った。
入学式が始まるらしい。
生徒たちが講堂へ向かい始める。
ヴィオレッタたちも移動する。
そして、講堂へ入った瞬間だった。
ヴィオレッタは足を止めた。
「……え?」
視界の先、一人の少女がいた。
特別目立つわけではない。
けれど、なぜか目を引く。
柔らかな栗色の髪に優しそうな雰囲気。
少し緊張した表情。
ヴィオレッタは固まった。
心臓が嫌な音を立てる。
(待って)
見覚えがある。
(待って待って待って)
前世の記憶。
パッケージ、広告、友人の画面。
そこにいた少女――
(いる)
ヴィオレッタの顔が引き攣る。
(いるいるいる)
間違いない。たぶん。おそらく。
いや——絶対——
(主人公だぁぁぁぁぁ!!)
心の中で絶叫した。
◇
しかし、主人公はそんなことを知らない。
周囲を見回していただけだった。偶然、ヴィオレッタと目が合う。
数秒の間、視線が交差する。
ヴィオレッタは硬直。主人公も少し驚いた顔をする。
そして、にこりと笑った。
ヴィオレッタはさらに固まった。
(挨拶された)
主人公に。
(なんで!?)
まだ何もしていない。
悪役令嬢ムーブもしていない。
そもそも会ったこともない。
(いや普通に挨拶されただけでは?)
冷静な自分が突っ込む。
だが、そう簡単に冷静になることができない。
だって相手が主人公だから。
◇
講堂の席に着いた後もヴィオレッタは落ち着かなかった。
主人公がいる、本当にいる。
ゲームが始まる。おそらくそのはずだ。
隣ではセレスが話している。前ではリリが緊張している。
学年は違うが、少し離れた場所にはカトレアもいる。
そして主人公もいる。
攻略対象候補、主人公、悪役令嬢。
(全部そろっちゃった…どうしよう)
ヴィオレッタは真顔になった。
(本当に始まっちゃうんだけど)
そんなヴィオレッタの不安など知らず。
フィオラ女学院の入学式は静かに始まる。
こうして、悪役令嬢ヴィオレッタ・アルバレスの学園生活が幕を開けたのだった。




