第22話 十五歳の誕生日
十五歳の誕生日。ヴィオレッタ・アルバレスは鏡の前に立っていた。
かつて幼かった少女は、いつの間にか立派な令嬢へと成長した。
銀色の髪は美しく伸び。所作も自然と身についている。
鏡の中の自分を見て、ヴィオレッタは小さく笑った。
「十五歳かぁ……」
ずいぶん遠くまで来た気がする。
前世の記憶を思い出した日から。
悪役令嬢として破滅しないために。
後悔しないように自分なりに頑張ってきた。
リリと出会い、セレスと出会い、カトレアと出会った。
大切な友人ができた。
少なくとも、ゲームのヴィオレッタのような未来にはならないはずだ。
あとは来るべき学園生活を迎えるだけ……そう思っていた。
◇
誕生日会は盛大に行われた。
アルバレス公爵家の一人娘は十五歳となる。
社交界でも大きな節目。多くの貴族たちが祝いの言葉を贈る。
そして、ヴィオレッタのもとへ三人の友人がやって来た。
「誕生日おめでとう、ヴィオレッタ!」
最初に声を掛けたのはセレスだった。
以前より落ち着いたとはいえ、明るさは変わらない。
「ありがとう、セレス」
「十五歳だよ? 信じられないんだけど」
「毎年言ってるよね、それ」
「だって本当に早いんだもん!」
その隣でリリが微笑む。
「お誕生日おめでとうございます、ヴィオレッタ様」
昔よりも自信を持って話せるようになった。
けれど礼儀正しさは相変わらずだ。
「ありがとう、リリ」
そして、
「お誕生日おめでとうございます、ヴィオレッタ」
カトレアが優雅に一礼した。
一つ年上のカトレアは、以前にも増して王子様だった。
学園ではかなり人気らしい。
本人は全く気付いていないようだが。
四人は自然と笑い合う。
幼い頃から続く関係は今も変わらなかった。
◇
誕生日会が終わりに近づいた頃。
ヴィオレッタは父に呼ばれて執務室へ向かっていた。
アルバレス公爵は書類を片付けながら言う。
「来月から学園だね」
「はい」
ヴィオレッタも頷く。
(ついに始まる……ゲームの舞台が)
悪役令嬢としての本番。
少しだけ緊張していると、父は続けた。
「入学手続きも問題なく終わっているよ」
「ありがとうございます」
「これから、フィオラ女学院での生活が始まる」
その瞬間、ヴィオレッタの動きが止まった。
「……女学院?」
思わず聞き返していた。
「どうした」
「い、いえ……」
(女学院……?本編の学園って女学院だったっけ?)
しかし、即座に否定する。
(いや、そんなはずはない。主人公がいて攻略対象である王族たちが学園にもいたから……
もしかして、私のせいで設定に変化が起きてる…?)
何かが引っ掛かかり、胸の奥に小さな違和感が残る。
けれど思い出すことができない。
もどかしい、そんな感覚だけが残った。
◇
その夜、ヴィオレッタは自室で一人考え込んでいた。
フィオラ女学院。
どこで聞いたことがある。そんな気がしてならない。
目を瞑り、ゆっくりと記憶を辿る。前世の記憶。
友人との何気ない会話。
そして、不意に断片が浮かび上がった。
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『そういえばスピンオフ出てたよ』
『スピンオフ?』
『あの乙女ゲームの』
『へー』
『舞台が女学院なんだよ』
『女学院?』
『だから攻略対象も全員女の子』
『攻めてるなぁ……まぁ、私はやらないかなぁ』
『そう言うと思った』
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ヴィオレッタが固まる。
さらに記憶が続く。
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『でも主人公は同じなんだよ』
『え?』
『本編の主人公』
『そのまま出るの?』
『出る出る』
『へぇ』
『その代わり本編で出てた女の子たちが攻略対象になってる』
『そんなことある?何ゲーになるのそれ』
『何ゲーになるんだろうね。ただ、主人公は人気あったからさ。続投させたかったんじゃん?』
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そこで、ヴィオレッタの記憶が完全に繋がった。
「……あ」
ーーフィオラ女学院ーー
それは本編の舞台ではない…が、スピンオフ作品の舞台だ。
そして、主人公は本編と同じ。攻略対象だけが変わっている。
女の子たちが攻略対象になっている作品。
そこまでは思い出した。
◇
さらに、別の会話も蘇る。
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『でもヴィオレッタも出るよ』
『あの悪役令嬢?』
『そうそう』
『また悪役なの?』
『また悪役』
『流石に可哀想じゃない?』
『どのルートでも大変な目にあってたよ。ま、自業自得なんだけど』
『それは酷い』
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ヴィオレッタの顔から血の気が引いていく。
舞台が違ったとしても自分はいる。
しかも、れっきとした悪役令嬢として。
◇
ヴィオレッタはゆっくり窓の外を見た。
夜空に星々が輝いている。
そして頭の中に浮かぶ三人。
リリアーナ。
セレスティア。
カトレア。
数秒考え、目を瞑りもう一度考える。
さらに考える。
「……待って」
一つの嫌な仮説が脳裏に浮かび上がる。
「本編の女の子が攻略対象……」
ぽつりと呟く。
そして、三人の顔を思い浮かべる。
リリ、セレス、カトレア。
「いや…」
「どう見ても攻略対象じゃない?」
思わず声に出た。
リリは優しくて可愛い。
セレスは明るくて格好いい。
カトレアに至っては学園で王子様扱いされている。
ものすごく怪しい。
(というか、ほぼ確定では?)
「え?」
ヴィオレッタは頭を抱えた。
そしてさらに重要なことに気付く。
主人公がいる。本編の主人公が。
つまり、攻略対象、主人公がいて。
そこに悪役令嬢がいる。
「ゲーム始まるじゃん!!」
思わず叫ぶ。部屋の外でエマが驚いた気配がした。
しかし今はそれどころではない。
(だって、私はこのゲームをやってない!!)
知っているのは断片的な情報だけで、ストーリー、イベントを何も知らない。
結末なんてもってのほかだ。
知っているのは自分がまた悪役令嬢であり、何かしら酷い目に合うということだけ。
ヴィオレッタは深く椅子にもたれ天井を見上げる。
(どんなふうに酷い目にあうのか分からない以上、手の打ちようがないわ…)
何も安心できない。
「どうしよう……」
十五歳の誕生日の夜、ヴィオレッタ・アルバレスは悟った。
ここまで準備してきたのに肝心のゲームが違った。
そして、学園生活開始まで――あと一ヶ月を切っていた。




