第17話 可愛い王子様
「は?」
セレスティアが目を瞬かせる。
カトレアは気まずそうに視線を逸らした。
ヴィオレッタは平然としている。
「カトレアがドレス着たいんだって」
「ヴィオレッタ!?」
カトレアが慌てる。
「えっ」
今度はセレスティアが固まった。
「そうなの?」
視線が向く。
カトレアは観念したように肩を落とした。
「……少しだけ」
小さな声だった。
だが、セレスティアは笑わなかった。
「なんだそんなことか」
「そんなこと?」
「着たいなら着ればいいじゃん」
あっさり言う。
今度はカトレアが固まった。
「いや、だからだな……」
「似合うと思うし」
「え?」
「絶対可愛いと思う!」
セレスティアは笑顔でそう答える。
そこへ、
「ヴィオレッタ様ー!」
リリアーナがやって来た。
そして部屋の中を見回す。
「見つかりました……」
まずは安堵。
その後、状況を理解する。
「……何をしているんですか?」
「ドレス選び」
「は?」
二人目だった。
◇
それから十分後、部屋の中は大騒ぎになっていた。
「こちらはどうでしょう!」
「こっちも可愛いです!」
いつの間にか侍女たちまで巻き込まれている。
目を輝かせている者までいた。
普段からカトレアにドレスを着せたかったのだろう。
「待ってくれ」
カトレアは困惑していた。
「本当に着るのか?」
「着たくないの?」
ヴィオレッタが言う。
「いや……」
「着たいんだよね?」
「それは……そうだが」
「じゃあ着よう」
カトレアが反論できずに話が終わる。
結局、一着のドレスが選ばれた。
淡い青色、派手過ぎず、上品で美しい。
胸元には小さな刺繍。裾には繊細なレース。
カトレアの瞳の色にもよく合っていた。
「本当にこれを?」
まだ不安そうだ。
「とても似合うと思います!」
リリアーナが微笑む。
「うん」
ヴィオレッタも頷く。
「綺麗だと思う」
カトレアは少し俯いた。
褒められることには慣れている。
剣術や格好良さで。
だが、こんな風に言われたことはなかった。
「失礼します」
その時、別の侍女が入ってきた。
「お客様の到着が始まりました」
誕生日会の開始が近いらしい。
カトレアは深呼吸した。
「…………」
「駄目」
ヴィオレッタが即答した。
「まだ何も言ってない」
「着替えるのやめようとしたでしょ」
「……」
図星だ。
セレスティアが吹き出す。
「バレバレだよ!」
「バレてますね」
リリアーナも笑う。
逃げ道はなくなった。
◇
しばらくして、誕生日会の会場。
招待客たちが談笑していた。
「そろそろ主役ですね」
「今年も騎士みたいな格好でしょうか」
「素敵ですものね」
そんな声が聞こえる。
やがて、会場の扉が開いた。
視線が集まり、静まり返った。
そこにいたのは、ドレス姿のカトレアだった。
誰も言葉を発しない。本人が一番緊張していた。
(やっぱりやめればよかった……)
今すぐ帰りたい。そんなことまで考え始める。
その時、
「綺麗……」
誰かが呟いた。
「え……」
「すごい……」
「お綺麗……」
次々に声が広がっていく。
驚き、感嘆、称賛。
馬鹿にする声は一つもなかった。
カトレアが目を見開く。
会場の端、ヴィオレッタが笑っていた。
リリアーナ、セレスティアも。
皆が笑っている。
「なるほど」
低い声が響く。振り返るとそこには父がいた。
カトレアの身体が強張る。
「父上……」
怒られるかもしれない。
そう思った。
だが、父はしばらく娘を見つめた後。
「よく似合っている」
そう言って笑った。
カトレアの目が大きく開かれる。
「え……?」
「どうした」
「いえ……」
言葉が出てこない。
「お前が着たいと思ったのだろう?」
父は穏やかに言った。
「ならばそれでいい」
カトレアは知らなかった。
父は反対すると思い込んでいた。
兄たちも笑うと思っていた。
それは全部、自分が勝手に思い込んでいただけだった。
「……ありがとうございます」
その声は少し震えていた。
会場の向こうのヴィオレッタと目が合う。
ヴィオレッタはいつものように微笑んだ。
何も特別なことはしていないと言いたげに。
だが、カトレアにとっては違った。
初めて自分の「好き」を肯定してもらえた。
その中心にいたのは間違いなくヴィオレッタだった。
胸の奥が少しだけ温かい。
その感情の名前をまだカトレアは知らなかった。




