第12話 完璧な後継者
ルミナス侯爵家へ向かう馬車の中。
ヴィオレッタは窓の外を眺めていた。
今日、リリアーナはいない。
セレスティアに招待されたのはヴィオレッタだけだった。
(なんだか不思議な感じだな)
友達の家へ遊びに行く。
前世なら珍しくないことだったけど、貴族になってからは違う。
招待状に返事。それから日程調整といった色々な手順がある。
それでも、少しだけ楽しみだった。
◇
ルミナス侯爵邸は相変わらず立派だった。
門をくぐるだけで緊張する。
ただ、正確には周囲が緊張している。
ヴィオレッタ自身はあまり分かっていない。
公爵家の令嬢が侯爵家へ遊びに来る。
使用人たちも失礼がないよう気を遣っているのだろう。
「ヴィオレッター!」
元気な声が響く。セレスティアだ。
今日も全力で駆け寄ってくる。
侯爵令嬢らしさはどこへ行ったのだろう。
「来てくれた!」
「来たよ」
「嬉しい!」
満面の笑み。
その笑顔を見ていると、交流会で感じた違和感が嘘のようだった。
「今日は案内するね!」
「ありがとう」
「まずは庭!」
「やっぱり庭なんだ」
「自慢だから!」
胸を張るセレスティアにヴィオレッタは笑った。
庭園は広く花壇も噴水も綺麗に整備されている。
セレスティアは楽しそうに案内してくれた。
好きな花、お気に入りの場所、木登りした木。
「それは自慢しちゃ駄目じゃない?」
「えへへ」
(この笑顔、全然反省してないな……)
その後は屋敷の中も案内された。
蔵書室に練習場。
特に、ヴィオレッタは剣術を習ったりはしていないため、練習場は新鮮だった。
そして、どこへ行っても。
「セレスティアお嬢様」
「おはようございます」
「本日の予定ですが」
「確認しておきます」
「先日の課題も素晴らしかったです」
「ありがとうございます」
セレスティアは完璧だ。
使用人や先生たちへの対応。
立ち居振る舞い、言葉遣いが何一つ乱れない。
(すごいな)
純粋にそう思う。
ヴィオレッタには到底真似できない。けど――
(ずっとだな)
誰と会っても。どんな場面でも。
セレスティアは同じだった。
昼食の時間、二人は小さな食堂へ案内された。
そこでルミナス侯爵夫妻とも顔を合わせる。
「お会いできて嬉しいです、ヴィオレッタ嬢」
「こちらこそ」
穏やかな侯爵に優しそうな侯爵夫人。
少なくとも厳格な人には見えない。
だが、
「セレスティア」
「はい、お父様」
「先日の課題は見事だった」
「ありがとうございます」
「剣術の成果も聞いている」
「まだまだです」
「今日はお茶会とはいえ、ヴィオレッタ嬢に失礼の無いように」
「はい、お父様」
「期待しているよ」
「はい」
また笑顔。何もおかしくない。
親が子を褒めているだけ。
でも、ヴィオレッタは妙な気持ちになった。
◇
昼食後、二人は庭園の東屋で休憩していた。
ようやく二人きりになれた。
「疲れた?」
セレスティアが尋ねる。
「私は大丈夫」
「そう?」
「うん」
むしろ疲れているように見えるのは。
(そっちなんだけどな)
ヴィオレッタはそう思った。
しかし、今日は交流会の時よりも確信があった。
セレスティアは頑張りすぎている。
自分のためではなく、周りの期待に応えるため、そんな風に見えた。
しばらく沈黙が続く。それを破るようにヴィオレッタは気付けば口を開いていた。
「ねぇ」
「ん?」
「なんでそんなに頑張ってるの?」
セレスティアが固まった。
交流会の時と同じだった。
「……え?」
「勉強も、剣術も、礼儀作法も」
ヴィオレッタはセレスティアを見る。
「全部ちゃんとやってるよね」
「そんなの当たり前……」
「大変じゃない?」
セレスティアはすぐには答えなかった。
視線が揺れ、膝の上で手を握る。
そして小さな声で言った。
「だって、後継者だから」
いつも聞く言葉だった。
だけど、今は少し違う。
「期待されてるし」
ぽつり。
「頑張らなきゃいけないし」
ぽつり。
「私しかいないから」
その声はどんどん小さくなっていく。
「失敗したら駄目だし」
セレスティアは笑おうとけど、上手く笑えない。
「みんな私を見てるから」
ヴィオレッタは少し考えた。
「失敗したことあるの?」
セレスティアが瞬きをする。
「え?」
「そんなに言うってことは、失敗したことあるのかなって」
「……あるよ」
少しだけ俯く。
「剣術大会で負けたこともあるし」
「勉強で一番じゃなかったこともある」
ヴィオレッタは頷く。
「それで?」
「それでって……」
セレスティアは困った顔になる。
するとヴィオレッタは本気で不思議そうに首を傾げた。
「それで、侯爵家がなくなるの?」
「……なくならない」
「みんな死んだ?」
「死んでないよ!?」
思わず大きな声が出る。
ヴィオレッタは微笑みながら頷いた。
「じゃあ大丈夫じゃない?」
セレスティアが固まった。
あまりにも当たり前のように言われたから。
「失敗したら次頑張ればいいと思うけど」
「そんな簡単な話じゃ……」
「そうかな?」
ヴィオレッタには本当に分からなかった。
もちろん悔しい気持ちは分かる。
でも、失敗しただけで全てが終わるわけではない。
「セレスティアが失敗したら」
ヴィオレッタは続ける。
「みんな悲しむの?」
「……え?」
「私は別に悲しくないよ」
セレスティアが目を見開く。
「いや、怪我したら悲しいけど」
「勉強とか剣術とかなら別に」
ヴィオレッタは当たり前のように言った。
「だってセレスティアだし」
セレスティアは何も言えない。
「何かを失敗したくらいで嫌いにならないよ」
優秀だから、後継者だから、期待に応えるから。
そんな理由ではなく、ヴィオレッタは最初からセレスティア本人を見ていた。
木に登って、元気で、少し無茶をして――でも頑張っている女の子を。
セレスティアの視界が少し滲む。
(どうして……何で涙が……)
「変だね……ヴィオレッタは」
小さく呟く。
「そうかな?」
「うん」
少し笑う。
「みんなは後継者として見るのに」
「うん」
「ヴィオレッタは違う」
「だってセレスティアだもん」
即答だった。迷いもないその言葉がどうしようもなく嬉しかった。
セレスティアはゆっくり息を吐く。
胸の奥にずっとあった重たいものが少しだけ軽くなった気がした。
「ありがとう」
自然とそんな言葉が出た。
「どういたしまして?」
ヴィオレッタはよく分かっていない顔をしている。
それがおかしくてセレスティアは声を上げて笑った。
いつもの元気な笑顔ではない、誰かに見せるための笑顔でもない。
心から零れた笑顔だった。




